10-11 森林探索班でした
そこは草木が茂った、森の中だった。[ホーマー森林]と名付けられたその森は、虫系モンスターや猛獣系のモンスター……そして、爬虫類系のモンスターの生息地だ。
そんな森の中で、モンスターとの戦闘を繰り広げるプレイヤーの姿があった。
「【ラウンドスラスト】!!」
≪青龍偃月刀≫を振り回して、複数のモンスターを吹き飛ばすのは蒼い鎧を身に纏ったプレイヤー。彼が武技でモンスターを怯ませたのを確認し、金色の髪を後ろに流した青年プレイヤーが続く
「ドラグ!!」
「任せろ!! 【ハードスマッシュ】!!」
手にした戦斧を振るい、モンスターを一刀両断。そのHPを根こそぎ刈り取ってみせた。
「ふむ、やりよる。負けてはおられんな!!」
大太刀を握り締め、片手で振るうのは灰色の着流しで身を包む青年だ。銀色の長い髪を結っており、その風貌からはサムライといった印象を抱かせる。
そのSTRは高い様で、モンスターは息絶えるか怯むかのどちらかだった。
「さっすがぁ! よーし、私もーっ! 【スラッシュ】!」
怯んだモンスターの懐に飛び込んだ青い髪の少女が、手にした刀でモンスターを斬り付ける。思い切りの良い所は彼女の長所だが、少々前に出過ぎるきらいがある。現に、深く踏み込み過ぎた為にその背後にいるモンスターが攻撃を加えようと迫っていた。
「ロータス」
魔法でモンスターを蹴散らしながら指示を出すのは、青銀の髪と青いリボンを揺らす少女。名前を呼ぶだけだったが、その意図を汲んだ和装執事の青年は即座に反応する。
「かしこまりました」
左手に持ったクロスボウから放たれた矢が、青髪少女の背中を狙うモンスターに刺さる。
「おっと……ありがとうロータスさん!」
「いえ、お嬢様のご友人をお守りするのも、私の務めです」
「では、もう一度……【覇鬼】」
モンスターのヘイト値を上げる武技を発動させ、手にした大太刀を振るう和装メイド。その攻撃が当たる度に、モンスターの視線が彼女に向けられる。
「相変わらずすげぇな、流石はシオンさんだ……現実でも、そうやって男が寄って来たりしそうだな」
そう言って、彼女の近くに駆け寄る青年。すぐにモンスターに斬り掛かる彼に、メイドは澄まし顔で返す。
「お褒めにあずかり恐縮です、ダイス様」
メイドはそう言いつつも表情を崩さない。それは、いつもの事だ。
――成程、鉄壁なのはVITだけじゃないな。彼女に惚れた男は、苦労しそうだ。
ダイスの軽口も、スマートに受け流してしまう。そんなメイド……シオンに、ダイスは内心で苦笑する。
ともあれ今は戦闘中であり、この森のモンスターも軽視して良い相手では無い。気合いを入れ直し、ダイスは≪青龍偃月刀≫を構え直す。
……
「話には聞いていたが、本当に凄い。決勝トーナメントの成績も、頷ける」
戦斧を背負い、カラカラと笑う青年。彼はドラグ……【桃園の誓い】に新加入したメンバーで、ダイス達とは既知の間柄だ。しかし彼はアレクの仲間であり、スパイとして【桃園の誓い】に加わっている。その目的は【桃園の誓い】……そして、姉妹ギルドにしてトップギルドである【七色の橋】の情報を得る事だ。
「ドラグさんも、相変わらずの頼もしさですね。前よりも、更に強くなっておられますし」
「あはは、ありがとうレンさん。君達からそんな風に言われると、恐縮しちゃうけどね」
ドラグは最前線のレイドパーティ……アークが招集した、攻略隊に参加する事もあった実力者だ。故に、レンやシオンとも面識がある。
「それにしてもレンさんもシオンさんも、あの頃より喋ってくれるから安心したよ。以前は、あまり会話が続かなくて……嫌われてるのかって思ったから」
苦笑するドラグに、レンが微妙な表情になる。
「あの頃は、人と関わるのがあまり……」
「申し訳御座いません、ドラグ様。色々と事情がございまして」
レンとシオンの言葉に、ドラグは笑顔で手を振る。
「あぁ、気にしないで。レンさんも多感な年頃だ、色々あるのは無理もないさ。嫌われてるわけじゃないなら、安心したし」
そう言うと、ドラグは会話を一段落させる。
――レンとシオン……【七色の橋】を結成してから、随分と取っ付きやすくなったな。
