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合流

第1話 月


 5人の指導者達の部屋に入ったRは、言った。

「この世界の人と物をあの世界に全て移そうと考えている。そのためには、急がなければならない。海青石が完全に覚醒すれば、我々はあの世界に移る事が出来なくなるかもしれない」

「何故、突然にそのような事を仰せになるのですか」

「おそらく、我らの世界は見捨てられたのだ。宝器の飛散がそれを示唆している。誰にとは聞かないでくれないか。私にも分からないのだから」

「確かに、この世界に留まったとしても、先行きが不安です」

「我らは、かつて8回の宝器の飛散を経験している。しかし、跡形も無く飛散したのは、今回が初めてだ。何者かが、我らの世界よりあの世界を選んだとしか考えられない。そして、過去の8回の時は、宝器をかなり回収出来た。更に、8つのブランチ・ワールドの構築も見た。そのブランチ・ワールドがどうなったのかは、分からない」

「確かに、今回は異常です」

「我らは、1万年以上の文明を維持して来た。だが、それも終りを迎えつつあるのかもしれない。決定的なのは、繁殖能力が全く無くなった事だと思う。このままでは、人口が減る一方で、手の打ちようが無い」

「では、我らはあの世界に介入し、新しい世界を築くのですな」

「いや、介入はしない。我らは失敗したのだ。敗北者なのかもしれない。我らの移る先は月にしようと思う。極力、あの世界に介入しないようにしようではないか」

「成程。我らは何かを学んだわけではありませんからね」

(学んでいないのは、お前達だけだ)

これは、Rの心の中だけの言葉だ。Rは、思っていた。あの者達に指図も強制もしないようにしよう。ただ、私の仮説を伝えるのみにしよう。彼らに与えるものも、意図すれば、直ぐに消滅させる事の出来るものだけにしよう。我らは、エゴが強過ぎたのだ。今なら分かるような気がする。何者かとの協調が必要だったのだ。連鎖しない固体されたものを我らは、作り出し過ぎたのだ。この歳まで生きても、この世界や時の理が分からない。分かったのは、元に戻せるものしか作っては、いけないという事だ。繁殖能力が無くなってしまったのも、遺伝子を操作し過ぎて、減数分裂のスイッチを切ってしまったためだと思う。そもそも、電子の軌道も未だ確定的に分かっているわけではない。染色体が、2重螺旋構造を取るのは、この電子軌道と関係があると言う事は分かっている。今は、述懐はここまでにしておこう。

「あの者達には、事後承諾になるが、月への移転を急ごう」


第2話 金国制圧


 1209年、義経とテムジンは、金国の制圧を決定していた。誰かが望んでいるのならば、とことん版図を拡げようではないか。版図の確定が行われた時、我らの役目が終わるのかもしれない。

 金国の制圧の戦法は決めていた。城壁は弁慶に破らせよう。義盛の特殊部隊には、内側から城門を開かせよう。義盛自身には「天叢雲剣」で雨を降らせ、火器を無効化させよう。後は、騎馬軍団が制圧するだけだ。これで、戦闘は短時間で済むはずだ。味方も敵も被害が最小限で済むはずだ。

 実際に金国との闘いは、燕京までを1日、燕京陥落1日、金国の版図全ての掃討戦7日で終った。

 その後の統治は、耶律楚材に全権が委ねられた。彼は、金国の王族のために保護区画を設け、そこに王族の為の住居と、財産保護の為の資料館を造営した。その資料館の財宝に類するものは、王族はもちろんの事、義経やテムジンでさえ押収する事を禁じた。城郭は撤去され、かつての金国の城への出入りは誰でも通行自由とした。仏院の保護に努め、求めに応じては、造営さえ行った。

 耶律楚材の統治方法は、義経と異なり、極め細やかな官職制度を設け、民からの陳情が中央政府へと迅速に伝わるようになっていた。義経の統治時代は、集落、都市内外の諍いは、その者達の自警団に委ねられていたが、耶律楚材は、各自治体へ警察隊と司法官を駐屯させ、更にその監視役として、隠密を送り込んでいた。隠密に実権は与えられておらず、その任務は、自治体の実体を中央に伝える事だけだった。中央では、耶律楚材直属の機関がこの対処にあたっていた。

