羽化を待ち望む
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一方、彼らが後にしたトール皇帝の居城では、今まさに皇帝と皇子が、側近を引き連れたティルナ教会教皇:アーネスト家先代当主と会合を行っていた。
「ステラは今日の儀式には参加できそうなのか?」
「はい。昨日から体調がよろしいようだと報告を受けております」
「やはり、コアの濃度は重要なのだな。神官殿の言った通りだ。良い部下を持ったな教皇」
「恐れ入ります」
「時に教皇、まさかそなたの孫娘が精霊に生まれ変わるとは」
「アーネスト家としても大変誇らしく思います。本人もこの使命を快く望んでいます」
「これでアーノルドとの婚約は解消だな。なんとも惜しい」
「それは孫も残念がっておりましたが、世界の為と納得しております」
ポーラ・アーネストは現皇族と血のつながりがない。
現アーネスト公爵に嫁いだのは皇帝の妹であるため、見かけ上は皇子・皇女の従妹にあたるが皇帝の姪ではないのだ。一夫多妻はめずらしいことではない。皇帝の妹の嫁ぎ先で公にそういった事に及ばないのが暗黙のルールである。
しかしトール四家は優秀なマナフィラーの排出率が高く、より強固な血を求め、固有コアの相性重視の元そういった関係に及ぶことが少なくない。その結果、月の精霊の子に恵まれたのだから功績は計り知れないだろう。
特有の温度が低い二人の会話に居た堪れなくなったのか、皇帝の隣にいた皇子アーノルドが口をはさんだ。
「儀式は何処で行う予定か?聖堂の有様は侵入者よるものと報告を受けたが」
世間話を断った厳かな物言いの皇子に教皇はわずかにたじろいだ。しかしすぐに薄ら笑いを浮かべて穏やかな声色で話し出す。
「部下が殲滅致しました。そうだろう?イヴ」
「問題ありません。聖堂の被害など精霊復活に比べれば些細なことです、殿下」
下座で待機していた神官であるイヴ・ラトウィッジが神衣のフードを取って、皇子に向き合った。微笑むように褐色の瞳が三日月のように細くなる。
「今回の儀式はきっと成功します。明日を以って月の精霊は蘇るのです。そして、必ずや艇億に幸福と繁栄をもたらします」
「……くれぐれも事故のないように」
「ええ、帝国にティルナ様の御加護がありますように」
渋い顔で言った王子に、教皇と神官は膝をついて頭を垂れた。
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翌日の明け方。ステラは侍女に起こされる前にすっかり目が覚めていた。
(昨日のことは忘れましょう)
何度もそういい聞かせながら自室のカーテンを開けた。まだ日の光が届かない部屋は薄暗いままだ。そう思っても脳裏をちらつく薄青色に心が落ち着かなくなる。
ぼんやりと窓際に座って外を眺めていたら、やがて侍女がいつもより早い時間にやってきて、少し時間のかかった身支度を整えていく。
今日は復活の儀式。従妹のポーラが、精霊に生まれ変わる日。
「姫様、待機中に申し訳ございません。エリオット様がお目見えしております。お通ししてもよろしいですか?」
「ええ、お願い」
ステラの部屋に訪れたのはトール四家:筆頭公爵家の嫡男_エリオット・ベリオールだった。二つ年上の、ついこの間まで“婚約者”だった青年。
「久し振りだなステラ」
「おかえりなさいエリオット」
教皇騎士団の装備に身を包んだエリオットと呼ばれた黒髪の青年は、窓脇にいる姫に近づいた。
「また外を見てたのか?」
「うん。エリオットは儀式で戻ってきたの?」
「あぁ。それに父上にも近況報告をかねて。体調は?」
「今日は気分がいいの。ここ最近は本当に」
二人の婚約が内々に解消になった理由は、皇女の虚弱体質にあった。
皇族の血を絶やさないこと。これは性別に関係なく伸し掛かる問題である。トールではそれがより顕著な問題だ。皇女が出産に耐えられるほどの体力が無いと判断されたことになり得る。
それが何を示唆しているのか。ステラは背後に迫る絶望を見ないふりをして生きていた。
「よかった。ああそうだ、ディアンがランティスの騎士団に配属してるぞ」
「ディ、ディアン?」
予期せぬ名前にステラは動揺して思わず聞き返してしまった。
「おいおい、忘れたのか?昔の遊び相手だし俺の後輩だぞ?」
「そうね。そうだったわよね」
無理やり笑顔でそう繕った。その様子にエリオットは少し眉を寄せると、ゆっくりステラの頭に手を乗せた。
「……連れ出してやれなくてごめんな」
「門の外は…楽しい?」
桜色の頭は俯いて顔が見えないが声は震えていた。
「今度、絶対うちに招待するよ」
「お父様が許して下さるといいんだけど……」
「次はちゃんと出れるよ………として」
「え?」
後半が聴こえなくて顔を上げると、彼のアイスブルーの瞳が細められ緩く笑った。
「なんでもない。もう行くよ、顔が見れてよかった」
「また後でね」
* * * * *
やっと今日で終わる。平凡な日々が。
そして始まる。精霊としての日々が。
今日の為に一日たりとも欠かさなかった祈り。ティルナ様への、大切な祈り。
ポーラは自室で何度も確かめていた。いままでの自分の行いが正しいと思えるように。
精霊になるために必死に努力してきた。
トールはマナフィラーが多く生まれる。よってそれはステータスにもなり得るもので、存在意義に等しい。かくいうポーラもマナフィラーだがコアの放出レベルが低かった。
公爵家の令嬢であってもそちらの面では見向きもされなかった。貴族間ではそれは顕著に表れる。アーネスト家の人間として、完璧でなくてはならない。
しかしステラはどうだろう。
兄君がマナフィラーであるにもかかわらず、彼女はそれを得られなかった。しかし彼女はそんなものを跳ね除けるようによく笑い、人々に愛されてきた。虚弱でありながら、精いっぱい国のために振舞う彼女は気高いと思った。
自分には無い、その人望が欲しかった。
貴族としての立ち振る舞い、勉学、教養。誰にも負けないくらい努力した。
それでも何かが足りなくて、その正体もわからないまま悲愴感に苛まれていた時だった。教皇から伝えられた言葉に救われた。
『お前は“精霊の子’’だ。さすが私の孫だな。お祖父様は嬉しいよ』
『お前は特別な子なんだ。みんなが期待しているんだよ』
その言葉だけが支えだった。
だから私は精霊になる。
特別になるの。