すると、青髪の少女……センヤがドラグに声を掛ける。
「ドラグさんも、気さくな人で安心しました! 最前線っていうと、【聖光】や【森羅】みたいな人達なのかなって……」
そんなセンヤの言葉に、ドラグは苦笑する。
「それを言ったらレンさんやシオンさん……ダイスやフレイヤさんだって、元は最前線だよ。確かに大手ギルドは、カッチカチの連中が多いけどね」
気さくに振る舞うのは、馴染むのが早いから。自分が一緒のパーティに居るのが、自然な事だと思える様にさせたいからだ。ドラグはそういう点に、非常に長けている男だった。
その笑顔の裏で、彼はセンヤについて批評する。
――この娘は、明るいタイプだな。ムードメーカー……というわけか。だがしかし、レベルもPSも並程度だ。トップギルドの一員とは思えないくらい、平凡だな。
無理もないが、と内心で付け加えるドラグ。彼もセンヤ達がVRを始めて間もない事を聞いており、レベルやPSが低いのは当然と考えている。
それでもトップギルドのメンバーなのだから、【七色の橋】が身内だけで結成されたギルドだという情報に信憑性が増した。
最も、だからこそやりにくい。
――ケインのユニークスキルは、ある程度の情報が得られた。しかしまだ、彼女達のスキルについては聞けるタイミングじゃ無いな。
何気ない会話の中でも、それは解った。あまり踏み込んだ事を聞ける状況には、到底思えないのだ。まだ、完全に気を許されていない……そういった機微に、ドラグは聡かった。
だからこそ、その心の壁を崩す。それが自分の得意分野であり、彼の本当の仲間達から求められている働きである。
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森の中は、特にモンスターの数が多いマップだ。この森林探索に必須とされたのが、【覇鬼】を扱えるシオンだった。また、範囲攻撃魔法を持つレン、物理攻撃に長けたドラグが配置されたのも、合理的な判断である。討ち漏らしを防ぐ為、フォローが上手いダイスがそこに加わる。
レンとシオンが居るならばと、ロータスもこのパーティに配置される。ちなみにセツナが居るのは、レンがヒイロに小悪魔ムーブでおねだりした結果だったりする。
そしてセンヤは、目指す戦闘タイプがダイスと似通っていた。その為、ダイスに色々と教えて貰おうという事でこのパーティに加わったのだ。
年頃の少女達は、その理由を解っている。解っているのだが……残念という思いもあった。
「ヒイロさん達は、今頃採掘ですね」
「だねー。ヒビキは釣りかな? 今度、私も連れてって貰おう」
そんな二人の会話に、ドラグは周囲を確認する素振りをしつつも思考を巡らせる。
――レンはヒイロ、センヤはヒビキとかいう坊ちゃんに惚れている、か。そっちのセンで【七色の橋】にスパイを潜り込ませるのは、無理かね。
ジンとヒメノの関係は最早、プレイヤー間にとっては周知の事実。ヒイロとレン、ハヤテとアイネも同様だ。
センヤ・ネオン・ヒビキなら……とドラグも思ったのだが、それは無理そうだった。というのもヒビキはああ見えて男であり、しかもセンヤと恋人同士なのである。
そして、ネオンはガードがかなり固そうだった。下心を持って近付く男に、簡単に隙を見せる様には見えなかったのだ。
――ミモリもガードが固そうだし、カノンは人見知り……俺がお相手にってのは、厳しいか。
同年代の自分なら、この二人に……とも思ったが、それも無理だとすぐに理解した。
ミモリはジンやハヤテを溺愛し、二人の恋人達も可愛がる。しかしそれは身内だけに適用されるもので、不用意に他の男性を自分の懐に潜り込ませない……そんなオーラを放っていたのだ。だからヒイロやヒビキとはそれなりに談笑したりはするが、ボディタッチ等は一切無い。勿論、ケインやゼクス、ダイスやゲイルに対しても同様だ。
カノンは、初めて挨拶を交わした瞬間にダメだと察した。彼女の人見知りは、かなりのものだったのだ。無理に踏み込もうとすれば、確実に二度と崩せない壁を作られる事だろう。
――シオンは、これだしな。
