短編 あなたにしてあげたいこと
( 'ω'o【過糖警報】o
私、星波姫乃には、とても素敵な彼氏さんがいます。誠実で、優しくて、愛情深い……そんな、とても素敵な彼氏さんなのです。
とある方にアドバイスを頂いて、私は昨夜から彼に対する呼び方を変えてみました。最初はとても気恥ずかしくて、うまく呼ぶ事が出来ませんでしたが……今は、段々と慣れてきたと思います。
寺野仁くん……それが、私の最高の彼氏さんのお名前です。
そして、仁くんにはもう一つの顔があります。
彼はVR・MMO・RPG、アナザーワールド・オンラインのトッププレイヤーにして、最高最速の忍者さん……ゲーム内では結婚している、私の旦那様であるジンくんなのです。
私が何故、今その事について思い浮かべたかと言うと……。
「また、やられた……ッ」
たまたま通り掛かったゲーム屋さんのモニターに、仁くんがでかでかと映ったからですね。それも、私達が通り掛かったタイミングで。
「何で流すんだろう、これ……」
「あはは……いま一番、VRの中で人気があるそうですし、AWO。販売促進の為でしょうね」
要するにAWO第四回イベントのPVが、VRゲーム売場で宣伝として流されているという訳です。実際に売れ行きが良いのか、ソフトは売り切れて次回入荷未定と書かれていますね。
ちなみに第四回イベントのPVとなると、私も結構映っている訳で……流石にちょっと、恥ずかしいです。仁くんの気持ちも、解らないでもないです。
「第一回も、第二回も結構クローズアップされましたよね、私達」
第一回イベントの時は、初デートの時に映画館で……第二回の時はある日の放課後。私達の家で勉強した後、何の気なしにテレビをつけたら……コマーシャルで。
「今回は一位が【森羅万象】なんだし、そっちをもっと映せばよくないかな? いやまぁ、アーサー達も実際に映ってはいるけどさ」
「それを言ったら、【七色の橋】は二位ですから……今回も上位ですものね。それに、仁くんは最後の最後で大勝利を収めましたし」
どの道、映る事に変わりはない訳ですね。
「あれは、ヒメと一緒だったからだしさ。まぁ、一度PVは見たけど……改めて見ると、何かとんでもないイベントだったよね」
「スパイの件もありましたしね……無事に収束して、本当に良かったです」
私が居たから、と言ってくれるのは……とても、嬉しいです。あの時の私の頭の中は、仁くんを助けたいという一心でした。だから他でもない仁くんが、私を必要としてくれていた……それだけで、私の心は喜びでいっぱいになってしまいます。
……
私は仁くんにお願いをして、ある場所に連れて来て貰いました。それは……。
「……寝間着を買いたい、と」
「はい!」
「ふーむ……文句がある訳じゃないんだけど、何でまた寝間着?」
まぁ普通はデートの時に着るお洋服とか、そういうのを見ますものね。それは理解しているんです。でも……。
「眠る時に、仁くんが選んでくれたものを着ていたら……仁くんの夢を見れるかなって」
私がそう言うと、仁くんは顔を赤くしました。普段の照れ顔よりも、随分と真っ赤ですね……?
「仁くん? どうかしましたか?」
仁くんの顔を下から覗き込むようにすると、更に真っ赤に……熟れたトマトみたいです。
「……ちょっと今日は、夢見がね? まぁ、そういう事なら了解」
夢見……? 何か、照れてしまうような夢でも見たのでしょうか? うーん……気になりますね。
とりあえず私達はお互いに納得の上で、私の寝間着を選ぶ事にしました。仁くんがまず選んでくれるのは、オーソドックスなパジャマでした。
「着やすいし、友達とのお泊りとかにも使えるんじゃないかな? 僕もこういった感じのを、割と使うんだよね」
というのも仁くんは、選手時代に合宿や遠征も行っていたそうです。そういった場でも気兼ねなく使えるので、重宝しているのだとか。
「仁くんと、お揃い……」
「お揃い、かぁ……パジャマのペアルックって、カップルっていうより夫婦向けだよね」
それはつまり、私達向けですね?
