神託に従って
第3章〜緋色の焔〜
『人は独りでは生きて行けない』
そんなことは、“居場所"を与えられた者が言える戯言だ。
“居場所"を与えられなかった者は、独りで生きて行くしかない。
それでも心の何処かで、いつも“居場所"を探してる。
***
『目覚めて。我の意志を紡ぐ者よ』
ぼんやりとした頭に聞こえてきた声で、リマは意識を手繰り寄せた。目を開けるとそこは、以前夢で見たことのある薄暗い水中と闇。
前と違うところがあると言えば、目の前の人影が今度ははっきりと姿を捉えることができている。
銀色の髪を豊かに伸ばし、海色の瞳を持つ目の前の女性。髪と瞳の色はリマのそれと同じだ。しかし、艶々と光沢の帯びた灰色がかった暗いブルーの肌が、人外だということを物語っていた。
「さっきは助けてくれてありがとう」
初めて直視した水の精霊の表情に戸惑いながら、リマは先程の礼をした。自分の意識の中で自分と対話するような不思議な感覚を覚える。以前と同じように息は苦しくない。むしろ心地いい場所だ。
『貴女が本当に怖い思いをしていたから手を貸したまでです。それに私の加護を受けたものが水に溺れるなどあってはならないこと』
「あの後、どうなったんだろう」
『今は気を失っているようです。ハーフエルフの男に後を頼んだので』
「……サイモンに?」
『貴女は特別です。ですから死なれては困るのです』
リマはウンディーネが少し表情を緩ませたのを見た。しかし、それだけを言い残して、あたりは光に包まれた。
「……ん」
眩しさで閉じた瞼の上から、今度は照りつけるような光を感じた。目を開けると今度は現実的な意識だ。
「また途中で途切れちゃった。あれ?今、時間…?」
あまりの明るさに時間が気になって、体を起こした。暗い水の中は思いの外居心地が良かったようだ。目を擦って伸びをすると、目の前にシルフィの顔がひょこっと現れた。
「あ!おはようございます」
輝くような微笑みが寝起きには効果抜群で、リマは再び目を細めることになる。
「あ、まぶしい……」
「あはは~でた!『天使の微笑み』。僕も、ソレやられたよ」
横からレムの苦笑する声がする。その様子にくすくすと楽しそうに隣でシルフィが笑っていた。
「リマ起きた?」
「……レイラ、さん」
「ごめんごめん。もう何もしないわよ。ウンディーネにも怒られちゃったし」
突然プールに突き落とされたことを思い出して、反射的に体が強ばった。先ほど感じた敵意は微塵も感じられない。その様子にリマはほっとして緊張を解いた。
「これからどうするか話をしたいの。いいかしら」
「はい。決めましょう、これからのこと」
***
「トール地方に残っている伝承なのだけど、名をソエル、姿は天馬。地域信仰のようで具体的な場所や歴史遺産は情報がなかったの。ごめんなさい」
光の精霊に関して精霊研究室が掴んでいる情報を、当事者3人に伝える。
最期の精霊ティルナとは違い、地域的な信仰は残っていたのだろう。ベイシアでは巧妙に隠されていたのか、リマの母親の血筋が精霊と関わりのある一族だったようだ。
「まぁ、僕が生まれたところにもノームを信仰している様子はなかったし、必ずしもってわけじゃないからね」
「自治区もあるからできるだけ目立たないようにトールで情報を集めたいわ」
ウェルスからトールに向かうにはランティスを経由した海路と、一旦船で南下し、砂漠地帯であるブレイズランドを経由する陸路がある。
海路で直行してしまうとシルフィとレムが大変目立ってしまうため、遠回りの陸路を選んだ。
現状ウェルスの独断であるため、なるべく事を荒立てずに情報を探し出す必要がある。国王は親書を用意したようなので、ランティスの行動範囲を広げてもらう交渉もすることになった。
「あとサイモンから伝言。2人の抑制器できるまで、リマの特訓は俺がするってさ」
「僕、精霊からご指名受けてる人なんて初めて見たよ〜。お兄さん愛されてるんだね」
「完成したら出発するから。それまでは各自準備しておいてね」
旅券や船のチケットの手配が必要らしく、レイラが全員分手続きしてくれるそうだ。
こうしてシルフィのブローチとレムのガントレットが出来上がるまで、数日間を城で過ごした。