レンの側に控え、沈黙を保つシオン。メイドらしい態度であり、その心の内が全く読めない。こういう女性に踏み込むのは、危険度が高い……ドラグは、経験則からそう判断していた。
そんな中、ダイスがシオンに声を掛ける。
「シオンさん、必要な素材はこんなもんか?」
システム・ウィンドウを可視化させたダイスに、シオンが目を丸くする。
「……あの、同盟関係とはいえ別ギルドのプレイヤーに見せても良いのですか?」
ケイン達三人ならば、それくらいはやりそう……とは思っていたシオン。しかしダイスやフレイヤは、交流こそあれどエクストラクエストに共に挑んだりはしていない。そこまで、気を許されているとは思っていなかったのだ。
「ん? あぁ、そういやそっか……いや、構わないぜ。シオンさんなら、信頼出来る」
ダイスの何気ない言葉に、シオンは困惑してしまった。しかしダイスのそんな信頼を裏切る予定も、つもりもない。ならば、言葉に甘える事にした。
「では、失礼して……結構、集まりましたね」
「あぁ。他に何か必要な素材は?」
「そうですね……糸はもう十分でしょうが、香草等がもう少しあると良いかもしれません。薬草も、あって困るものではないですし」
そんなシオンとダイスを見て、ドラグは驚きを隠せずに居た。
というのも、ダイスが自分の情報をあんな風に見せるのも意外ならば、シオンがそれを受け入れるとも思っていなかったのだ。そして何より、一瞬シオンの目が揺らいだ様に見えた。
――シオンと、ダイス……? マジか? そんなカップリングもアリなのか? え、嘘だろ?
動揺するドラグは、レンとセンヤが何かの相談をしている事に気付けない。二人もシオンとダイスの様子を見て、ある事を考えていたのである。
……
「ここからは、分かれて探索しませんか?」
「そうそう! 効率重視! ね!」
そう言い出したレンとセンヤに、シオン・ダイス・ドラグが首を傾げる。
「お嬢様、割と現時点でも効率は良いと……」
「それに、分けるったってどうやって?」
「戦力分散は、思い掛けないピンチを招くかもしれないぞ。あまりオススメは出来ない」
大人達は、自分達の意見にレンとセンヤはすぐに納得する……と思ったのだが、それは思い違いだった。
「いえ。【七色の橋】と【桃園の誓い】の今後の為にも、必要な事です」
「そうそう! だから……えーと、ドラグさんは私達と! セッちゃんも!」
「え、俺? そっち? え、何で?」
「セッちゃん……とは、もしや某か? 某の仇名か?」
困惑するドラグと、セツナ。しかし二人は更に強引に話を進める。
「ロータス、貴方はシオンさん・ダイスさんと組んで。それじゃあ、一時間後に森の入口で落ちあいましょう」
「かしこまりました、お嬢様」
ロータスが一礼すると、レンとセンヤはさっさと進路を決めて走り出した。
「それじゃあ行きましょう、ドラグさん! セッちゃんもです!」
「ゴーゴー!」
「えっ、お嬢様? ちょっ……!!」
「はやっ!! え、ジン君くらい速くないか!?」
「わ、訳が解らんが……しゃあねぇ、追うか!! じゃあ、後でな!!」
「待たれよ、レン殿! センヤ殿! セッちゃんって、某の仇名なのか!? 初めて付けられたのだが!」
そんなドタバタの元凶と、それを追う二人が見えなくなり……ようやく、静寂が訪れた。
「何だったんだ……?」
「……解り兼ねます」
シオンとダイスは、黙して控えるロータスへ視線を向ける。
「では探索に戻りましょう」
AIは成長している筈なのに、機械的な言葉を口にしたロータス。そんな彼の言葉に、二人は深い溜息を吐くのだった。
……
「で、何がしたいんだ?」
シオンとダイス、そしてロータスから離れた場所で身を隠すレンとセンヤ。それに付き合わされるドラグとセツナは、何とも言えない表情だ。
「いえ、あの二人が何だかいい雰囲気に思えましたので」
「ふふふ、二人きりにすれば何か進展があるかもしれないよ~」
悪戯っぽい表情を浮かべるJCコンビに、ドラグは天を仰いだ。
――そういう事かよ、全く……こっちの気も知らないで、いい気なもんだ。
そんな事を考えていると、ドラグに向けて男の声が掛けられた。
「頭痛でもしますか、ドラグ様」
