船旅と情報屋
* * * * *
翌日の正午頃。リマたちは海――船の上にいた。
「俺はウェルスに戻るよ。なるべく多く精霊の情報を掴む」
「頼んだわよ」
「じゃあお前ら、リマをしっかり守ってやれよ。ついでに弱体化レイラもな」
サイモンは男性陣そう言ってリマの頭に手を置いた。「弱体化って何よ!」とレイラが憤慨したが、彼はまたな。と軽く手をあげウェルス行きの船に乗った。
そんな彼を見送った一行は、トール行きの船上にいる。
「懐かしい!!」
「リマ!落ちるよ」
水を得た魚のごとく甲板の上をくるくる移動し、右舷で身を乗り出すリマをディアンがヒヤヒヤしながら支えようとしていた。
「あら、やっぱり港っ子ね。船にはよく乗ってたの?」
「はい!でもこんなに大きなのには久しぶり!」
レイラの問いにリマは満面の笑みで言ったその横で、“港っ子”…とディアンが苦笑する。
「お~い兄ちゃん。大丈夫か?」
「あ?」
柱に寄りかかってズルズルと座り込んだアレフに、一人の男性が声をかけた。
「若ぇくせに船酔いか?」
「……うっせぇよ、おっさん」
「すみませーん。彼、慣れてないんですよー」
いつもより覇気がないアレフは、どうやら軽い船酔いらしい。ブレイズランドではギルドに出入りして傭兵まがいの仕事をしていた彼は、陸移動で賄えるものばかりしていため、初めて体験する不安定で慢性的な揺れは想像以上に不快なものだった。
無愛想に拍車がかかる彼がトラブルを起こさないようにと、困ったような笑顔でレムが対応する。
「見ねぇ顔だが、冒険者か?」
「んー。まあそんな感じ」
「じゃあ、あそこの別嬪二人はあんたらのツレかい?」
「そうそう、ツレー」
「何言ってんの、あんたの保護者はあたしよ」
へにゃりと男性の問いに答えたレムの肩を、レイラがバシッと叩いた。
「偉ぇ別嬪だと思ったら、姉ちゃんハーフエルフか」
「あら。あたしはハーフエルフでも”格別”よ?」
とレイラは男に向かって不敵に笑って見せた。
「……自分で言ってら…」
「はは、姉ちゃんおもしれえな。トールに何しに行くんだ?」
「ちょっと危ない所巡りよ。あなたは?」
下で毒を吐くアレフを無視して、レイラはそう言って聞き返した。
「俺は商人傍ら軽く情報を売ってんだ」
「ずいぶんと口の軽い情報屋だね~」
「簡単な情報だからだ。裏道とかそんなだな」
レムの指摘に男性は苦笑混じりにそう言った。
「ま、あんたらも何か欲しかったら聞いてくれや。俺は酒場にいるからよ」
とひらひら手を降って船室へ消えた。
「なんか…そうとう胡散臭いな」
「あの手の情報屋は案外便利よ?対価がキャッシュじゃないことが多いし」
まじまじと男性が去っていった方を見ていたディアンにレイラが言った。
「俺、中入る…。マシになるかもしんねぇ」
「そうだね、お水貰おう」
と、だるそうなアレフをリマが支えるようにして船室に入った。
「オレたちも入りましょう」
「そうね」
船室に入ると窓が無いため少し薄暗くなっていた。するとレイラに気づいた先ほどの男性がカウンターから手を降る。
レイラはすたすたと近づいて、迷うことなく隣に座ったのでディアンもそれに従った。
ちなみに軽くグロッキー状態のアレフは、カウンターから離れた席でレムにからかわれながらリマに酔い止めのツボを押教えてもらっている。
「せっかくだし、何か情報貰おうかしら。何あるの?」
「トールの上流階級に一部流れてるやつなんだが……対価はそうだな…」
にこりと尋ねるレイラに対して、ディアンはごくりと唾を飲んだ。一体何を要求されるのか。ディアンにはそれが心配だった。
「旨い酒でもご馳走してもらおうかね~」
「あら、いい人ね。美人のお酌もつけちゃうわ」
レイラがにんまりと笑ってウイスキーのボトルを頼んだ。ディアンはそのやりとりにホッとして自分の分を頼む。
「これは貴族のとこに奉公に出てる俺の姪の話なんだが………トールの姫様、相当病んでるんだとよ。うやむやになった四家との婚約もパアだなこりゃ」
「『今の』姫って、確か王位第二継承者よね。兄君がいるから大丈夫じゃないの?」
とレイラはそう話す横で頬杖をつきながら彼のグラスに酒を注いだ。これが『美人』のするお酌なのか、とディアンは明後日な方向のことを考えていた。
「いや、王族が亡くなったらマズイだろォ?姉ちゃんおっかねぇな……。まぁ、姫の従姉妹が精霊の子とあれば、ベリオール家はそっちと婚約するだろうな」
「ベリオール、家…」
グラスを傾けながら遠くを見るようにして言った男性に対して、ディアンは手中の飲み物に視線を落としながら呟いた。
そんな彼の様子にレイラは首を傾げた。
情報を聞き始めてからディアンの表情が曇り出していたのは気づいていたが。
「どうしたのディアン?
「いや、騎士学校にいた時の先輩がベリオール家の人だったんだ。所属は教皇騎士団なんだけど…」
「確か、トール帝国の騎士の名家だったよね~」
アレフをからかうのに飽きたのかレムが割り込んだ。
「四家の一角で筆頭公爵家だからな。姫の嫁ぎ先でも問題はねぇ。ま、俺が知ってんのはこんくらいだ。うまい酒どーも。あ、最後に一つ…」
と、男性はまだ酒の入ったボトルを掴んで立ち上がる。
「着いたらそれ隠した方がいいぜ?今めんどくせぇから」
男は自分の耳を指さし、そう忠告を残して船室の奥に消えた。
「……レイラさん耳大丈夫?」
「えぇ。隠せばいいだけだもの」
レムの不安そうな声にレイラは纏めていた髪をほどいて、今度はうなじ辺りで尖った耳が隠れるように緩く束ねた。