「あー、ああいったのも良いかもね」
仁くんが視線を向けるのは、もこもこした寝間着でした。暖かさと肌触りの良さを追求した、冬場向けのものですね。
「夏場は厳しいけど、今の時期は暖かいんじゃないかな?」
「確かにそうですね……私、冷え性なので」
長袖長ズボンのもこもこパジャマには、同じくもこもこのフードが付いています。肌寒い冬において、心強い寝間着かもしれませんね。というかポップが添えられていて、こちらは売れ筋ランキング三位だそうです。
そして次に見たのは……完全に女の子用の寝間着。いわゆる、ネグリジェというやつです。
「これ……ですか……?」
「あ、いや……ごめん、好みじゃなかった?」
確かにワンピースタイプのそれは、とっても可愛いとは思います。
恋ちゃんや優ちゃんにも、似合いそうかも。愛ちゃんはヒラヒラ抑えめ、千夜ちゃんは私同様にラフスタイルなイメージだったりします。というか、実際にそうなんですけどね。
「まだ、ベビードールよりはまだ良いかと……」
「? 何故、そこでベビードールなんですか……?」
実は仁くん、ベビードール姿の女の子が好きなのでしょうか? お望みとあらば、挑戦するのも……え、やめて? あ、はい……そうですか……。
結局、私が選んだのは一番最初に見たパジャマです。えっと……今現在の、予算の都合で。一番の決め手は、一緒に仁くんのも買ってお揃いにしたかったのです。
残り二つは、また改めて購入しましょう。優先は……ネグリジェですね。
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そして夕方になる前に、私達が向かったのは……。
「寺野家……?」
「はいっ!」
仁くんは、何故? と首をしきりに傾げています。という事は、やはり仁くんには気付かれていないという事ですね!
不思議そうな仁くんが、寺野家の玄関扉を開けて私を招き入れてくれます。すると奥から、パタパタと足音が聞こえてきます。姿を見せてくれたのは、仁くんのお母様……撫子さんです。
「いらっしゃい、姫乃ちゃん! 準備、進めておいたわよ!」
「お邪魔します、撫子さん。その、我儘を言って済みません……」
「良いのよ~♪ むしろばっちこいだわ、私も楽しみにしていたし!」
私が撫子さんにお礼を言っていると、一緒に居る仁くんは更に困惑顔です。ちょっと、きょとんとした顔は……可愛いです。
「えーと……どういうこと?」
「その、今日は私が……お料理を振る舞いたいなって」
私がそう言うと、仁くんは目を見開いて驚いています。でも、驚きの中に嬉しそうな感情が込められているのが解るので、私としてはとても満足です。
「姫乃ちゃんから、事前に相談を受けていたのよ。仁に花嫁修業の成果を、見せたいんですって」
「は、はい……その、まだまだですので、途中経過ではありますけど」
その為、私は事前に仁くんのご両親に連絡をしていました。お二人は快諾して下さったのですが、代わりに条件を出されました。私達がデートを楽しみたいだろうから、買い出しは俊明さんと撫子さんにお任せする事……と。準備をお任せする形になったのは心苦しいのですが……お二人には、感謝してもしきれません。
「だそうよ、仁。幸せ者ね~」
「母さん、顔緩みまくってる」
「はいはい、照れ隠し照れ隠し。鏡見たら良いわよ、私よりあなたの方が緩んでいるから」
そう言いながら、キッチンに向かう撫子さん。実際、仁くんの口元は緩んでいますね。
「それじゃあ……私、頑張りますね♪」
「あ……うん。楽しみにしてるね、ヒメ」
ふふっ、美味しい物を食べて貰える様に頑張りましょう!
……
私は寺野家のエプロンをお借りして、キッチンでお料理に臨んでいます。お母さんの教えてくれた通りに、今の所は順調に出来ていると思います。
「うんうん、手際が良いわね姫乃ちゃん!」
「えへへ……お母さんに教わりながら、練習しましたので」
ちゃんと練習の成果が出ているのか、撫子さんに褒めて頂けました。ピーマンの肉詰めに、フライドポテトはもう完成。今はじゃがいもを潰して、ポテトサラダを作っています。
私と撫子さんがお料理をしている間、仁くんと俊明さんはリビングで待って頂いています。
「息子の彼女があんなに良い子だと、ついつい可愛がりたくなるなぁ」
「程々にね……あと、優先権は僕の方が上だから」
「ほうほう、つまり姫乃ちゃんを愛でるには、仁の許可がいると」
「……そうだよ」
そんな会話が、私の耳に届きます。そ、そうですね! 私は仁くんのお嫁さんなので、全てにおいて優先権は仁くんにあります!