先程まで聞いていた、執事なPACの声である。だからドラグは、自然に返事を返した。
「いや、何でもねぇっす……あれ? 何でアンタがここに?」
そこにいたのは、ロータスだ。シオン・ダイスと一緒にいた筈の、ロータスである。
ドラグは視線をレンに向け……そして、彼女がシステム・ウィンドウを操作している事に気付いた。
「あ、これで二人きりです」
小悪魔を通り越していた。いい仕事をしたと言わんばかりの笑顔に、悪意は全く見受けられない。100%……いや、1000%善意だ。だから余計にタチが悪い。
「いやいやいや、二人だけにして何かあったら……」
「それはあの二人の間にですか? それともモンスターに襲われる事についてですか?」
レンの視線に、ドラグは口を噤む。何故か、何も言ってはならない……そんな気にさせられたのだ。
「あの二人の間に何か起こるなら、それはきっと良い変化ですね。シオンさんはああ見えて、引っ張ってくれる人に弱いとお姉様が。ダイスさんも、シオンさんには随分と気楽に接していますし……良い機会だったかと」
「モンスターについては、心配いらないいらない。シオンさんは鉄壁だし、ダイスさんもめっちゃ強いし! こっちにはこっちで、レンちゃんとドラグさんが居るから心配なっしんぐ!」
お気楽な二人の言葉に、ドラグは降参とばかりに両手を上げた。
「とりあえず、素材集めを続けるんだろ? こんだけの事をしてるんだから、遊ばずにやらないと……多分、後が怖いぞ」
「そうですね、テキパキとやりましょう」
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いつの間にか、ロータスが消えた。その段階で、二人はレン達の意図を察した。
「お嬢様はあれか、俺らを二人きりにしてくっ付けようとでも考えてんのか」
「申し訳御座いません、ダイス様。お嬢様には後程、しっかりとお説教を致しますので」
謎の圧を発しているシオンに、ダイスは苦笑しかできない。レンとセンヤを待ち受けるお説教地獄を考えると、同情心が沸いてしまう……が、お説教を止めるつもりはないらしい。
――俺が、シオンさんと……ねぇ。
ダイスの……名嘉眞真守の好みのタイプは、可愛い感じの女性である。歳が上か下かは問わないが、守りたくなる女性が好みなのだ。
シオンはどちらかというと、守られる側には思えなかった。なので、そこまで女性として意識をした事が無かった。
対するシオン……土出鳴子も、どちらかというと引っ張っていってくれる男性が好みだった。自分をグイグイと引っ張ってくれる、頼り甲斐のある男性だ。
ダイスに頼り甲斐がないとは思わないが……年下という事もあり、異性としてそこまで意識をしてはいなかった。
とりあえず、何かしら素材を手に入れようと森を歩く二人。襲い掛かるモンスターに、苦戦する事などあり得なかった。香草や薬草も摘み、そこそこの量になった所だ。
そろそろ森の入口へ……と思った所で、ダイスの耳に微かな音が届いた。
「……シオンさん。今、水に何か落ちた音が聞こえなかったか?」
ダイスにそう言われ、シオンは耳を澄ませる。しかし、何も聞こえはしない。
「いえ……私は気が付きませんでしたが」
しかし、ダイスには確信があった。彼が耳にしたのは、溜まった水に何かが落ちた時の音だった。
「少し気になる。悪いが付き合ってくれるかな」
「……解りました、ご一緒しましょう。何かのクエストの可能性もございます」
……
そうして歩く事、数分。ダイスの予想通り、森の中にそれなりの大きさの湖があった。霧に覆われている為、向こう岸が見えない。しかしながら、その霧の中でも解る巨大過ぎる大樹が見える。
「こんな場所があったとは……」
「多分、この湖に何かが落ちた音だと思うんだよな……うん? あれは……」
ダイスが視線を向ける先に、大きな建物があった。木材で作られた、古びた建物だ。
「行ってみますか?」
「そうだな、何か面白いアイテムとかがあるのかも。戦闘だとしても、対して不安要素は無いしな」
シオンは森に入ってから、全くダメージを受けていない。ダイスもHP・MP共に十分であり、例え相手がボスであっても戦えるだけの余裕はあった。
