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精霊の御子  作者: 壱原 棗
第5章:月の裏側
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交錯する縁


 とどめを刺されなかった。

 緊張が消えたリマは、糸が切れた人形のようにそのまま体重を床に預けて茫然とした。

 殺されていたかもしれない。それでも生きているのは、自分が精霊の子なのだからなのか。光が差し込む聖堂の天井を呆然と見つめていたら、ずしりと自分に乗る重さが増した。


「!…アレフ?大丈夫?」


 上体を起こせないリマは倒れたままで横を見た。あいにくこの体勢では彼の肩と緋色しか見えない。ゆっくり自分に乗っかっていた左腕から抜けると、ようやくアレフの異変に気がついた。


「………え?」



 少し離れた場所からガラガラと瓦礫や机が落ちる音がした。直前で防御魔術を広範囲で展開したらしいレイラは魔力が切れて、頭から血を流したレムの肩をかりていた。シルフィも無事で、ディアンを支えるようにして瓦礫の中から出てきた。


「二人とも、無事!?」


 足を引きずりながらレイラは外にいた二人に近づく。しかしそれはリマには聞こえていないようだった。

 声を震わせながらうわ言のように何度も何度も少年の名前を呼んでいた。


「ねぇ……アレフ…!アレフ!」

「リマ!どうしたの!?」


 その場から動かないリマを退けてアレフをみた。固く目を閉じ、苦しそうな顔をしたまま左肩を向けて横たわっている。破れた服からむき出した左肩の一部が石のような色をしていた。


「おい!大丈夫か!?」

「意識がないわ。これは…!」

「あ……ぁ…あ……私の…せいだ…」


 リマは顔を両手で覆って震えている。完全にパニック状態だ。


「エルフの薬がいるわ!!ディアン運んで!リマ落ち着きなさい!!」


 レイラがそう言い放つと、レムが動転しているリマを気絶させて抱えあげた。


「ごめんリマちゃん。多分これが一番はやい」

「どこか安静にできる場所は!?このままじゃ心臓の負担になるわ」

「城の中だけどオレたち侵入者だし、えっとー………あっ!」



 思考を巡らせながらふと入り口の見たディアンは、その先いた薄桜色の髪をした少女を捉えた。少女は聖堂の様子に驚いてるようだったが、別の何かに気づいたように、ドレスを靡かせながらこちらに向かってきた。


「ねぇ!その娘に何があったの?」


 リマを認めて心配そうな表情をしつつ、奥にいたシルフィに視線を向けた。


「……あなたは、シルフィ様?」

「あとでどんな罰も受けます。けが人を助けたいの、どこか治療ができる場所はありますか」

「大変!!すぐ医務室に」

「それは……」

「レイラさん!アレフの脈が!!」


 シルフィの声に少女は僅かに考えた後、「わかりました……わたしの部屋に」と言った。



 急いで少女の後をついていくと、明らかに一般人が入ってはいけない場所に来てしまった。華美な装飾や豪奢な扉がそれを雄弁に語っている。やがて目的の場所である部屋の前にいた若いメイドが少女を見るなり叫んだ。


「ステラ様!!」

「お願い、緊急事態なの。わたしが見つかったって言っていいから、この人たちを中に入れるわ。いい?このことは他言無用です」


 そう強く言うと、メイドは素直に従い全員を中に入れた。

 レムは部屋の主である彼女の名前が気になったが、今はそれどころではない。別のメイドが用意した簡素なベッドにアレフを寝かせて、レイラが横たわる様子を伺った。


「医療用の薬はあるかしら?全部持ってきて欲しいの」


 メイドがいなくなったところで、レイラが必死に魔力をかき集め左肩に治癒術を施す。


「……やっぱり効かないわ」

「アレフはどうしたんだ?」

「『石化』を喰らったのね。シルフィ、アレフの回りの空気をどうにかできる?」

「はい!酸素濃度を高めてみます」


 オパールを握ったままシルフィは意識を集中させた。淡い緑色の光がアレフの体を包むと、苦しそうな顔が少しだけ和らいだ。


「動脈が石化してたら厄介だわ。もっと強力な治癒術があれば…」

「それってユニコーンの角こと?」


 レイラの呟きに、部屋の主である薄桜色の少女が答えた。ユニコーンとはエルフの使う治癒術の根源と謂われる聖獣である。その角には全ての病を治す力があるとされ、求める者は少なくなかった。