でも俊明さんも、撫子さんも私を可愛がって下さっているのは解ります。なので、お二人とも仲良くさせて頂ければなと思っています。
私の考えている事を見抜いたのか、撫子さんがクスクスと笑ったのが声で解りました。恥ずかしいので、そちらを見るのは控えさせて頂きますが……。
「ふふ、本当に仁の事を好きなのねぇ……」
撫子さんのそんな言葉に、私はハッキリと答えます。これは、ちゃんと意思表示が大事な事だと思いますから。
「はい……全力で、愛しています」
私の宣言を撫子さんは茶化すでもなく、「ありがとう」と言って下さいました。多分ですけど、私の本気を認めてくれたのではないかと思います。
……
そうこうして、完成した料理がダイニングテーブルに並びました。外は既に日が落ちて、夜になっています。
「おぉ、大したものだなぁ! 凄いね、姫乃ちゃん。いやぁどれも美味しそうだ!」
「そうねー♪ 手際も良かったし、とても丁寧だし! 何より可愛い女の子と一緒にお料理が出来て、私大満足だわぁ」
俊明さんと撫子さんは、料理を見て大絶賛してくれます。
そして、仁くんは……。
「本当に凄いね、ヒメ。どれも美味しそうで、食べるのが楽しみで仕方ないや」
「えへへ……ありがとうございます、仁くん♪」
目を輝かせて、私が作った料理をじっと見ている仁くん。その表情は、キラキラとしていました。
いつもは大人っぽい彼ですが、時々こうした年相応……もしくは、少し子供っぽい顔をする事があります。
四人で手を合わせて、いただきますをした後……私は仁くんに、お料理を取り分けていきます。
「えぇと、ヒメ? 自分で出来るよ……?」
「良いんです、これで」
うちのお母さんは、食事の時にお父さんにこうして取り分けてあげています。勿論お兄ちゃんや、私にも。
それが私にとっては普通であって、将来結婚する人にしてあげたいと思っていた事だったりします。だから、これで良いんです。
勿論、俊明さんや撫子さんにもして差し上げようとして、撫子さんから「仁にだけで良いわよ、姫乃ちゃん」と言われました。
本当は仁くんに、あーんをするまでやりたいのですが……流石に俊明さんと撫子さんの前で、それは……昨夜の二の舞になりそうですし。
それはまたいつか、二人きりの時にするとしましょう。
それぞれのお皿に料理が行き渡り、飲み物も準備万端。そこで俊明さんが、グラスを手に取って笑顔を浮かべます。
「今年はこうして、姫乃ちゃんも一緒に祝えるのが本当に嬉しいよ。仁の事、宜しく頼むよ」
「私も、ご一緒出来て嬉しいです……こちらこそ、今後共よろしくお願いします!」
「それじゃあ、メリークリスマス!」
「「「メリークリスマス!」」」
唱和の後にグラスを重ね、寺野家でのパーティーが始まりました。
……
「うん、美味しい!」
ピーマンの肉詰めを口にして、仁くんがそう言ってくれました。幸せそうな表情で、私まで嬉しくなってきちゃいます。
「味も絶品だね、これは」
「本当にねぇ、星波家の味付けなのかしら? とても美味しいわ~」
俊明さんと撫子さんも、とてもいい表情でそう言ってくれます。うん、お母さんの味付けと同じ……うまく、出来たみたいです♪
キッシュやリゾット、ポテトサラダ……どんどん料理が消費されて、同時にお腹も満たされていきます。
仁くんはどれも美味しい美味しいと、満足そうに食べてくれています。ふふっ……その笑顔と言葉で、私の心も満たされていっちゃいますね。
「姫乃ちゃん、いいお嫁さんになるね」
「本当にねぇ。良かったわねぇ、仁」
俊明さんと撫子さんがそんな事を言いますが、仁くんは動じる事無くその言葉に頷いてみせました。
「うん、僕もそう思う。本当に美味しいよ、ヒメ。作ってくれて、ありがとう」
真顔で俊明さんと撫子さんの言葉に同意したら、今度は私に視線を向けて……とても優しい表情で、私にそう言ってくれます。