二人が霧に覆われた建物に近付いて行くと、その建物が何なのか理解した。
「教会……ですね」
「あぁ、ボロボロだが。廃教会だな。とはいえ、生っているのは……イチゴ? なのかな?」
木製の扉を開いて中に入ると、その荒れ果て具合は凄まじい物だった。祭壇は何かに押し潰され、長椅子は砕け散って散乱している。祭壇がある壁は湖に面しているが、跡形も無く崩れていた。
そこから伸びた蔦が壁に広がり、果実が生っている。
「アイネ嬢ちゃんは、ケーキ作りだっけ? これとか使えるのかね」
「どうでしょうか……とりあえず、採取はしておきましょう」
二人で果実を手に取り、ポーチへと仕舞っていく。この果実の名は、≪ジュエルベリー≫というらしい。一応、レア素材っぽかった。
「流石に、錠前にはならないか」
「……? あぁ、フルーツ鎧武者の……」
ネタが滑ったダイスは、気まずそうに天を仰ぐ。数秒前の自分、絶対ぇ許さねぇ。
天井を見上げると、半球状のステンドグラスが無事に残っている。そこから差し込む明かりだけが、この廃教会の唯一の光源だ。
「そういや、ここ……思いのほか広いな」
「……確かに。果実で失念していましたが、ボスモンスターが現れてもおかしくない雰囲気ですね」
その予想を裏切る事無く、湖の方から何かが飛んで来るのが見える。
「……来たな」
「……えぇ、来ましたね」
「……何だろうな、ありゃあ」
「さぁ……ハチでしょうか? ただ……尋常ではない大きさですが」
けたたましい羽音を響かせて、巨大なハチが廃教会へと飛び込んで来た。湖側の壁が破壊されているのは、このモンスターがぶつかったせいなのだろう。
教会の天井付近まで上昇した巨大ハチは、ホバリングしながら眼下の二人を睥睨する。その胴体部分には、人型の女性の身体が埋め込まれているかの様だった。その人型は裸身で、辛うじて重要な部分はハチの身体で隠されている。
「人面蜂ならぬ、人体蜂か? すげぇデザインだな」
「扇情的なデザインですよね」
「俺の趣味じゃないな、ああいうのは」
シオンから向けられる視線が冷たく感じたので、ハッキリと否定の言葉を口にするダイス。何故にそんな忖度をしなければならないのやら。
『何をイチャコラしている、人間!!』
突然、そんな声を掛けられた二人。思わずその声の出所を探す前に、互いの顔を見てしまう。
「い、いや……別にイチャコラした覚えはございませんが……」
「ま、まぁな……普通に感想を言い合っただけって言うか今の誰――」
瞬間、巨大ハチがその背中の羽根を強く振動させる。それによって発生した風圧で、二人の身体が吹き飛ばされてしまった。
「っと、シオンさん!!」
シオンの手を掴むと、ダイスは≪青龍偃月刀≫を地面に突き刺して風圧に耐える。
「……っ! あ、ありがとうございます……」
「気になさんな、こう見えて紳士なんでね!!」
しばらくすると、風が止む。そうして二人は立ち上がり、巨大ハチを警戒しつつ武器を構えた。
『貴様等よくも、私と妻の愛を誓った場に……!!』
再び声がしたので、二人はその出所を探し……そして、ハチの身体に埋め込まれた女性の口から出た声だと気付いた。しかし、声は男のものである。
『即刻立ち去れ、人間共……さもなくば、その命を無駄に散らす事となるぞ!!』
やはり、口が動いているのは女性だ。しかしその顔は生気が無く、操られているかのようだった。妻というのは、彼女の事だろう……そして、その妻を取り込んだハチこそが、旦那だろうか。どちらにせよ、苦悶を浮かべた女性の表情を見ればろくでもない過去があるのが解る。
「そういうクエストかな、これは……」
「ともあれ、気分が悪いストーリーです。なので、潰すのがよろしいかと」
「異議無し、あのデカバチを駆除するか」
二人が武器を構えるのを見ると、巨大ハチは忌々しげに羽を震わせた。
『死にたいようだな!! ならば、望み通りにしてやろう!!』
ホバリングしていた巨大ハチが、教会の天井付近を飛び回る。その速度は速く、相当なAGIだと解る。しかしながら、二人にとっては大した障害には思えなかった。
