始動
第1話 西遼制圧
カーンとなったテムジンは、突如として、ナイマンを制圧すると言い始めた。それは、1204年の事だった。静は、嫌な予感に捕らわれていた。
「ケムの者を抑制出来なくなったのかもしれない」
静は、フチの姉から授かった静月玉を使って見たが、効き目はないように見える。結局、3個の静月玉を使ってしまった。静は、義経に相談したが、彼にも名案があるわけではない。思い付くのは、崑崙山の事だけだった。
「遥か遠くに見えるあの高い山がそうなのだろうか」
その山は、蝦夷地で登った山の数十倍の高さがありそうだ。頂上は、雲に隠れて見えていない。雲から連想されるのは、壇ノ浦の闘いの時に海に沈んだ「天叢雲剣」だった。安直な考えかもしれなかったが、直感も囁いている。義経は、義盛に「天叢雲剣」を探してくるように命じた。現地までは、吉次が運んでくれる。
史料によれば、西遼はホラズム軍によって、1210年過ぎ頃に滅ぼされている。そして、ナイマンがその地を治め、1218年頃にジンギスカンによって滅ぼされている。この地域は、シルクロードと微妙に離れているが、一部の隊商はこの地域を通っていたかもしれない。しかし、この地域を制圧しても、それほど交易による利潤は見込めなかっただろうと思う。故に、この地域には強力な軍隊は存在せず、周辺国家にとっても、大きな要衝とはならなかった。
テムジンの気持ちを良く解釈すれば、この地を遊牧民のために解放する事が目的だったのかもしれない。遊牧民にとって、遊牧の可能性のある土地は、財産と等しいものだからである。しかし、史実よりもこの地への侵攻が10年以上も早い。これは、やはりケムの者だからなのであろうか。義経の影響もあるのであろうか。事実として、モンゴル高原の統一が、義経の助力によって、それほど困難な事ではなかった。
西遼制圧は、あっけなく終わった。ムカリ軍団だけで終らせたようなものだった。この事は、周辺国家に脅威を与えた。モンゴル軍強しという印象を与えたのだった。しかし、一方でこの地域を侵略するのは、どの国家にとっても容易い事でもあった。ただ、この地域に侵攻するメリットが、他の国家にはあまりなかった。故に、モンゴル軍への強さの評価は2つに割れていた。しかし、もはや危険を侵してまでこの地域に侵攻する国家はないであろう。
遊牧民は、城壁を始めとした人工的な構造物を持たない。オルドや簡易な宿営施設と牧畜に必要な家畜があれば、充分に生活出来た。そして、季節や家畜の餌を考慮しながら移動する。そのためもあって、大きな集団を構成する事はなかった。闘いの時は、小さな集団が寄り集まって大きな集団となった。故に、利害関係から昨日の味方が今日の敵になる事もあったと想像される。
第2話 天叢雲剣
義盛は、壇ノ浦に着いた。壇ノ浦は、現在の本州と九州を隔てる関門海峡にある。その海の底に天叢雲剣が沈んでいるという。義盛は、どのようにしてそれを探そうとしているのであろうか。しかし、義盛は、見る間もなく巨大な蛇に変身した。彼のメタモルフォーゼは、蛇への変身だった。それは、地上の蛇でもなく、海蛇でもなく、頭がいくつあるのか分からないような生きものだった。ここで思い出すのは、ヤマタノオロチだ。ヤマタノオロチは、8つの頭を持っていたとか、8本の尾を持っていたとかいわれている。そして、天叢雲剣はヤマタノオロチと関係が深い。おそらく、義経は、この事を知っていたのであろう。
義盛が、海に潜ると天叢雲剣は、懐かしがるように近付いて来た。天叢雲剣は、剣としても切れ味が良いが、属性は気象変動にある。雨を呼び、落雷を起こす。更には、雨雲を始めとして全ての雲を消し去る事も出来る。能力としての基本は、湿度と気圧の調整になる。しかし、その威力は使い手の義盛によるところが大きい。
モンゴルに戻った義盛は、崑崙山だと思われるところへ吉次に運ばれて、静と共に向かった。そこに何があるのかは、分からない。それは、義経の直感によるところが全てだ。義盛は、周囲の雲や霧を天叢雲剣で払いながら頂上を目指していた。義盛には、未だ広範囲の雲を払う力がない。吉次の進む速度も鈍く感じる。吉次は夜に活動出来ないため、頂上付近までは数日必要とした。その時、突然霧が深くなった。天叢雲剣でも、その霧は払えなかった。