 耶律楚材は、交易を奨励していたが、扱う物資によって租税率を設定し、物資の独占商行為を抑制した。この事により、大商人と呼ばれるものは制限されていく事になる。帝国内の貨幣制度を統一し、貨幣価値による差別を撤廃した。貧しい地域には、必要により保護制度を作り、徴税や徴兵制度の不公平さを平滑化して行った。この事により、中央にも必要以上の金品は集まらなくなったが、その不足分は、国家事業として、鉱山開発や製品に付加価値を付ける技術開発を行い補って行った。

 各自治体からは、広く人材を求め、人口の増加も奨励した。このために大規模な国営農場や国営工場を作った。研究施設も作り、結果として、国庫が潤って行くことになる。未だ、先の事になるが、民は必要以上の貯蓄を持たなくとも、不安が解消されて行くことになる。また、医療施設も充実させ、薬師を養成し、派遣薬師制度も作った。などなど、手配りの利いた行政は民からの信頼を得て行く事になる。






第3話 義経とR


 Rは、義経の元を訪れていた。

「事後承諾になりますが、我らは、我らの世界からこの世界へと移転して来ました。居住地は月にしています。貴方達への干渉は出来るだけ避けようと思っています。また、我らとの連絡が必要な時には、海尊をこのままここに残しておきますので、あやつを通して行ってください」

「月?如何にしてあのような場所に行けるのだ。そこで、生活する事は、出来るのか」

「ご心配には、及びません」

「うむ。ところで、テムジンが1つ心配事を持っている。何とかならないものかの」

 テムジンの第一王妃は、ボルテである。彼女との間には、3人の子供がいる。ボルテが母親なのは間違いないが、父親がテムジンなのかはっきりしない。3人の子供とは、ジュチ・チャガタイ・オゴデイである。ケムの者は、子を設ける事が出来ない。この3人の子供は、テムジンがケムの者となる前に設けたものだ。蛇足になるが、第二王妃はクランである。彼女との間には、子供はいない。もちろん、義経と静の間にも子供はいない。

「容易い事です。テムジンとその三人の子供の髪の毛を一本ずつ頂けないでしょうか」

 Rは、DNA鑑定をしようとしているようだ。暫くして、髪の毛を揃えた義経は、Rに渡した。

「間違いなく、3人の子供の父親はテムジンです」

 それから、Rの述懐が始まった。

「私は、この時代のおよそ700年後に産まれました。その時代は、科学というものが全盛となり、そこに経済というものが、入り混じり急激な時代の変化を産み出しました。おそらく、我らの世界は、その時から滅亡への一歩を踏み出したのでしょう。私は、その時から危惧を持っていましたが、その時代の激変の波は誰にも停める事が出来ませんでした。その時代の人々は、手を出してはいけないものにいたずらをし、自分達の首を絞めて行ったのです。私は、幸いにもいくつかの技術を持っていました。1万年生きて来れたのは、その時の技術が基礎となっています。数学と生物学という技術により、自分自身の延命を可能としました。それからは、自分自身の技術力の向上だけに専念していました。数百年後、我らの世界は、急激な衰退を見せ国家としての形態を保てなくなっていました。その時、私は己の持つ技術によって、世界を鎮圧しました。しかし、遅かったのです。それまでに行った行為は、衰退を発展へと転化出来なくしていました。私に出来たのは、衰退へと向かう速度を遅らせる事だけでした。確かに、部分的には、技術の発展がありました。しかし、滅亡を決定的にしたのは、繁殖能力を全く失った事でした」

 義経には、Rの言う事がほとんど理解出来なかった。

「どうしろと言っているのだ」

第4話 再編成


 帝国は、耶律楚材を得た事により、組織の再編成を行った。それは、大きく2つの組織形態となった。軍と統治である。双方ともにカーンであるテムジンの指揮下に入る。義経は、テムジンの盟友であり、同格となる。故に、テムジンの配下とはならない。

 軍は、2つの組織に分けられた。1つは軍令部であり、1つは実戦部隊である。軍令部は、兵の補充、物資の補給、作戦の立案を担当した。新たに霊樹から「令」の文字を授かったボオルチュが軍令部長を務めた。筆頭副官は「補」のボロクルである。次席副官は「纏」のジェルメ、第3席は「歩」のチラウンとなった。

