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精霊の御子  作者: 壱原 棗
第4章:月の満ち欠け
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知らされていたこと


 意識を失ったレイラの回復を待つため、リマたちはバウエル邸にいた。


「レム……大丈、夫?」

「うん。ありがとう」


 腕の切り傷を治癒していたリマがぎこちなく尋ねた。指先から流れた水が傷をなぞりながら癒していく。お礼を言ったレムの顔色は優れていない。沈黙も束の間、レイラの様子を診ていたアレフが帰ってきた。


「具合は?」

「命に別状はないが、しばらくかかるな」

「よかった…」

「で、本題だが」


 リマが胸を撫で下ろしたところで、アレフはそう切り出してレムを見た。


「どうして、シルフィが…」

「あの、レム様」

「なに」

「シルフィ様からこちらを」


執事が差し出したのは封筒。


「手紙…?」



『これを見ているということは、私はみんなと一緒にいないんですね。ごめんなさい。こうなる事は夢で視てわかっていました。それでもこの場にいないということは、私の心が弱い証拠です。実はすでに体の感覚がありませんでした。隠していてごめんなさい。この先、自分がどうなるのかわからないですけど、みんなのことは視えました。シルフがくれたこの力が、どうかみんなの役に立ちますように』


【月は涙し、偽りの光を映し出す 真の輝きは、己が秘めし力により 解き放たれる】


『塔のような建物で小さな男の子が泣いている姿を視ました。助けてあげて下さい』


「もしかしてレムもなの?」

「まぁ、左腕だけ。お陰で痛くはなかったけど…」


 左腕を持ち上げて静かに苦笑しながら言った。見知った表情なはずなのにとても痛々しかった。


「あいつもそうだったのか」

「シルフィがどの程度進行していたかわからないけどね」


 長らく増幅器を着けていた影響なのか力を使った後は時々記憶が飛ぶとは言っていたが。


「ごめんね…」


 もはや自分の中で膨れ上がる罪悪感をどうにかしたくて呟いた謝罪はクシャリと音を立てた手紙で掻き消えた。彼女が深く悲しんでいたのは、わかっていたはずなのに。


「苦しんでた友達が、すぐ近くにいたのに!!私…気づいてあげられなかった!!

何も、してあげられなかった!レムの腕だって…」



 シルフィは怖いと言ってくれた。私は、あなたはあなただって言った。そこまでわかっていたのに、なぜ彼女にその選択をさせてしまったのか。

 自分の非力さに腹が立って思わず叫んでいた。頬を伝って涙が床まで濡らす。


「リマちゃんが謝ることじゃない。あの時シルフィは完全に操られていたんだ」

「でも!」

「今は、レイラさんが起きるのを待とう。僕らじゃ答えは出ない。話はそれからだ」

「……はい」




 ようやくレイラが目を覚ましたのは、その日の夜中だった。


「レイラさん、わかりますか?」

「……あたし、確か…」


 横になったまま額に手を当てて記憶を探る。


封印術アブスター・コアをかけられたんだよ」

「そう、だった……」


 そのままふぅと息を吐いて上半身を起こすと、いつもは纏められている長い金髪がサラリと落ちた。瞳の色がエメラルドのような深い色からペリドットの淡い色合いに変わっている。


「ねぇレム。封印術アブスター・コアって何?レイラさんの目の色と関係あるの?」

「対魔術師用の魔術兵器だよ。魔術師はエルフの血を引く者のみだから、対エルフ用と言っていい」

封印術アブスター・コアはコアを紡ぐ能力を妨害するのよ。まったく、油断したわ」


 エルフの目の色は魔力の貯蔵の役割を果たしている。色が濃いほどその能力は高いとされているが諸説もあるそうだ。また成長と共に目の色が変わると言われているのはこのことが理由とされている。


「俺は解除できなかったけど、あんたなら出来るんじゃないのか?」


 彼女が眠っている間、何度か解除を試みていたアレフが言った。


「時間がかかるわね、やってみるけど。でもそんなことより」

「シルフィが、連れていかれた」


 レムが彼女の置き手紙を差し出した。それに目線を落として間もなく、レイラは口を開いた。


「レム、他にも何か知ってるなら教えて欲しいの」

「………」


そう言ってレムを見据えると、彼は唇を結んだ。


「教会の信仰対象として、シルフィも内部のこと…知っている限りでいいわ」

「後悔するかもしれないよ?」


 口調こそ変わらないが、その声は厳しくて静かだった。


「……二人とも構わない?」


 その問いにリマとアレフは頷いた。レムは意を決したように話し出した。

 


「生まれ変わる方法については、僕らも知らされてない。『その時』の記録は無いんだ。でも教会が欲しいのは、人間としての……いや、自我をもった僕らじゃない。躯という名の器だ」


