14黒衣の少年
ようやく鉄道の旅は終わりを告げた。一行が降り立ったのは港町だ。随分遠くに来たものだとマリーローズは潮風を吸い込みながら少し感傷的になってしまった。
「この町は水鏡族がよく利用しているのよ」
祈の言う通り、王都や学園都市では全く見かけなかった灰色の髪に赤い瞳を持つ水鏡族らしき人々が多く行き交っていた。
村までの馬車は神殿側が用意してくれるらしい。辿り着くまで3時間掛かるらしいので、一旦喫茶店でひと休みすることになった。落ち着いた雰囲気の店内でマリーローズがソファに腰を下ろすと、ギギギと座面のスプリングが音を立てた。正直な所座り心地は良くない。
「こちらにはよくいらっしゃるの?」
「ええ、ギルドの依頼を終えてひと息つく時とか、糖分補給に利用するわ。しかも私この店でプロポーズされたのよ!」
「まあ、素敵!」
自分はさておきマリーローズは他人のロマンスは大好きだ。そのせいでレイナルドと婚約破棄になってしまったが、今は後悔していない。
「その話、この店に来る度言うんだぜ。音声案内装置かよ」
興味津々に目を輝かせるマリーローズに対して、ヒナタが呆れた様子で溜め息を吐けば、祈が頬を膨らませて不機嫌になる。
「何度も話したい位大切な思い出なんですよね?」
「マリーちゃん…流石女の子は分かってる!ヒナも乙女心を勉強して早くお嫁さんを連れてきなさい!」
「最近フラれたばかりだから無理。つうか俺まだ18だし結婚とかまだ早いよ」
「私が18の時にはもう結婚してたから早くないわよ!」
ヒナタの恋愛事情にマリーローズは無意識に耳をすませた。未婚で恋人に振られたばかり…年齢は18歳。同世代と思っていたが、1歳年下のようだ。
その後も猫が戯れ合うような親子喧嘩は続いたが、マリーローズが期待するような恋愛に関する話題は出て来なかった。
喫茶店を出て神殿が用意した馬車に乗った。真っ黒で無骨なデザインだが、中は広々としていて10人は乗れそうだった。馬車に揺られながら遂にいよいよだとマリーローズは次第に緊張してきた。
「闇の神子はどんな方なの?」
「うーん、一言でいうとちょっと変わってるな。あと顔が青白い」
「私はあまり見る機会がないから分からないけど、いい子よ」
あまり参考にならないヒナタと祈の情報にマリーローズは緊張に拍車がかかって来た。姿が想像できないまま馬車の動きが止まった。馬車から降りて景色を確認すると、眼前に白亜の建物が広がっていた。ここが神殿のようだ。
「ようやく到着したわね。長旅お疲れ様」
「いえ、祈さんとヒナタも蜻蛉返りで大変でしたよね」
「平気平気!さて、私は家に帰りますかね。マリーちゃん、落ち着いたらうちに遊びに来てね!」
「はい!」
寂しいがまた会える約束をして、マリーローズは祈の背中を見送った。そしてヒナタを見遣ると、いつの間にやら隣に真っ黒な服に白い羽織を着た銀髪の少年がいた。肌は青白く目の下には隈が浮かんでいて不健康そうである。
「ようこそマリーローズ先生。我がそなたを招いた闇の神子だ。名はサクヤと申す」
少年の言葉にマリーローズは目を丸くさせた。神子のイメージは女性だったし、こんなに若いと思わなかったのだ。
「は、初めましてマリーローズ・アンスリウムと申します。微力ながら村の子供達の力になれれば幸いと馳せ参じました」
「これはご丁寧に。1週間に渡る移動でお疲れであろう。早速住処と施設の利用方法については我が配下が案内しよう。その後は休む事に専念して欲しい」
そう言ってサクヤが紹介したのは白い服を着た腰の曲がった老婆だった。まずはマリーローズが暮らす部屋に案内するそうだ。ゆっくりと歩く老婆の後ろをマリーローズと暇だからとついてきたヒナタとでのろのろついて行く。
「こちらが宿舎になります。困った事があったら管理人に尋ねて下さい」
「はい、分かりました」
管理人室にて軽く挨拶をして鍵を受け取り、割り当てられた部屋に向かう。異性は入れないとの事だったので、ヒナタには待機してもらう。部屋は王都の自室に比べたら狭いが、寝るだけなら何の問題もなさそうだと考えながら、マリーローズは部屋を確認した。
トランクを置いて神官から鍵を預かり、ヒナタと合流して宿舎を後にすると次は施設の案内だ。食堂や売店、共同風呂など生活に必要な場所を一先ず紹介してくれた。
一通り回り終わり、案内してくれた神官にお礼を言ってから、マリーローズはヒナタに宿舎まで送ってもらった。
「あとの施設は明日にでも俺が案内するよ」
「よろしくお願いします。ヒナタも住まいは宿舎なの?」
「いや実家暮らし。部屋数に限りがあるから、基本神官は通勤推奨なんだよ」
「そうなんですね…」
不安で表情を曇らせたマリーローズにヒナタは優しく笑い、そっと彼女の髪を撫でた。
「心配するな。困った時は誰かに頼ればいい。早くここの生活に慣れるよう俺も協力するから」
「…はい!」
ヒナタがそう言えばなんとかなる。漠然とした自信ではあるが、マリーローズは新しい生活への不安が期待に変わっていった。