「【鬼雷】」
大太刀から放たれた雷撃が、巨大ハチの背に当たる。
『ヌゥゥ……これは、鬼の力!! 貴様、鬼の手の者か!?』
忌々しげな声を耳にしつつ、ダイスはゆっくりと高度を下げる巨大ハチに向けて駆けていく。
「【スティングスラスト】!」
ハチに叩き込まれる武技が、そのHPを削る。防御力は然程無いらしく、HPバーがあっさり削れた。
『おの……れぇっ!!』
巨大ハチは羽を震わせ、再び天井付近まで舞い上がった。そして、尾の鋭い針をダイスに向ける。
急降下しての、一刺し。これはハチ型モンスター共通の攻撃動作であり、巨大であろうとハチはハチらしい。
その動作を見切ったシオンが、大盾≪鬼殺し≫を構えてダイスの前に立つ。
巨大ハチの攻撃をシオンが受け止め……るはずだった。
「……これはっ!?」
「嘘だろっ!?」
巨大ハチの攻撃を受けたシオンが、その衝撃で弾き飛ばされる。更に、彼女のHPが大きく削られていた。一気にHPが削られて、残りHPは六割程度だ。
「まさか……防御貫通?」
VIT値が高かろうと、それを無視して自分の攻撃を喰らわせる……そんな力が、この巨大ハチにはあるのだろう。
「相性が……悪いかもしれませんね」
そう呟くシオンの声が、ダイスの耳にも届く。
確かにシオンは、相手の攻撃を受け止めて反撃する……大盾使いの基礎スタイルで戦うプレイヤーだ。その前提となる攻撃を受け止める時点で、大ダメージを食らわされる。これは、非常に辛い。
「シオンさんは魔技で応戦してくれ、俺が回避盾になって注意を引き付ける」
そう告げて、ダイスは駆け出した。シオンはそれに頷いて、大太刀≪鬼斬り≫を構える。
『人間共! 己の不運を嘆くがいい!』
急降下してくる、巨大ハチ。その攻撃を見切ったダイスが、武技を発動する。
「【クイックステップ】!」
ダイスが【クイックステップ】の機動力を活かして攻撃を避けると、巨大ハチの針が床板に突き刺さる。
「【鬼風】!」
巨大ハチの動きが止まったのを確認し、シオンは横薙ぎに大太刀を振り抜いた。発生したのは、小さな竜巻。その真空の刃が、巨大ハチの身体を斬り付けていく。
『ヌォォ……!』
呻く巨大ハチの様子を確認し、ダイスは≪青龍偃月刀≫を構えて再び接近。巨大ハチ目掛けて武技を発動した。
「【ミリオンランス】!!」
激しい連続突き攻撃が、巨大ハチのHPを削っていく。やはり耐久性は高くないらしく、残りHPは六割程度まで減少していた。
「っし! 見に回る!」
「了解致しました」
巨大ハチの行動パターンが変わる可能性を考慮し、二人は一旦様子見に回る。この判断の速さと、最低限の会話による意思疎通。流石はかつて、攻略最前線に居たプレイヤーというべきか。
……
連携して巨大ハチを攻撃し、残りHPが二割程度となった。ここで巨大ハチの攻撃に、新たなパターンが加わる事となる。
『おのれぇぇっ!』
尾の針をダイスに向け、そしてあろう事か撃ち出してみせる巨大ハチ。しかしながら、ダイスはそれをひらりと躱した。
「悪いな、予測済みだぜ」
針を失った巨大ハチを確認し、シオンは最大威力の攻撃準備に移る。
「【展鬼】」
分割される、大太刀≪鬼斬り≫。更に、シオンは攻撃力を増すべくスキルを発動させる。
「【バーサーク】」
VIT値をゼロにする代わりに、その値をSTRに上乗せする。【酒呑童子】と抜群の相性を誇るスキルである。
巨大ハチの耐久力を鑑みれば、この一撃で確実に倒せる。シオンはそう判断し、決着を付ける為に大太刀を振り下ろす。
「【ブレイクインパクト】!!」
激しいライトエフェクトが放たれ、巨大ハチの身体が両断される。その攻撃は、ハチの身体に埋め込まれていた女性を避けたものだった。
これで決着……と思いきや、ハチの身体に埋め込まれていた女性の口から甲高い絶叫が発せられた。
『アァァァァァッ! よくも私の夫をオオォォッ!!』
叫びながら、ハチの身体から飛び出したのは……人型のハチである。その両手足は虫のものに変質しており、臀部はハチの尾になっていた。
どうやらモンスターに取り込まれたのではなく、モンスター同士が混ざり合っていたらしい。人型の部分のみを顕にしていたのは、擬態の意味合いもあるのだろう。
