12初日の夜
汽車が終点の地方都市に到着したのは既に日が沈みかけていた。今日はここに宿泊となる。初めて舞い降りた土地にマリーローズは興味津々に周囲を見渡した。
「アンスリウム家が宿までの馬車を用意してくれていると思うのですが…」
「あれじゃないか?」
ヒナタが指したのは丈夫な作りの辻馬車だった。馭者に確認したらその通りだったので、マリーローズ達は乗り込んだ。
「うーん、幌馬車に比べて雲泥の差の乗り心地…」
フカフカの座面を触れながら、祈はご機嫌の様子だ。これが普通のマリーローズは逆に幌馬車の乗り心地が気になってしまった。
馬車に揺られて10分程で宿に到着した。先に1階のレストランで食事を取ってからチェックインを済ませ、ホテルマンの誘導でエレベーターに乗り、最上階のスイートルームへと案内された。いつも旅行で似た部屋を利用するので、マリーローズは平然としていたが、ヒナタ達親子は豪華さに歓声を上げていた。
「すっげー!スイートルームなんて初めて入った!ベッドデカっ!」
「あーん、新婚旅行を思い出すわ!」
彼らの反応にマリーローズは貴族と平民の生活の差に戸惑いを覚えて、今後自分は彼らと同じ生活に順応出来るのか少し不安になってしまった。
「マリーちゃん、私も一緒に泊まってもいいかな?」
「はい、よろしくお願いします」
「やったありがとう!帰ったらみんなに自慢しよう!」
初めての宿で使い勝手がわからない上に侍女がいないので心細かったマリーローズは祈の申し出は嬉しかった。
「ありがとうマリー。お陰で1人で寝れるよ。じゃあ俺は下の部屋だから。母さんマリーをいじめるなよ」
「こんな可愛い子いじめるわけないでしょう!もう、さっさと出て行って」
「へぇへぇ、2人ともおやすみ」
「おやすみなさい、ヒナタ」
どうやらヒナタと祈は相部屋だったらしい。ヒナタはひらひらと手を振ってスイートルームから出て行った。
「さてと、マリーちゃん疲れたでしょう?お風呂先にどうぞ」
「ではお先に失礼します」
ヒナタに運んでもらったトランクを開けて、マリーローズは下着を用意した。夜着や石鹸などは備え付けのものを利用する事にする。そしてバスルームで下着姿になってからバスタブにお湯を溜めようとした。
「あら?魔石がないわ」
侍女から教わった風呂の用意は魔石を使って水を溜めて温める方法だが、それらしき物が見当たらなかった。もしかしたらホテル側が忘れてしまったのかもしれない。マリーローズは一旦服を着てからバスルームを出た。
「どうしたのマリーちゃん?」
「魔石が見当たらなくって…持って来てもらおうと思ったんです」
「ああ、多分このホテル魔石を使わないタイプだと思う」
そう言って祈はバスルームに入っていくのでマリーローズも後を追った。
「やっぱりね。この蛇口を捻って温度を調節してからお湯を張るの」
祈は手際良くバスタブ側の壁についている2つの蛇口ハンドルを捻り、手で温度を調節してからお湯を溜めた。マリーローズは感心しながら終始を観察した。
「シャワーも同じ操作よ。火傷に注意してね」
「承知しました…」
自信が無い様子のマリーローズに祈は苦笑してしまうも、助け舟を出す事にした。
「良かったら、一緒に入らない?女の子同士仲良くしましょう!」
入浴時、侍女に裸を見られるのには慣れていたので、マリーローズはコクリと頷き祈に助けを乞う事にした。
改めてシャワーの使い方を教えてもらったり、髪の毛や背中を洗ってもらったマリーローズは実践と称して祈の背中と髪の毛を洗ってあげた。短い祈の髪の毛は洗いやすく、自分も少し短くしようかと検討する程だった。
スイートルームのバスタブは大きく、2人で浸かっても余裕があった。温かいお湯は今日一日移動で疲れたマリーローズを癒してくれて、ほうと溜め息をついた。しかし自分の裸は見られ慣れているが、他人の裸は見慣れないものだと痛感して気恥ずかしくなる。
「うふふ、女の子とお風呂に入るのなんて妹達以来かしら」
「妹君がいらっしゃるのですね」
「ええ、私は三姉妹の長女です。そうそう、上の妹は昔アンドレアナム家で下宿してたのよ」
そういえばエミリアがヒナタを紹介した時に友人の甥だと言っていたが、その友人が祈の妹なのだろうと想定した。
「今度妹達を紹介するわ!」
「ふふ、楽しみです」
これから新しい出会いが沢山待っていると思うと、マリーローズは子供の頃に感じたようなワクワク感を覚えて、早く水鏡族の村に行きたいと気が逸った。