 軍団は4つから構成された。

第1軍団長はテムジン、先鋒は「先」のムカリ。

第2軍団長は「総」のクビライ、先鋒は「客」のジュチ。

第3軍団長は「次」のチャガタイ、先鋒は「騎」のスブタイ。

第4軍団長は「視」のオゴデイ、先鋒は「弓」のジェベ。

義経の軍団は、遊軍となり、どの軍団にも属さない。

 統治を担当する行政長官には「政」の耶律楚材がなった。

 モンゴル高原の統一が帝国の礎を築いた事であったならば、この段階は、盤石の土台が出来たものと言っていいのであろうか。実際にこれから暫くの間は、帝国の快進撃が続く。しかし、世界は広いのだ。数々の問題が待ち受けている。果たして、帝国は世界を統一出来るのだろうか。そして、出来たとしても、それを維持して行く事は出来るのであろうか。統一とは、領土の占領ばかりではない。占領した土地には多くの人達が暮らしているのだ。そして、その人々の文化や信じるものが、今の義経らには理解出来ないものばかりになる。

 かつての西側の列強と呼ばれた国々は、植民地政策を取った。これは、占領地からの搾取を意味する。確かに、進んだ文化を植民地に齎した事も事実としてあるだろう。しかし、それは、あまりにも一方的に過ぎなかったのではないだろうか。人を支配するとは、どのような意味を持つのであろうか。弱肉強食の論理だけなのだろうか。連鎖の法則は働くのであろうか。支配が崩れた時、どのような反発を産むのであろうか。人の寿命は短い。しかし、受け継がれて行く記憶や憎しみは、簡単には消えないものだと思う。


第5話 アッバース朝・ロシア地域


 アッバース朝の最盛期は8世紀頃とされている。最も栄えた時にバグダードは「全世界に比肩するもののない都市」に成長した。そして、人口は150万人を超えていた。しかし、その後、衰退の一途を辿り、13世紀初頭には、強力な軍隊を持たなかったと想像される。地理的にアッバース朝は、ほぼ現在のイラクに相当する。

 この地に攻め込んだのは、チャガタイを軍団長とする第3軍団だった。先鋒はスブタイである。今、モンゴル帝国の1つの軍団は、10万の騎馬兵を擁する。更に、その中の4万は鍛え上げ、戦闘経験も豊富な精鋭である。一方、迎え撃つアッバース朝の軍勢は2万だった。弱体化していたアッバース朝は、あっけなく陥落した。尚、この軍団に弁慶が同行していた。弁慶の能力は、攻城戦に有効だ。彼の放つ破壊光線は、この当時の城門など簡単に融解させる。

 史実では、1258年にモンゴル帝国のモンケ・ハーンがこの王朝を滅ぼしている。そして、80~200万人の殺戮を行ったとされている。義経は、無駄な殺戮と略奪を禁じていた。耶律楚材は、占領後統治のための人材を送り込んだ。また、帝国の軍団の糧食は、軍令部が補給したものであり、一切この地からの搾取はなかった。1211年の事であった。

 チャガタイは軍を転じて、北方に攻め込んだ。この当時の旧ソ連やロシアの民族の詳細は明らかではない。スラヴ人やノルマン人だという説もあるが、はっきりしている事は、この地域には国家と呼べる組織体は存在せず、諸部族が点在していたようである。ロシア帝国は、1613年にロマノフ朝が出来た事が起源かもしれない。明確にロシア帝国(帝政ロシア)と呼ばれるようになったのは、1721年にツァーリ・ピョートル1世が皇帝インペラートルを宣言したことに始まるようである。そして、ロシア帝国は、1917年まで存続した。

 そのため、チャガタイは闘う事なくこの地域を占拠して行った。国境は、現在のウクライナまでだった。そのまま東に軍を進めたチャガタイは、3年後に北遼の僅か北側のオホーツク海に面した地域で、少数の部族と出会う。それは、離散したユダヤ人の一部であった。ユダヤの国は、紀元70年のエルサレム攻囲戦でローマ帝国軍に滅ぼされたとされているが、他の複数の史料によるとユダヤ人の離散は、もっと前から始まっていたのではないかと思われる。彼らは、六芒星の刻まれた見た事のない金属の欠片を持っていた。長が言うには、