「何者かな。宝器まで持って。ここまで辿り着いたのは君達が初めてだよ。成程、ケムの者か。うん、音巫までいるのか。では、用件を承りましょうか」
「静様…いや、この音巫の鍛錬をお願い出来ないでしょうか」
驚いているばかりの吉次とは対照的に、義盛は落ち着いていた。誰かと出会うとは思っていなかったが、何かあるはずだと思っていた。
「面白い。私も音巫に出会うのは初めてだよ」
突然に霧が晴れて、目の前に現れたのは、20代と思われるような若い男だった。
「これでも、五千年くらい生きているんだよ。それに、ここにいるのは僕だけなんだ。仙道って知ってる。久しぶりに刺激があっていいから、引き受けたよ。2年後の今日、ここに来てみな。音巫だけを残して、君達はここから去ってくれないかな。帰り路は、雲1つないよ」
義盛は、吉次を促し、この場を去った。
「義経様も納得してくれるだろう。静様にも覚悟が見られたし」
第3話 科学者
未来の指導者達が、宝器に対する対策を話し合っていた時に一人の50代半ばと見られる男が、その部屋に入って来た。
「何を話し合っていたのかな。4門艦を発動させたって。僕の仮説が正しければ、無駄だよ。僕はこれから、あの時代に行く。確かめたい事もあるし、ケムの者にも会って見たい」
「まさか、そのまま帰ってこないのではないでしょうね。我々を見捨てるつもりですか」
「今は、そのつもりはない。私もあれから1万年近く生きてきた。この世界に多少なりとも未練はある。しかし、この世界を導いて来たのは、そなたの仲間達では、無かったのか。私はある時、この世界の科学が1種の信仰に過ぎぬ事を知った。科学そのものには、罪は無かったと思っている。その科学を技術化し、経済と呼ばれた幻に融合し、自然との調和を乱し始めた。そうなれば、自然からのメッセージを受け取る事が出来ない。この世界は、いつの日にか滅亡するであろう。新たな種族が文明を築くためには、数億年かかるかもしれない。滅亡への道を歩き始めたのは、繁殖能力を失った事が決定打だと思う。我々は、遺伝子にいたずらをし過ぎたのだ。私は、ある時に気付いた。それは、己の細胞力を強化する事だった。そのお陰で、不老となった。但し、不死ではない。お前達は、何年生きてきた。もっとも、その状態が生きていると言えるのならばだがな。お前達に残っているのは、保護液に使った脳だけだ。お前達には細胞力を上げる事は出来なかった。よからぬ事をしないように、お前達からは手足の機能を奪い、出来る事は考える事だけにした。この世界で、細胞力を上げる事の出来たのは、1万人足らずだ。つまり、この世界の人口は1万人という事だ」
「あの世界に行って、何をするつもりですか」
「先ずは、海青石の活性状態を調べたい。あの宝器は、ブランチ・ストーンかもしれない。私の仮説によると、ブランチ・ワールドが出来るエネルギーの供給は、ブランチ・ストーンにあると考えている。その石が活性化すれば、過去の歴史が変わり、供給エネルギーがある閾値を超えると我々は、その生成されたブランチ・ワールドとの行き来が出来なくなる。気休めかもしれないが、行き来の方法も少しは考えておこう。余裕があれば、ケムの者と会って話がしたい。リーガルには、4門艦の発動を停止するように伝えて貰いたい」
「我々に希望は僅かでもあるのでしょうか」
「まずは、あの世界に行ってみてからだ」
「科学者Rよ。我々の希望はそなただけじゃ」
第4話 ホラズム遠征
1205年にテムジンは、ホラズム制圧のため遠征を行った。この遠征は、はっきりと周辺国家に脅威を与えた。何故ならば、この地域はシルクロードのメインストリートの一部にあたるからである。周辺国家では、東西の交易が断絶される事を危惧していた。しかし、義経の進言もあり、この地域に行った政策は、城壁を含む人工建造物の破壊と、都市の分散化だった。基本的に1つの都市が人口1万人を超える事を許さない。都市間同士の交易は認めた。更に、王朝関係の人々の粛清も行われなかった。
