その意思は誰のものか
身に覚えのないことにリマの思考が置いて行かれていた。意識してやったことではないが、アレフは助かった。その事実を飲み込むまで時間がかかっていたのだ。だから、ベッドの上から「おい」と声をかけられていることに気が付かなかった。
「リマちゃん?アレフくんが呼んでるよ?」
「へ、はい!なに?」
顔の前でレムがひらひらと手を振ったところでようやくリマはハッとしてアレフの方を見ると、真顔の彼と視線が合った。
「助かった」
「そ、それは私の力じゃ…それに!アレフが怪我したのは、私の所為だから……」
淡々と言われリマは必死に頭を下げた。彼女の相変わらずの様子にアレフは顔を顰めて片手でその頭を鷲掴む。
「ひゃ、何!?」
「俺がお前に怒ってれば満足なのか?違うだろ。こういうことは普通に起きる。死ななかっただけマシだ。それに、偶然とはいえお前の力であることにはかわらない」
「ど、どういたしまして」
「……おう」
掴む力が弱まったところで、リマがおずおずと手をよけて居心地が悪そうにつぶやくと、満足したのかアレフが歯を見せて笑った。
(私に治癒術は使えなかった。今回は運がよかっただけ。いつもみんなのために使えるとは限らない)
魔術は文字通り奇跡のような力。それを能動的に行うのが魔術師。しかし精霊の恩恵を受けた精霊の子は、果たして自分のものにできているかと言われるとそうではないとリマは思う。
「アレフも元気になったことだし。さて、一つずつ整理していきましょ」
カタンとレイラはテーブルの上に抑制器を置いた。
「まずはシルフィ。抑制器は無事だったからまた着けても平気よ。レムも含めて二人の症状は増幅器が原因だとは思うけど、きちんとしたところで調べる必要があるわ。何か違和感があったりする?」
「僕は大丈夫だよ」
「私は魔術を使った後みたいな感じでしたけど、オパールを触っていたら楽になりました。」
「無理をさせてごめんなさい。次に……ディアン!!」
「ひゃい!」
突然のレイラの鋭い声にディアンは驚いて声が裏返った。
「ダグラス家の子息というから、トールにいた経歴はあるのはわかっていたけれど……まさか姫と面識があったのね?」
「………」
レイラがそう言うと、ディアンは無言になって視線を泳がせた。事情がよくわからないために固唾を飲んで彼が口を開くのを待つ。
「聞かない方がいい?」
「大丈夫。……話すよ」
ディアンがゆっくり息を吐いて重たそうに口を開くと、空気を読まないレムがわぁーい!と盛り上がった。
「親父の仕事でトールに住んでいた頃、城に出入りしてて姫の遊び相手をしてたんだ」
「ふんふん……よくある話だね」
「オレがランティスに戻る十歳くらいまで三年少しだったからちょっとした昔馴染み…かな。二人ほどじゃないけど」
「覚えてくれてたみたいだから仲良かったんじゃないの?」
「さあ、どうだろうな」
ベッドに座ってシルフィを膝に乗せているレムを横目に、ディアンは遠慮がちにそう言った。
「ディアンくんはよそよそしくしてたよね~思春期なの?ねえ、思春期なの?」
「そんなんじゃないよ。連絡とる方法なんて無いに等しいから」
言い方からして彼は自分から会うつもりはなかったのだろう。あの気まずい雰囲気にレイラは納得したと同時に姫を哀れんだ。
「会わなくなってから体調を崩されたのは知っていたけど。それに、向こうもよくオレに気がついたよな」
「事情はわかったわ。ディアンのおかげでここまで来れたんだもの。ありがとう話してくれて」
そう言うとディアンは緩く笑った。
一方、黙り込んだレムはひとり記憶を辿っていた。
トールには教会の自治区があるため式典や祭典で何度も足を運ぶし、身分上王族への挨拶は必須だ。しかし、レムは一度も姫の姿を見たことがなかったのだ。
(皇子に病弱な妹君がいるのは知ってたけど、話を聞くに子供のころは元気だったのか?)
レム自身も積極的に社交するようになったのもその時期で、入れ違うように社交界から消えたのだろう。初めて見た姫君は驚くほど色白で、透き通るどころか青白い肌に近かった。
「レム、どうしました?」
「ううんーなんでもないよ」
「そして本題ね。月の精霊の子_ポーラ・アーネストのことだけど」
レイラが切り出すと全員が固唾を飲んだ。
「どうするんですか」
「あたしとしては本来の目的である保護という措置を取りたかった。でもそれには教会の息がかかっていない方が楽だし、何より本人の承諾が必要よ」
「あの様子じゃ、こっちに来るわけないだろ。むしろ精霊に生まれ変わるって張り切ってたし」
アレフは思い出すように首を捻りながら言った。
「ねえ、レイラさんは精霊の子が精霊に生まれ変わることでなにか不都合があるの?」
唐突に言ったレムの顔は真顔で、普段の様子は一切見られなかった。突然話の腰を折るような話し方にレイラは眉を顰める。
「どういうこと?」
「確かに事を動かしたのは僕だ。それは教会が僕らを蔑ろにしていたから。研究の延長として光の精霊の子も見つけた。月の精霊は間も無く復活。これ以上やることは……」
「……オレにはある」
淡々と事実を述べて行くレムを遮ったのはディアンだった。
「ディアン?」
「オレはこの体質になって日が浅い。ちゃんとみんなに聞こうとおもってたんだ。夢みたいな感覚に近いけどオレはソエルに会ったことがある。会話もできたし、頼まれたことがある。でも、こういうことは普通なのか?」
おずおずと様子を伺うようにディアンは言った。するとシルフィはふわりとディアンの方へ寄って両手を取って笑った。
「大丈夫ですよ。私もあったことがあります。他の皆さんも多分ありますよね?」
「あぁ。よくある」
「私はまだ……そんなに無いけど」
リマも自分のことを思い出していた。最初は馬車の中で。2度目はプールで溺れた時で、はっきりと会話したのを覚えている。
他の精霊の子がどうなのか考えたこともなかった。そもそも精霊は死んだはずなのに、なぜ意思の疎通が図れたのか。
「ソエルのお願いって?」
「詳しくは言ってくれなかった。『一刻も早く月の精霊の子に会え』とだけなんだけど」
それを聞いてレイラは腕を組んで唸った。どいつもこいつも精霊の言葉は酷く曖昧で黙示的だ。
「アルテミスも言ってたわよね。月の精霊の力が著しく弱まっているってことは、優先するべきは復活の儀なのかしら…」
考え込むレイラと周りが思案顔で静かになった部屋に突然ノックの音が響いた。どうぞ、と言えば入ってきたのは宿の主人で全員にこう告げた。
「悪いんだけど、今日は早めにチェックアウトしてくれないか?」
「どうかしたんですか?」
「今日は城で精霊の子が儀式を行うらしくて、それを見に泊まり客が増えるんだ。ということでよろしく」
主人がいなくなってから全員がレイラを見た。
「どうするんだ?レイラ」
「あたしは見に行きたいけど……あなたはどうしたい?ソエルの言葉を信じる?」
「行くべきだと思う。手伝ってくれないですか?」