「手に入ればいいけど……希少価値が高くて見込みがないかも。あたしに解毒はできないから…」

「『石化』って珍しい魔物が稀に発動するやつだろ?魔術で使うなんて聞いたことがない」

「あいつらは……」

「お待たせしました!!!」


 考え込んだディアンにレイラが口を開きかけたが、メイドたちが戻ってきて途切れた。大量にある薬箱の中から、レイラが急いで小瓶を見比べる。


「あなた医者なの?」

「ええ、一応ね……血流促進剤、血流……あった!」


 見つけた小瓶から薬品を注射器に移し、アレフの右腕の血管に刺した。続いて市販されているが品数が少ないエルフ製の薬を飲ませる。


「大丈夫なんですか?」

「……本人の体力によるけど、ひとまず大丈夫よ」

「よかった……」


 シルフィがホッと胸を撫で下ろした。するとその横でレイラ突然跪いて頭を下げていた。


「本当に感謝いたします。そしてご無礼をお許しください。トール帝国姫君王位第三継承者殿――ステラ殿下」



 最後の言葉に、シルフィとレムは目を見開いた。

 ディアンは驚かず、すでにレイラの横で同じようにしていた。

 

「そ、そんな正式名称みたいに言われると、恥ずかしいのですが……とにかく、助かって何よりでした」


 頬を赤らめてふわりと笑った姫は、頭を上げてください、とレイラとディアンの肩をぽんと叩く。

 レイラはすぐに戻ったがディアンは決して動かなかった。


「あの、そこの銀髪の子は大丈夫なんですか?」

「そういえば、さっきもリマのことを……彼女を知っていたんですか?」

「先ほど温室で見かけたんです。エミリオ公爵のメイドだと聞いて……」


 と姫はレムに抱えられたままのリマに視線を移した。


「心配いりません。あの、ここから出る方法は?」


 深く詮索されないだけありがたい。レイラは姫の厚意に頼ることにした。


「ここの王族の避難通路は塞がれたの。でも……今は警備が外に向いてるから、南の離れの地下通路なら出られると思います」

「ありがとうございます。ディアン、魔力を分けてちょうだい」


 レイラは言いながら徐にディアンに右手を伸ばした。姫は彼女の手先につられるように視線を向けて息を飲んでいた。しかしレイラはそれに気づかず、ディアンの右手を握って半強制的に魔力を吸った。


「アレフを軸に南へ移動するわ。集まって」


 その言葉に、全員がすっとレイラに寄った。

 ディアンもアレフを担ぐ役割があるため、横たわる彼の元へ行こうとしたが、クイッと腕の服が引っ張られた。

 手甲の合間にある僅かな布地部分を掴んだのは雪のように真っ白な手。

 そんな手の持ち主は――姫だった。


「……やっぱり」

「……あの、手を…」

「ディアン、よね?」


おずおずといった声色だったが、彼女の目には確信の色が伺えた。

まっすぐな琥珀色に捉えられて、ディアンはたじろぐ。


――今はまだ、その時じゃない。



「行くよディアン君」

「あぁ。……失礼します」

「あ……」


 レムの声に応え、彼はやんわりと腕から手を退かせる。その手が宙を掴んだとき、姫が酷く傷ついた顔をしたのは気のせいではないだろう。

 メイドを含めその場にいた全員がただならぬ空気を感じたが、ディアンがこちらへ来た瞬間に、レイラは魔術を発動させた。


 ――ごめん。

 消える直前、ディアンの唇がそう動いたのをレムは読んだ。



 光が瞬くようにして消えたその場所で、姫はしゃがみこんだ。


「姫様?いかがいたしました!?」


 困惑したメイドの耳に届いたのは、掻き消えそうなか細い声で、いつも知る一国の姫の姿はなかった。


「……っ、どうして?」

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