「これと同じものが、12個集まれば奇跡が起きると言い伝えられております」


第6話 南宋・東南アジア


 南宋は、北宋が女真族の金に華北を奪われた後、南遷して淮河以南の地に再興した政権であり、首都は臨安(現杭州)であった。北宋も南宋も、同じ民族と王朝の継続であるため単に宋として説明される事があるようだ。

 1211年には、第2軍団の先鋒のジュチが、南宋に攻め込んだ。義盛の率いる特殊部隊も同行している。同じ頃、第2軍団長のクビライは、吐蕃に攻め込んでいる。更に、大理、大越、パガン朝へと侵攻した。

吐蕃国は、877年に滅亡している。吐蕃は、チベットを示す地域名として使われたようだが、この時代に国家が存在したのかは、不明である。しかし、滅亡までの間、仏教を国教とし、民衆への仏教の普及が広まったため、その影響がこの時代まで続いていても不思議ではない。

大理は現在の中国雲南省にあたる。

大越は現在のベトナムである。

 パガン朝は現在のミャンマーを領土としていた。

 クビライとジュチは、現在のタイ付近で合流した。この当時、タイには未だ国家と呼べるものが存在していない。先住民としてモン族、クメール人が住んでいたようだ。この地域を占拠した時、1212年になっていた。しかし、これ以上の進軍にストップがかかった。

 何故ならば、耶律楚材が忙しく、制圧や占拠をした領土の統治に手が回らなくなったためである。第4軍団のオゴデイも高麗を制圧している。日の本は、義経に任せるとしても、西方や北方に向かった第3軍団の分も合わせると、とても人手が足りるものではない。第2軍団の侵攻は、1214年以降に持ち越される事になった。

 大陸で残るのは、マレー半島のシュリーヴィジャヤ王国とインド大陸だけである。しかし、義経もテムジンもマレー半島の存在すら知らなかった。ましてや、インド大陸の攻略など現時点では、考えられない。そして、マレー半島の海の先の島々の事など夢にも考えていない。

 テムジンは、思っていた。

「世界とは、なんと広い事よ。ヨシツネが戻って来たならば、相談しよう。もしかすると、あの得体の知れないRならば、世界の事を知っているかもしれない」

 1214年に、シュリーヴィジャヤ王国を制圧した第2軍団は、帰途についた。この頃のシュリーヴィジャヤ王国は、周辺国家からの打撃や、国内で仏教やヒンドゥー教からイスラム教への改宗が行われていたため、酷く衰退・混乱していた事が推測される。



第7話 高麗・陸奥


 この時代朝鮮半島は、高麗王朝が統治していた。都は開城である。ただ、丁度この時は、武臣政権による武臣の統治となっていた。日本と同じように天皇家(王朝)をないがしろにし、武士(武臣)が実権を握っていた時代があった事に興味を覚える。

 この高句麗に、1211年オゴデイの第4軍団が制圧に向かった。先鋒はジェベである。この当時の高麗の軍事力は明らかではないが、武臣政権が誕生してから40年ほどしか経過していないため、強力な国力を保持していなかった事が推測される。第4軍団の制圧は、そのほどの時間を必要としなかった。

 次の目標は、日の本になる。既に、義経の兄頼朝はこの世を去っている。日の本は、中央の公家政権と関東の武家政権が並立している。執権政治が確立されて行くのは、もう少し先の事である。義経は、日の本への侵攻を陸奥の国から始めたいと考えていた。出来れば、海を渡して大軍を送りたい。義経はRに相談して見た。

「容易い事ですよ」

 時を超えた者達にとって、地球上くらいの距離ならば瞬間転送は、握り拳1つくらいの装置で簡単に出来るようだ。問題になるのは、転送された者が転送先で偶然でも誰かと遭遇し、諍いになる事だった。義経は、吉次によって陸奥の国に運ばれた。同行した者は、継信と忠信、そして、静までついて来ていた。義経は、近くの村落の長に会いに行った。その長は、義経の事を覚えていた。義経がこの地を去ったのは22年前の事である。その長は、現在の陸奥の状況を語り始めた。