シルクロードに行った政策は、宿舎の増設と道路の敷き設だった。水や食料の足りない宿舎には、それを運ばせ、シルクロードは便利になって行った。但し、宿舎を利用する者には5%の関税を掛けた。もっとも、その関税は宿舎の増設、保全により消えて行き、運営は赤字となっていた。義経の目的は、周辺国家への配慮だった。征服されたとしても、酷い目に会わず、場合によっては施設の増設を行い国家が潤うというより、民が潤う実績を示した事になった。
分散化された都市には、駐屯軍は置かず、自治を認めた。唯一都市に設置されたのは、情報部だけである。この時から戸籍の作成の模索が始まる。開かれた都市造りと都市のネットワーク化は、現代にも通じるものがある。もっとも、都市間の連絡は馬が主流となる。
義経の頭の中には、貧富の差を無くす事があった。しかし、何を基準として、貧富の差を測ればいいのか分からない。人には、価値観がある。欲しくないものを与えても、喜ばないだろう。逆に集落や都市で余剰となった人々の受け入れも考えなければならない。必要最小限のものは、食糧だ。義経は各地を周り、薄緑刀を振るった。食糧の生産量は飛躍的に伸びた。
更に、思い付いたのは陳情箱の設置である。民の望む事をして上げたいと思っていた。しかし、陳情の中身が妥当であるのか判断する労力と知識が必要だ。「霊樹の与」の元で人材探しが始まった。
しかし、テムジンの征服欲は何処まで続くのであろうか。静が戻るまで後1年必要だ。未だ、義経の進言を聴いている間は、大丈夫だと思うが、いつ暴発するのか分からない。義経は、ただ祈るだけだった。最悪の場合は、テムジンを暫く幽閉しなければならないかもしれない。しかし、それを行えば、2人の間に僅かかもしれないが、亀裂が入る。
「充分な様子見をし、臨機応変に対処しよう。そうだ、クランにテムジンの感情状態を見ていて貰おう」
第5話 科学者R
13世紀の日本海に辿り着いた科学者「R」は、先行して情報を集めている調査員に状況を訪ねた。
「海青石のエネルギー変化は、どうなっている」
「この2年近く前に突然エネルギー出力が3倍くらいになりました。その後、エネルギーは脈動を打ち始め安定しなくなりました。これは、何かの前兆なのでしょうか」
「これはあくまでも、僕の仮説に過ぎないが、海青石はブランチ・ストーンだと予測される。この宝器は異なる歴史を作りだすエネルギーを出力しているものと考えられる。この時代の歴史が変わり始めたのと、この宝器が活性化し始めた時期が一致する。私が知りたいのは、完全なブランチ・ワールドを構築するためのこのエネルギー出力の閾値だ。もしも、完全なブランチ・ワールドが構築されれば、我々は元の世界に戻れなくなるだろう。気休めかもしれないが、ここに「時折の点」を持って来ている。これがブランチ・ワールド間の行き来を可能にするのか、未だ実証されていない。試して見たいが、あまり試したくない気持ちもある。私には、元の世界で遣り残している事がある。是非とも一度は元の世界に戻りたい。海青石が、急激な変化を起こし始めたら教えてくれないか」
その場には、リーガルもいた。
「時折の点の試用を私に任せてもらえませんか。Rは、一度元の世界に戻ってください。他に任務があれば、お申し付けください」
「うむ、ではケムの者に伝言を頼むとしようか。出来るだけ友好的にな。私は、元の世界に戻るとしよう。くれぐれも4門艦は、隠蔽しておいてくれ。それが、我々の最期の切り札になるかもしれない。もう1つ、リーガルよ、お前は元の世界に戻れない可能性もある。その覚悟だけは、しておいてくれ」
「任務ですから」
リーガルは、それからケムの者に会いに行った。彼らは、初対面となる。橋渡しは、海尊が行った。