さて、そんな人型のハチが疾走する先……それは、技後硬直を受けているシオンだ。
「……油断、しましたね」
今のシオンのVITは、ゼロだ。そもそも防御貫通を持つ相手なので、VITが普段通りでも致命的なのだが。
――思えば、死に戻りするのは久し振りね。
ハチの速さから、避けられないと確信したシオン。しかし、彼女は忘れていた……この場に居るのは、自分一人ではない事を。
「させっかよ!!」
シオンを抱きかかえる様に飛び付いて、その勢いのままに地面を転がる一人の青年。その肩に女性ハチの針が掠り、HPが削られた。
シオンに覆い被さる様な体勢となったダイスが、慌てて身体を起こす。
「わ、悪い……!!」
顔を赤らめた彼の表情に、シオンは珍しく動揺した。頬を染めて、ダイスを見つめている。
そして、見つめ合う形になる二人。
――あれ? シオンさんって、もしかして……照れると結構、可愛い……?
――お、思ったより不快じゃない……むしろ、助けてくれたわけで……。
突然、相手を急速に意識し始める二人。ダイスはシオンに覆い被さった姿勢のままであり、押し倒している様にも見える。
それでも尚、シオンは不快感を感じる事は無く……逆にダイスという青年を、男性として意識してしまう。
『アァァァッ!!』
そんな二人の間に流れる空気は、ボスモンスター【メイティングワスプ】の雌体によって遮られた。流石はボス、空気が読めないにも程がある。仕方がない事ではあるが。
このボスは雄体と雌体が一体となったモンスターであり、本来ならば付近の村でその情報を得られるのだった。
「っと! た、立てるか!?」
身体を起こし、シオンに手を差し出すダイス。
「え、えぇ!」
シオンがその手を取ると、ダイスは手を引き彼女が立ち上がるのをサポートする。二人は武器を手に取って構え直し、雌体に向き直る。
「一気に決めよう!」
「はいっ!」
飛来する雌体を挟むように、左右に飛び退る二人。シオンは≪鬼斬り≫、ダイスは≪青龍偃月刀≫を構えて、同じ武技を発動させた。
「「【一閃】!!」」
胸元を十字に切り裂かれた雌体のHPが、一気にゼロになる。どうやら、然程耐久力は無いらしい。
雌体が倒れ、雄体の死骸と共に光の粒子となって消滅した。二人の目前にシステム・ウィンドウがポップアップし、レベルアップとアイテムドロップの通知が表示される。
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スキル【ペネトレイト】
効果:MPを10%消費する事で、攻撃に防御貫通効果を付与する。
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「スキルオーブ……【ペネトレイト】」
「これが、防御貫通の正体みたいだな。スキルとして得られるのは、ありがてぇ」
報酬を確認し、システム・ウィンドウを消したダイス。彼はどこか、落ち着かない様子である。
背中を向けたシオンは、ダイスの様子には気付いていない。何故なら、ちょっとそれどころではないので。
そんなシオンに、ダイスは声を掛ける。有耶無耶にして、流して良い事ではない……そう思ったのだ。
「あ、あのさ……さっきは、申し訳ない」
助ける為とはいえ、女性を押し倒した形だったのだ。故にダイスは、頭を下げて謝罪する。
そんなダイスに、シオンはようやく振り向いてみせた。
「いえ、助けてくれて、ありがとうございました。それに……不快では、無かったですから」
その言葉に、ダイスは顔を上げ……頬を赤く染めながらも、柔らかく微笑むシオンの顔を見てしまった。
――あ、ヤバい。これ、反則だわ。
どうやら、レンとセンヤの目論見は一定の成果を得られたようであった。最も、その代償は一時間に渡る正座とお説教なのだが。
次回投稿予定日:2021/4/30
こりゃあ、ドラグは改心フラグは無さそうかな。(雑)
ちなみにドラグのアバターネームの由来は、ドラグーン。つまりドラゴンですね。
彼の実力はダイスなんかと同レベル、つまりは相当な実力者です。