「このままでは、我らは全て西の者達によって葬られてしまいますじゃ。義経様の力で何とか平泉の再興をお願い出来ないですじゃろか」

 義経にも、その心つもりがあった。日の本を4つに分割したい。1つは、蝦夷地である。あの地には、何者も介入させたくなかった。1つは、白河の関以北を領土とした平泉政権の再興である。1つは、箱根を境とした武士政権である。残りの1つは、西を天皇家に治めて貰おうと考えていた。この噂は、たちどころに陸奥中に広まり、兵の志願者までが集まって来た。その数は2万を超えていた。本来の目的である第4軍団と義経軍団の渡海の準備をし、義経は総勢が揃うまでの数日間を蝦夷地で過ごす事にした。この時、空の散歩から戻った吉次から報告があった。何やら、眩く光るものを見つけたそうだ。義経は、吉次と共にその場所に向かった。その場所は、現在の青森県新郷村(旧戸来村)に位置していた。「キリストの墓」伝説として、多くの観光客を集めている自治体である。その村落の長は、六芒星の刻まれた金属を所有していた。彼らは、離散したユダヤの一部の部族であった。


第8話 蝦夷地・鎌倉


 蝦夷地に向かったのは、義経と静、吉次であった。初めてこの地を訪れた時は、心細かった。しかし、今は懐かしさが溢れ出る。先ず、フチの元に向かった。

「おう、逞しくなったのう。静や笛の音を聴かせておくれでないか」

静は、笛を吹き始めた。フチは、

「もはや、この婆に教える事はなにもなくなった。よく鍛錬したのう」

「はい。崑崙山の仙道様に導いて貰いました」

「な、何、仙道と出会ったのか。彼の者達は、この婆の能力も寿命も100倍以上持っているじゃろう。そうじゃ、そちたちは、日の本に行くのじゃろう。大和の葛城山に役小角というものがいる。この者は、仙道になる事を目指しておる。やつが、この地にやって来たのは、数百年前の若き頃じゃったのう。この婆とは旧い知己じゃ。そなた達の事は、伝えておくゆえ、訊ねて見るがよかろう」

 その夜は、この村落に留まる事にした。この地に住む、総勢23名のカムイが集結する事に会った。懐かしい顔もある。この地のカムイの人数は、その時代のよってかわるそうだが、今は多い方らしい。フチは言った。

「カムイ達は、この地を離れたくないそうじゃ。ただ、あの娘だけは、外に出て見たいようじゃ。どうかな、連れて行って貰えぬであろうかの」

 義経に否やはない。ただ、娘と共に妖精達のついてくるのであろうか?娘の名は、ノンノと言った。

その夜は、充分過ぎるほどの歓待を受け、次の日の早朝陸奥に向かって旅立つ事にしていた。

 平泉政権の樹立が当面の目標であるが、その前に鎌倉と渉外を行わなければならない。義経は、鎌倉へと向かった。驚くべき事に源の嫡流はお飾りとなり、北条家が実権を握っていた。驚いたのは、義経ばかりではない。死んだと思っていた源の御曹司が戻って来たのだ。更に、陸奥に放っている密偵からは10万を超す軍勢も一緒だという。北条家がこの時、招集できる軍勢は、6~10万である。しかし、御曹司の噂や、その率いる軍勢の数を知ると、せいぜい2万が限度であろう。このような条件下で、義経は話を切り出した。

「平泉に国を立てたい。国境は、白河の関はどうであろうか。もちろん、和平条約を結ぼう。西からの圧迫には援軍をだそう」

 この当時、鎌倉幕府の実権を持つ者は、2代目の執権北条義時だが、未だ反乱分子を抱えていたと思われる。義時は大いに不満を持ったが、現実を見ると如何ともしがたい。結局は、義経の申し出を受けざるを得なかった。ここに、日の本の東は平泉政権と鎌倉幕府が並立する事になる。

 義経は、大江広元と面会した。広元の兄・中原親能とは、共に平家と闘った仲だ。義経は広元の非凡さを見抜き、霊樹の元に連れて行った。広元は「佐」の文字を授かり、耶律楚材を補佐して行くことになる。


第9話 平泉政権・鎌倉幕府・朝廷政権


 義経は、現在の岩手県釜石市近辺の鉄鉱山を開発し、平泉政権に武器製造の依頼をした。これで、平泉政権は、金鉱山と合わせて豊富な財源を得た事になる。硫黄や銅などの鉱山も開発した。発注している兵器は、太刀や槍、大小の弓と火薬を用いた鉄砲と手榴弾である。この当時、中国では、手榴弾の事を震天雷と呼んでいる。鉄砲は火縄銃である。