「我々は、遥かな未来からやって来たタイム・トラベラーだ。この海尊も同じだ。ケムの者よ、我々を導く方から、お前達に伝言がある。お前達は不老となっている。不死ではないがな。そして、我々の知る歴史と異なる歴史を作り上げていくだろう。どのような歴史を作りあげて行くのかはお前達次第だ。我々の世界は、既に滅亡の危機に瀕している。この時代から1万年以上先の事になるがな」
リーガルと海尊以外の全てのタイム・トラベラー達は、元の世界に戻って行った。いつになるのかは分からないが、海青石が完全に発動し、ブランチ・ワールドを構築した時、時折の点が有効的に働くのかを確かめるのが、二人の任務となった。海青石のエネルギー解析は、自動装置に任せてある。しかし、いずれも「R」の仮説に過ぎない。
第6話 教育
多くの子供達が集められた。その子供達は「霊樹の与」に向かった。成人した者達より、山に辿り着く者の比率が圧倒的に高かった。この行事を発案したのは、義経だった。義経は、最初「子供達に文字を覚えさせたい」と思っていた。それから、考えが発展し「霊樹の与」の事を思い付いたのだった。多くの文字や数字を授かった子供達を、実務に付属する各種の学校に入学させた。この者達が、10年後には、帝国の本当の土台を築く中核となって行く。何も授けられなかった子供達も学校に入学させた。
一部の民からは、労力が減ると苦情があったが、それは、物資を供給する事で納得させた。教育の基本は「自分の頭で考える」事である。詰め込み教育は行わなかった。文字や数字の基本的な教育は行ったが、その後は実務に即した教育となった。牧畜の道を求める者、行政の道を求める者、軍隊に入隊したい者など、本人の意思を尊重して行った。不思議と文字や数字を授かった子供達は、そのまま進路を決めるようだった。
これは、予測と状況証拠だけになるが「霊樹の与」は、細胞力に関係していると思われる。文字や数字を授かった者は、差はありさえすれ、老化が進まないようだ。木簡には、細胞力を高める力があるのだろうか。細胞力が高まると細胞死が遅れ、細胞分裂の回数が減る事が予測される。但し、内部や外部からの損傷は老化、あるいは死があるのかもしれない。
また、細胞力の質も見極めているのかもしれない。天賦の才というが、文字や数字は、これを見極めて増幅しているようにも見える。これらの事が、的を射ているのか分かるのは、ずっと先の事になるが、今の義経には何ら影響はない。義経は、与えられたものを活用し、歴史を作りあげて行くだけだ。
これは、筆者の支持する論であるが、そもそも教育の始まりは支配の一部であった。元々、被支配者層には、教育(文字を教えるなど)を行わなかった。それが、支配者層の特権であり、そうする事で支配力が高まると考えていた。しかし、人には感性が存在する。文字を知らなくとも反乱は起きた。ならば、教育によって洗脳に近い事を行おうというのが、支配者層の考えであったように思われる。
第7話 静
静が崑崙山で鍛錬を始めてから、1年半が経つ。その静が、仙道と共に義経の元に戻って来た。静の鍛錬が無事に終了したという事だろうか。それとも不測の事態が起きたのであろうか。仙道は義経に向かって言った。
「彼女の鍛錬は、無事終了したよ。2年は必要だと思っていたんだけど、彼女は1年半で終らせてしまった。しかも、僕の想像以上の成長振りだ。今、彼女をここに連れて来たのは、その事だけが理由じゃないんだよ。この世界が変わろうとしている事を君に伝えたくてね。日の本からこの大陸に渡る時に襲われたでしょ。そこに世界を変える宝器が沈んでいるんだよ。ここ2年くらい前まで、それは静かに眠っていたんだけど、突然目を覚ましちゃった。僕は5000年生きて来たけど、この世界の急激な変化に出会うのは初めてだよ。テムジンが、余所の国を攻め始めているのは、彼が狂ったわけではないよ。それを求めているのは、あの宝器なんだ。君は、テムジンの後始末をしていかなくちゃね。あの宝器の持つ力は、世界を変える事だけで、どのような世界に変えて行くのかは、その時代に生きる人達の役目だと思うよ。僕は、世間とは、あまり係り合いたくないから、もう戻るね」