はぁ……やっぱり仁くんは、こうして真っ直ぐに向き合ってくれて……そういう所、凄く大好きです。
「仁くんが喜んでくれて、良かったです……他にも食べて貰いたいお料理が、まだまだあるんです。だから、またこうして……お料理を振る舞ってもいいですか?」
愛する人に、喜んで貰える。それが嬉しくて嬉しくて、また次もなんて欲ばってしまうけれど……仁くんは、優しく微笑んでそれを受け入れてくれます。
「ヒメが良いなら、是非。ありがとうね、ヒメ」
もっともっと、お料理修行を頑張ろう……仁くんに、美味しい物を食べて貰える様に……。
「これ、私達お邪魔じゃない?」
「あはは、あてられちゃうね」
「「は……っ!?」」
俊明さんと撫子さんの声で、私達は無自覚に……その、イチャイチャしていた事に気付きました。
その後は、二人の世界に入り切らないように注意しながら、四人で談笑しました。パーティー用に作った料理は、綺麗さっぱり食べ切られましたよ。
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「いやぁ、美味しかったなぁ」
「本当ね~。ありがとうね、姫乃ちゃん」
「いえ! 喜んで頂けたなら、良かったです♪」
俊明さんと撫子さんは、大満足という様子でした。えへへ、作った甲斐がありましたね。
そんな風に話していると、仁くんが時計に視線を向けて私に呼び掛けます。
「ヒメ、時間は大丈夫? いつもより遅いし……僕、家まで送るよ」
……あっ、そういえばこの事については、まだ種明かしをしていませんでしたね。
「えっと、仁くん……今日はですね……」
私は仁くんと、一緒に買った寝間着を袋から出して笑いかけます。
「実は、お泊りのお許しを貰ってます」
私の言葉を聞いた仁くんは目を丸くしながら、俊明さんと撫子さんに視線を向けます。お二人はニンマリと笑いながら、仁くんに頷いていらっしゃいます。
「それは……大将さんや、聖さんも……」
今度は私に視線を向けて、仁くんがそんな事を聞いてきました。それは勿論……。
「はい、仁くんのお家ならと」
「……知らなかったの、もしかして僕だけ?」
「サプライズ成功ですかね」
「マジでか」
はい、マジなんです。
「姫乃ちゃん、お風呂の時は何も見えなくて大変でしょう? 私と一緒に入りましょうか」
「はい! 助かります、撫子さん」
VRギアを外すと、私は何も見えなくなってしまう。だから、慣れない場所のお風呂なんかは一人では入れない。
私が撫子さんに感謝の言葉を伝えると、撫子さんは……今度は私に、ニンマリとした笑みを向けて来ました。
「本当は仁と入りたいでしょうけど、まだ中学生だからねぇ。流石にそこまでは良いとは言えないから、今はおばさんとで我慢してね~」
「うっ……は、はい……」
実は一緒に入った事があるのですが、それはバレたら駄目なやつですね……仁くんに視線を向けると、彼もそう思っていた様で。
――介助目的とはいえ、言えないから。二人だけの秘密だね。
視線だけで、仁くんが言わんとすることが理解できます。そうですね、解りました。そう伝わるように視線を送ると、仁くんの目に込められていた圧が薄れました。
ちなみに寝る時は、仁くんと一緒にってお願いしてるんですけど……それについては、まだ言わない方が良いでしょうか?
作者の脳みそに重大な障害が認められました。
ジン×ヒメを描き始めると「止まるんじゃねぇぞ……」って幻聴が聞こえるようになりました。
嘘です、自分の心の声です。
次回投稿予定日:2023/5/4(短編3最終話)
誰も前後編で終わるとは言っていない。
おまけ
「姫乃ちゃん、髪乾かしましょうか」
「す、すみません……」
「良いのよー、私も娘が出来たみたいで嬉しいから。それに、将来そうなるみたいだし?」
「は、はい……私も、そのつもりです……!!」
「……この破壊力、ヤバい。仁は、よく耐えてるわね……流石、我が息子」
「……?」