1259年に南宋の寿春府で開発された実火槍と呼ばれる木製の大砲が存在する。モンゴル帝国では「技」の字を持つ者達がこれを既に開発していた。現在の史料によれば、カノン砲は16世紀から17世紀頃から実用化される。

 また、蝦夷の2万の軍勢は、義経の配下となった。この蝦夷の持つ弓は、モンゴル兵のものより大型だった。モンゴル兵が軽騎兵隊ならば、蝦夷兵は、弩弓騎兵隊となる。

 義経は、御所に向かった。この当時の御所は福原京と呼ばれ、現在の兵庫県神戸市に存在する。義時の書状を持つ義経は、天皇に拝謁した。この書状は義経が義時に、半ば無理やり書かせたものである。

「何と、箱根以西をこの朕に治めろというのかえ」

「はい。お互いに不可侵の約を結び、末長く共存して頂きたいと思っております」

 義経が、義時に出した条件は、源の嫡流を象徴と化し、名実共に北条幕府を設立する事だった。これには、義時も喜んだ。内心では、義経に実権を握られるのではないかと思っていたからである。

「私には、大陸でやらなければならない事がある」

 当時の天皇は、順徳天皇である。彼は、義経に訊ねた。

「噂で聞くところによると、天叢雲剣を所持しておるのかえ。それに不満を持っているのではないぞえ。ここに、八咫鏡と八尺瓊勾玉にある。神器に所有者を選ばせようかと考えているのぞえ」

 八咫鏡と八尺瓊勾玉は義経の元に飛び込んで来た。順徳天皇は納得した。今の皇室は、血が薄れていると考えていたのだ。この時代に選ばれたのは、義経なのだろうと思う。武士たちに蹂躙されたこの政権を立て直していく事が、自分の役目である。神器は、自分にとって既に象徴でしかなく、現実を見据えた政治が必要だと思っていた。

 ここに、蝦夷地(現在の北海道)を除く日本に3つの政権が存在する事になった。


第10話 物理の法則


 物理学を学ぶ時、いくつかの大原則が存在する。17、18世紀頃にニュートンが確立した、運動に関する三法則が代表となるだろう。それは、第一法則(慣性の法則)・第二法則(運動方程式・加速度の法則)・第三法則(作用反作用の法則)である。そして、第二法則は20世紀初頭にアインシュタインの特殊相対性理論によって、書き換えられた。アインシュタインは、一般相対性理論も発表したが、これの検証は21世紀になっても、尚続けられている。人類に時間と空間の概念を与えた画期的な理論であると思う。

 また、主に化学の分野で用いられるものだそうだが、物理の世界にも適用される質量保存の法則という法則も存在する。

 しかしながら、上記の法則は全て経験則を主体とした根拠の乏しいものであると考える。その根拠を補うため、様々な実験や観測が行われて来ている。地球上では、確からしいものも宇宙空間では、微妙な結果を残していると思う。しかし、我々は、この法則を土台とした様々な技術の恩恵に預かっている。昨今では、恩恵が被害に転化しているケースも見受けられる。我々は、科学や経済を見直す世代に突入しているのではないだろうか。

 この物語を擁護すれば、絶対時間や固有時間が存在しても不思議ではない。上記の法則も根拠のない主張だと考えれば、その主張の強弱はあるにせよ、絶対に存在しないという事は言えないだろう。

 突然話が変わって、恐縮であるが以前「サムシング・グレート」という本を読んだ事がある。この本の事は、敢えて調べないで述べたいと思う。何故ならば、筆者自身のその時に受けた印象をそのまま大事にしたいからだ。その本は、遺伝子について書かれた本だった記憶がある。その中で、その本の作者は、この世には「何か偉大なもの」(サムシング・グレート)が存在すると主張していたように思う。筆者自身は深く感銘を受けた。そして、偉大なものは、2つに分けられるのではないかと考えた。1つは、生命体を創造したもの、1つは宇宙を創造したものである。もしかした両者は同じものかもしれない。そして、その事は、筆者の生き方におおきな影響を与えたと思う。


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