義経には、思い当たる節がある。クランからの報告でも、テムジンの感情の昂りは、あまり感じられないそうだ。義経は、自分の生きて行く意味を考える暇も無く、これから先何年もテムジンの後を追う事になる。義経には、逆らい難い運命が訪れようとしていた。
一方、この説明を既に受けていた静は、ほっと一安心していた。テムジンの暴走に見えた行動は、宝器の仕業らしい。「決して、君の能力の低さのせいではないよ」と、言われた静は、鍛錬のみに集中出来た。「精鎮の笛」は、数段上のレベルに上達し、「充命の衣」も、ある程度使いこなせるようになったそうだ。そして、この衣には、別な能力もあるらしい。この衣は、細胞力の増幅に使えるようだ。しかし、今の静では未だ、そのレベルには達していないのであろう。「象牙の冠」の能力は、人の憎悪を消し去る事が出来るようだ。しかし、同じく未だ使いこなせないだろう。
崑崙山での静の鍛錬は、ケムの者にとって重要な意味を持つ事になる。今後数年は、静の能力は、ケムの者の抑制に充分な力を発揮するだろう。これから、静は「霊樹の与」の元で暮らす事にした。僅かでも、己の能力の向上を願ってのものだった。
果たして、崑崙山の仙道は何者なのだろうか。彼以外の仙道は存在しないのであろうか。また、彼は人なのだろうか。義経も静も、それを詮索するつもりは無かったが、謎は謎として残った。もしかすると、何者かにこの俗世に深く係る事を禁じられているのかもしれない。静の鍛錬の師匠となったのは、人智を超えた何者かの許可があったせいかもしれない。
第8話 西夏制圧
1207年にテムジンは、西夏に攻め行った。義経は、1206年に外交によって、西夏を隷属させようとした。しかし、それは失敗に終わっていた。義経の出した条件が、西夏にとってあまりにも受け入れ難いものであったのかもしれない。西夏は王朝を持っている。義経の条件は、この王朝の存続を認めなかった。王族の生命の保証はしていたが、彼らにとっては屈辱的なものであったろう。また、人工構造物の撤去も求めていた。今の義経にとって、帝国の統治方法はこれしか考えられなかった。
いつの時代からをモンゴル帝国と呼べばいいのか分からないが、テムジンがカーンとなった時を始まりとしたい。また、西夏制圧は史実より20年早い。これは「海青石」の催促と考えていいのであろうか。しかし、この時代を生きる義経らにとっては、全てが必然であった。今まで、闘いで躓いたことはない。問題だったのは、闘いの後の統治の方法だった。義経は、うまく行っていると思っている。しかし、これ以上版図が拡大すれば、義経の手に余る事が予測される。
モンゴル帝国の国境は、金国と接した。遊牧民を主体とした帝国と金国は、あまりにも違いがありそうに思えた。文化様式も違い、軍事的には城壁の攻略が必要になり、更には火を噴く兵器も所有しているらしい。騎馬軍団だけで、対抗出来るのだろうか。帝国にとって、史実より勝るところは、北部が北遼国となり、その国は実質的に義経の所有する国である事であった。史実より、金国の面積は6~7割となっている。
1208年は、取り敢えず金国の情報収集という事に決定した。それは、軍事的には戦法が決まらず、闘いに勝利したとしても、その後の統治に問題が残る事が明らかであったからである。文化様式がまるで違う。金国の民が何を望むのかを明確にしておかなければならない。
かつて、義経の産まれ育った日の本は、金国の前の王朝「隋」「唐」「宋」の時代から多くの事を学んできた。官僚制度や仏教などを主とする大陸で産まれたものが、日の本に流れ込んで来ていた。義経も少しは理解しているつもりである。義経は、藤原秀衡に仏教の事を教え込まれている。しかし、義経は僧になったわけではない。金国の統治に仏教が障害となる予感があった。民が信じるものは、統治者でも全てを変えられない。
いずれにしろ、金国の情報収集が不可欠だった。このための部隊が編成された。義経を部隊長とし、義経の郎党、伊勢義盛が率いる特殊部隊が潜入する事になった。
