ノームの忠告
* * *
フラウをその身に宿す少女の生い立ちを聞いたノームは、自分が宿っている青年について改めて考えていた。
貴族に生まれたこの人間は、特殊な存在ゆえに幼い頃から多くの危険に晒されていた。人に忌み嫌われる点では、少女の状況と似てはいる。
精霊は自分にとって特別な存在に命の危機が迫ると、本能的に加護を施そうとする。今回のことはフラウが少女を強く思うあまりに招いた悲劇だ。
『成長すれば魔力も安定するはずなのに、どうして眠らせちゃったの?』
「魔力が強くなれば頭の石が成長する。人間たちの好奇の視線にキリアを晒すわけにはいかない」
『加護が強いなぁ。もうそれは執着でしょ。立派な干渉だね』
「"僕たち"にそんなルールはない。その加護さえも、いつだって『不可逆』だ。だから僕のものにする。大事にしなかったのは人間たちだ」
その言い方でノームは確信をした。フラウは宿主である少女の意識を目覚めないようにしている。少女本人の意思ではなく、完全にフラウの独断によるものだろう。
『その娘の命を奪うとしても?』
「何が言いたい」
宿主が傷つくことを避けている様子なのは明らかだ。ノームの極論にフラウは当然食いついた。
『“マナフィラー”という存在はボクらには完全に未知だ。だから四大の一角として忠告ぅ……その子は眷属にしない方がいいよ』
ノームも"坊や"を眷属にするつもりはない。彼らのような存在は、少なくとも根源精霊の知識の範疇を超えている。本能が「手を出すな」と訴えている。
「お前が理解し得なくとも僕には関係ない。面倒だ。その躯を連れてここから出て行け」
そう言い放つとフラウはノームが宿るレムから背を向け、フェンリルがその姿を遮った。
「僕が守らなければ、キリアは独りだ……」
小さく小さく呟いたフラウの言葉は誰に伝えるでもなくその場の冷気と一体となる。
ノームは警戒する様子もなくフェンリルをつまらなそうに見つめると、目を閉じた。大地を司るものだからこそ感じ取れる微動な振動の情報を読み解く。
(やっぱりこの場はフラウの術中だから入って来られないか。待ちくたびれたな〜)
もちろんそれを感じ取ったのはヒトならざるものなら当然で、一瞬遅れてフェンリルが毛並みを逆立て唸りだした。
この空間の入り口に閃光が走ったと思ったら、突然フラウの目先に鎧の青年が突然現れた。間合いを詰められフラウは上体を仰け反って回転しながら後方へ跳んだ。しかしその途中で真上からまた剣によって追撃され、衝撃で背中から落ちると少女の亜麻色の髪が地面に広がった。
(そうか……坊やにはもう、助けてくれる仲間がいるんだね)
ノームの口角が緩く上がった。安らかな心地を感じたノームは目を閉じて身体に意識を『還す』。レムの身体は、がくりと膝をついてその場に倒れこんだ。
(あの子のことも、そうしてあげられればいいんだけど…)
一方では、フェンリルの足元の地面を覆う氷が割れ、氷の下から水柱が勢いよく出現し突き上げた。フェンリルは重力に逆らって昇る水柱を上から凍らせて動きを止めようとしたが、氷の侵食を上回る勢いで水の圧が増していく。
(限界まで、もっと速く!!もっとたくさん!!まだ!!もっと!!)
フェンリルから離れたところでリマが地面に両手をついて魔法陣を展開させている。氷と水では相性の悪さは否めない。だからこそ、劣勢に立たされる前に相手の行動を制す。
魔術とはいえ精神力を攻撃に変えるようなもので、意識を集中させなおかつ身体中に力を込めているリマにはフェンリルほどの体力や気力は無いし、魔宝石の力を完全に引き出せているとは思えない。
「リマもう少し頑張って!!」
レイラは魔術発動中に無防備になるリマの援護として近くで遠方から魔術を放ち、リマの水柱を利用して雷を奔らせフェンリルにダメージを与えた。四肢が痺れて動きが鈍くなっていく。
「レム!!無事か!?」
「くっ………あれ…?」
「氷から出られたんだな!!動けるか?」
「ディアンくんありがと……でも、もう少し、待って……」
駆け寄ったディアンがレムを引っ張って立たせると、彼は朦朧とした様子で頭を抑えていた。
レムにはこの感覚に見覚えがある。突然記憶が飛ぶことはよくあった。
気がつくと周りの人間は自分に怯えている。今まではそれでよかったのだ。それ以上こちらに踏み込んで欲しくはなかったから。
(またキミか。僕には全然会ってくれないのにね)
「僕の……邪魔をするな!!!!」
落ちた場所からフラウは跳躍し、魔力を纏って襲いかかろうとするが、それは真上から迫る炎の渦によって阻まれた。纏った魔力は冷気となってその炎を相殺する。辺り一面が水蒸気やら冷気で真っ白い煙幕のように見えなくなった。
「ディアン!!」
「わかってる!!」
アレフが呼ぶ声と同時にディアンは魔術で強い光を発した。透明度の高い辺りの氷までに反射し、全員の視界を覆う。それは白煙の中から影を浮き上がらせ、ディアンが影に向かって光の剣閃を放つと命中して影が倒れた。
やや遅れて離れた場所で、大きなものが倒れる音がした。とうとうフェンリルが力尽きたようだ。大きな身体が倒れる圧が、あたりの白煙を払いのけていく。それは氷の上で力なく倒れたぐ少女の姿を明るみにした。
「……僕が、僕が守る、んだ!人間に……傷つけさせて……たまるもんか!!」
ぐったりとした四肢は投げ出され、顔にかかる乱れた亜麻色の隙間から黄金色の瞳だけが、爛々と輝いている。たどたどしく動かす唇で、未だに憎悪を募らせているようだ。
その様子を、リマはひどく辛そうな顔で見ていた。彼女に流れ込んでくるのは、強烈なマイナスの感情。それに飲み込まれないように、必死に我を保った。
「アレフくん!」
倒れたフラウのいちばん近くにいたアレフに向かって、レムがなにかを投げてきた。
彼はキャッチしたものを確認すると目を見開いて、レムと交互に視線を動かす。
「君は使い方を知っているでしょ」
「……あぁ」
アレフは頷いて少女の方へ足を進めた。
足元の少女はもうすっかり魔力が切れた様子で、以前目に憎しみを宿しながら、音もなく涙を流している。アレフはその場にしゃがむと、自分の右手首にあるガーネットを外し始めた。
「お前たち人間は……また僕から……奪うのか」
「その子供の自由を奪う権利は、たとえ精霊であろうとないだろ」
アレフは外したガーネットと、レムが投げてよこしたスモーキークォーツを少女の右手に置いて握らせた。開いて抵抗する指を、アレフが自分の手で上から覆うようにして力を込めて制す。
「なんの、まねだ。触、るな」
「……」
フラウは困惑した。動こうとしても、少女の躯は限界を迎えたようでそれは叶わない。
他の精霊の子__よりにもよって自分と相性の悪い、火の精霊の加護を持つ者が近くにいる。その屈辱的な事実だけでもはらわたが煮えくりかえりそうであるのに。
右手には握らせ続けるたびにほのかに温かくなる二つの石。そこから全身にその温もりが伝わり、やがて眠気に襲われフラウは意識を手放した。




