ランティスの悲劇
一行は民衆の波に呑まれ、簡単に潜り込めた。トール帝国は唯一国教としてティルナ教を定めている結果、圧倒的に信者の数は多くなる。
国民に示す良い機会だからか、警備は手厚いもののなるべく中心から遠ざけた位置に案内されていく、
(確かめるんだ。どうしてソエルがオレに託したのかを)
ディアンはサンストーンが嵌っている手をぐっと握った。罪に苛まれているかのような表情を浮かべる騎士にレムは大きく息をついて話しかけた。
「ねぇ、ディアンくん。ソエルと喋ったんだよね?」
「ああ。夢の中の出来事でなければそうなるな」
「いいなぁ、僕ももう少し成長してから出てきてくれればよかったのに」
「レムはもう会ってないのか?」
地の精霊:ノーム__その存在の伝承をレム自身詳しく知らない。ほとんど残っていないというのが正直なところなのだろう。イフリートの一件でそれは現実味を帯びてきた。
幼いころは夢に出てきてよく対面していたような気がする。自分とほとんど変わらない背丈の、顔があまり認識できない少年。イマジナリーフレンドと言った方がまだ他人からの理解が得られたのではないかとレムはひとりで納得する。
「……ある日を境に出てこなくなっちゃったんだ。十年くらいまではよく喋ってくれたんだけど。ノームは気まぐれだからなぁ」
「……そうか」
少しだけ寂しげに言葉を落すもいつもと変わらないような表情ではぐらかすレムに、ディアンは深追いすることをやめた。
(十年前……たしかランティスの社交界であの事件が起きた頃だ)
ランティス王都から遠く離れた、決して広範囲ではない土地を治める領主__それが地方貴族バウエル家に与えられた役割であった。
統治する領地と民と共に慎ましやかに暮らしていたバウエル一族に、ある奇跡が起こる。
『地上に落ちた宝石はヒトとなり 精霊として生まれ変わる』
『人々は彼らの誕生を待ち望むだろう』
当主の息子が宝石を握りしめて生まれてきた。世界中が待望する“精霊の子”であったのだ。
当時世界で初めて発見された御子として、国をあげて沸き立った。その結果、バウエル家は特例で公爵の地位を与えられ中央貴族の仲間入りを果たす。
ランティスは他国に比べて貴族社会もとより、階級意識の強い国である。この特例が中枢を担う貴族たちから猛反発を受けたのだ。
本来であれば、別の有力貴族へ養子に入るなどの措置が検討されるなどもあったのだが、出産に立ち会った地元の教会関係者が地位向上のためにと、爵位を与えることを推し進めた。こうしたいくつもの条件と思惑が折り重なって、バウエル公爵家が誕生したのだ。
その重なりが摩擦を生み、わずかな均衡を保っていた繊細な貴族社会にとって大きな軋轢となった。
突然手に入れた“公爵”という大きすぎる肩書は、若き当主の足元をぐらつかせるには十分だった。すり寄ってくる人の数が違う。自分の意のままに振舞う周囲の人間が増えた。慎ましやかな暮らしをしていた家族が内側から壊れていくのには十分だった。
御子の誕生に高揚する世間の空気に混じり、隙だらけのバウエル家は多くの刺客が差し向けられた。
「あの赤子と宝石さえ手に入れば」
「精霊の子など生まれなければ」
「あの血筋からもう一人生まれたらたまらない」
多くの妬みと嫉みが、生後間もない赤子向けられた。それが、この世に初めて誕生した精霊の子__レム・バウエルの人生の始まり。
そして今から十年前、バウエル家に悲劇が訪れる。
貴族派閥の影響を受け、バウエル家は襲撃された。使用人の中にも裏切り者が紛れ込んで、すでに内側から蝕まれていたのだ。レムの父である当主と夫人、そのほか使用人の大半が犠牲になった。
この大事件を収束させたのが、当時わずか八歳であった地の精霊の子:レムその人だった。襲ってきた敵陣をたった一人で壊滅と制圧する力を見せつけることになる。
その被害は凄惨なものだった。バウエル公爵・第一夫人の死亡。バウエル家使用人多数死亡。首謀者は第二夫人とされているが、あきらかな貴族間の亀裂から複数の名家が称号を剝奪された。こうして“ひとりぼっちの若公爵”が誕生してしまったわけだ。これがランティスの貴族社会の制度を大きく変革するきっかけとなった通称:バウエル事変となる。