第9話 耶律楚材
北遼の国王「耶律履」の提案で、義経らの金国での滞在先が決まった。義経ら総勢6名は、日の本からの留学生として、耶律履の3男「耶律楚材」の邸宅に招かれる事になった。人質となっている耶律楚材であるが、彼の邸宅は目を見張るほど壮大で、華麗であった。特殊部隊の者達は、城壁の外側に拠点を構える事になった。特殊部隊の者達にとって城壁は意味を持たない。自由に内外を行き来して、情報収集を行った。
この時、耶律楚材は19歳である。彼が幼い頃、一度義経と会った事がある。彼にその記憶があるのか定かではないが、耶律楚材は、一目で義経に心服していた。義経もこの若者に非凡なものを感じていた。義経は、彼を「霊樹の与」の元に連れて行きたかった。義経は、吉次に訪ねた。
「ここから霊樹のところまで何日あれば、往復できるか」
「片道1日として2日あれば」
「では、3日というところだな」
義経は、今度は耶律楚材に訊ねた。
「3日の間、この邸宅を離れる事ができるか」
「そのくらいならば可能ですが、一体何処へ」
吉次は、耶律楚材を連れて霊樹の元へ向かった。
霊樹は、耶律楚材を受け入れた。更に「政」の文字を授けた。耶律楚材には、何が起きているのか分からなかった。
「これは、何ですか」
「義経様にお尋ねください」
邸宅に戻った耶律楚材は、義経に訊ねた。
「この文字は何を意味するのでしょうか」
「それは、そなたに我が帝国の全てを統治せよと、言っているのだ。ようやく、人材が見つかった。後は、軍事的な事だけだ」
耶律楚材は、禅を学び多くの僧達とも繋がりを持っているそうだ。義経は、これら仏教関係者の保護がこの国の統治に大切だと思っていた。耶律楚材も禅のみならず、仏教全般の保護が大事だと思っている。この国を攻め滅ぼし国土を手に入れたとしても、民がその国家に属するとは限らない。民のために、仏教の保護が絶対条件となると考えている。
日本でもこの頃、貴族だけの仏教が平民(武士階級、農民など)に広まっている。最初に浄土宗を広めた「法然」や、その分派と言えるのか法然の影響を受けた浄土真宗の宗祖「親鸞」などが存在する。日本で平民に仏教が広まったと言う事は、大陸ではもっと早くに広まっていたと考えるのが、妥当だと思う。但し、手元に確かな資料がないのが残念である。日本では、戦国時代前後に浄土真宗の宗徒が一向宗として、巨大な勢力を持ったが、この時代は未だそこまでにはなっていないものと思われる。
第10話 食物連鎖
この物語では、義経もテムジンも運命に従って生きているように見える。それは、努力をしないとか、己の生きる道を探さないという意味ではない。あるがままを受け入れ、苦悩し、闘っているように見える。
筆者は、自然の全てが「食物連鎖」と同じ法則を持つと考えている。弱肉強食とは、この食物連鎖の一部であり、必ずしも法則を完結させるものではないと考える。20、21世紀の科学技術は、原子力の利用を行っている。しかし、その科学技術は、食物連鎖の法則から外れていると考える。何故ならば、放射性物質を他のものに転化させる技術を持っていないからである。放射性物質を他のものに転化出来なければ、そこで連鎖は停まってしまう。一度停まった連鎖は、仮にいつか動き出したとしても、そこで詰まってしまうのではないだろうか。顕著な弊害の実例は無いが、遺伝子操作などもこれに相当するのではないだろうか。
この物語のタイム・トラベラーの世界は、現代の延長線上の世界という設定である。筆者は、連鎖を停めた文明は滅亡へと向かうのではないかと危惧している。更に言わせて貰うと、科学そのものに罪は無いと考える。現代では、経済と融合した科学の応用技術が、金銭を得て、何かを捨て去ろうとしているように思えてならない。
この物語のテーマは、この部分を重視して行きたいと考える。更に、言い過ぎるが科学は根拠を持たない代物である。科学の根拠を明確に証明出来た人は誰もいない。この事の詳細は、必ずいつか述べたいと思う。