――私の躯は、シルフのものです。


 リマは漸く彼女が言っていた意味を理解した。


「僕が聞かされている教会の教典では、大聖堂で女神に祈りを捧げると、精霊として生まれ変わる」

「今まで祭典で捧げていた祈りは?」

「あれは精霊ティルナに捧げる祈りなんだ」

「何が違うんだ」


 リマの問いを答えたレムに、アレフがさらに疑問をあげる。


「唯一の生き残りである精霊ティルナに祈りを捧げる度に、精霊に近づいていくらしい」

「魔術を使って、増幅器の症状がでることが?」


曖昧な表現を続けるレムに、レイラが憶測を掲げる。


「……わからない。ただ、欲しいのは『器』なんだ。きっと神官の彼女が知ってる」

「必要なのは……『躯』か」



 アレフが吐き捨てるように言った。一方でリマは、どう反応していいのかわからなかった。

 今までの自分には関係もない、知ることの許されなかった世界に、足を踏み入れたような感覚に足元がふらつく。


「じゃあ急がないと『器』にされるのか?」

「………」

「答えてよっレム!」

「落ち着きなさい、リマ」


 静かに言われて、リマはハッとした。


「不確かなことを追うより、明確なことから追うべきよ」

「でもシルフィが…!」

「シルフィが連れていかれたのは、誰のせいでもないの。例えそれが抗えないものだったとしても、あなたは真実を知ることを望んだわね?」

「………っ」

「自分を傷つけるものであっても、あなたはそれを望む対価として、覚悟しなきゃいけないのよ」



 そうだった。真実を知りたいと言ったのは自分。唇を噛んで不安定で不確かな言葉を殺した。

 母が隠していた自分の出生を知ってから。知らない怖さを身を持って感じた。


「あたしはどんなことがあっても、精霊の子を探す。このままついてくれば、また同じようなことが起きるかもしれない。貴方たちにもう一度聞くわ。真実と向き合う覚悟はある?」


 暫く沈黙が走った。それを今まで居心地が悪そうにしていたアレフがそれを破った。


「俺は覚悟できてる」

「自分のこと、イフリートのこと…何もわかってねえんだ。このまま引き下がれるかよ」 

「僕も行くよ。事を動かしたきっかけは僕にある。それに…」


いつもの笑顔でレムが続けた。


「頼るって言ってくれたのに、黙って行ったからお説教しないと」

「リマ、あなたは?」



三人の視線が彼女に向けられる。前髪で表情は隠れていたが、すぐに真っ直ぐな声が聞こえた。そして少し息を吸って続けた。



「……あります。……絶対にシルフィを助けます!」


 覚悟を決めたその眼は、少し濡れていた。それを聞いたレイラは緩く微笑んだ。



「わかったわ…」

「あ、そうだ。レイラが起きたら謁見しろって言われてるよ」


パッと思い出したかのようにレムが告げると、レイラの表情がいつものに戻った。



「そう。じゃあ支度しましょう」

「はい!」


パタパタとリマが部屋を去って行くのを確認してから、レイラはおもむろに口を開いた。



「公務もあるのに、色々頼ませてごめんなさいね、レム」

「いいよ。こんな腕だから暫く休みもらうし」



 にっと歯を見せて笑ってレムはリマを追いかけて部屋を出た。そのあとに続いて部屋を出ようとしていた彼をレイラは呼び止めた。


「……アレフ」

「なんだよ」

「あたしが気絶してる間、大丈夫だった?」

「……泣きまくってたけど、あいつ」


 リマのことだと気がついたアレフが、ため息と共にその間のことを話した。


「やっぱりね」

「…………」

「慰めてあげたの?」

「はぁ?」


 妙なことを言い出す彼女に、アレフ眉をひそめた。レイラは指を二本立てて顔の近くでひらひらと動かした。


「両目に治癒術の跡」


 アレフに対して静かに指摘すると、彼は大きく息を吐いた。なんでわかったのか、とでも言いたげな目でこちらを睨んでくるので、それに答えてやる。


「コアには属性があるでしょ?目に火属性のコアの跡なんて、ソレしかないってわけ」

「エルフの眼か?」


 エルフ族はコアを駆使する能力に加えて、『見る』こともできる。今回の場合、治癒術を使った場所にコアの痕跡があったようだ。

 訝しげに言ったアレフを横目に、長く垂れる自分の金髪を慣れた手つきでいつもの様に纏めた。


「伊達にあんたの何倍も生きてないわよ。でもありがとう。あんたが居てくれて助かったわ」


 初めて聞く彼女の空気感にアレフは少し面食らった。自分がここに居ることを許されているとそれとなく伝わってくることが、くすぐったい気持ちにさせてその場を後にした。


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