10-10 海岸探索班でした
鉱山メンバーが、大量の鉱石や宝石を手に入れているその頃。南側エリアにある海辺エリア[ブラウ海岸]の岩場で、釣り糸を垂らしている三人組が居た。
平時は人が賑わうスポットなのだが、今は閑散とした様子である。
それはここが南エリアの端であり、数日前までは多くのプレイヤーが第三エリアへの手掛かりを探していたらしいのだが……この近辺では、魔王の好物である肉や果実の収穫は見込めないのだ。
その内の一人……大柄な男の持つ竿が大きくしなると、男は勢い良く竿を振り上げる。力いっぱい引っ張られた事で、海面から大きな魚が引き上げられる。大柄な男はそれを見事にキャッチし、ニンマリと笑ってみせた。
「おし、また釣れたな」
「大きいですね……! おめでとうございます、ゲイルさん!」
「坊主、糸引いてないか?」
「え? わわっ! ありがとうございます、ジョシュアさん! よぉし……!」
見た目だけは怖そうな、大柄な盾職のゲイル。老齢ながらも鎧姿で歴戦の戦士といった雰囲気を醸し出す、ジョシュア……そんな二人に挟まれるのが、見た目は美少女なヒビキ。
岩場で釣りに勤しんでいる三人の目当ては、料理に使える魚介類だ。ゲイルはこう見えて料理に精通しており、魚料理を作ろうと考えているそうなのだ。
ゲイルもまた、同盟ギルドのメンバー。ならばと【七色の橋】が協力する事にしたのだった。それが、南側第二エリアにも来た理由である。
そして海岸沿いの浜辺では、女性陣がきゃいきゃいとはしゃいでいた。
「この貝殻はどうかな?」
「良いわね、ネオンちゃん! アクセサリーにピッタリじゃないかな?」
「フレイヤさん、これは何でしょうか?」
「どれどれ……あぁ、これはハマグリよ。ヒナちゃんは初めて見るのね」
貝等を求めて歩き回るのは、アイネとネオン……そしてPACのヒナと【桃園の誓い】のフレイヤだ。
色とりどりの貝殻は、アクセサリー系の装飾品に使える。また生きている貝ならば、料理に使えるのである。レアな素材ではないものの、入手した素材は相当な量になっていた。
「はぁ……ハヤテ君はどうしてるかなー」
そう言いながら、ピンク色の貝殻を拾い上げるアイネ。その溜息混じりの呟きに、フレイヤが苦笑を浮かべる。
「ふふ、愛しの彼氏が恋しい?」
フレイヤの言葉で、自分が考えていた事を口に出していたのだと気付くアイネ。顔を赤らめて、小さく頷く……その姿は、正に恋する乙女そのものである。
――うは、やば。可愛過ぎない、この娘も。【七色の橋】の女の子は、皆やばいわね。
ネオンに視線を向ければ、照れているアイネを見て微笑ましそうに笑顔を浮かべている。そんなネオンも、やはり可愛らしい。
「皆、本当にラブラブだもんねぇ」
四組のカップルを擁する【七色の橋】……相手が居ないのは、女子ばかりである。その為、嫉妬したりしないのかな……なんて考えていたフレイヤさんなのだが、ネオンの表情を見て察した。
――無いわ、この娘は。本質的に、優しいんでしょうね。友達の幸せを喜べるタイプ、間違いない。
アラサー腐女子なので、人を見る目は養われている……良くも悪くもだが。なので、ネオンが友人達の事を妬んだりする少女ではないという確信がある。
フレイヤの予測通り、ネオンはギルドメンバー達の恋が成就した事を心の底から祝福している。そして自分も良い人と知り合えたら良いなぁと、そう思う……だけであった。
全ては、羨望の対象が大切な人達だから。その一言に尽きる。
そんな中、ネオンがある物に気付く。雑草が覆い茂っているせいで、よくよく探さなければ見つけられないであろう井戸である。
「あれ? あんな所に井戸が……」
古い井戸らしく、組み上げられた石部分は所々風化しかけている。水を汲み上げる為の桶も、ロープが切れて落っこちているようだ。
「……何だか、出そうな感じよね」
アイネの言葉に、フレイヤも心の中で同意する。明らかに、何かしら出そうな雰囲気を醸し出しているのだ。
ネオンが井戸の中を注意深く覗き込むと、五メートル程の底が見える。井戸はカラカラに乾いている上、何故か揺らめく炎らしき灯りが穴の側にあるのだ。
「……もしかして、何かあるのかな?」
……
男性陣に声を掛け、七人で井戸の中へと入っていく。ゲイルが偶然、縄梯子を持っていたので助かった形である。
ちなみに下に降りる順番だが、ジョシュアが先頭。それにフレイヤ・アイネ・ネオン・ヒナ・ヒビキ・ゲイルの順だ。だって、女性陣は皆スカートなのだもの。ジョシュアはPACなので、見るなと言えば絶対に上を見ない。なんという安心感。
とはいえ彼女達のスカートの中身は見えない様に、システム的に保護されている。広い年齢に向けたVRMMOなのだから、当然と言えば当然の配慮だろう。
成人女性は、中身が見える様に設定する事も出来るのだが……それをわざわざするプレイヤーは、非常に少ない。ちなみに、その設定にしても十八歳未満は見る事が出来ません。
それはともあれ、無事に全員が井戸の中に降り立った。
「ふん、得物を振るうスペースがあるのはありがたい」
そう言って、大太刀を構えるジョシュア。すっかり大太刀が気に入ったらしく、不敵な笑みを浮かべていた。
そんなジョシュアの契約者であるアイネは、不思議そうに首を傾げていた。
「うーん、ハヤテ君がこんなスポットを見落とすなんて……もっと内陸寄りの地下ダンジョンなら、見付けたって言ってたけど……」
「もしかしたら、確認した時は夜だったのかもしれないね」
彼氏の探索能力に全幅の信頼を置くアイネに、ネオンが苦笑する。凄腕プレイヤーではあるが、ハヤテだって人の子だ。間違えたり、見落とす事もある。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか。前は引き受けたぜ」
「アイネさん、僕達はすぐに動けるように……」
「えぇ、ゲイルさんの一歩後ろで。ジョシュアさん、殿をお願い出来ますか?」
「おう、任せな嬢ちゃん」
「ネオンちゃんは右側、私は左側に布陣しましょう。ヒナちゃんは、私とネオンちゃんの一歩後ろ中央に」
「了解です!」
「解りました、こうですね?」
最低限の会話で、素早く陣形を整える七人。先頭と殿に盾職を配置し、挟み撃ちに対応出来る配置だ。
ネオンとヒビキは、飛び抜けた戦力では無い。だがヒビキはアイネと、ネオンはフレイヤと組む事でフォロー体制はバッチリである。
ゲイルに先導され、通路の奥へ奥へと向かって行く一行。気になるのは、この場所がどんな意図で造られたものなのかだ。
「こうして壁に松明があるのだし、人が作った物……だと思うのだけれど」
フレイヤの言葉に、ジョシュアが頷く。
「あぁ、それに通路が思ったより整えられている。ゴブリン共じゃあ、もっと雑なモンだな」
人に近しいモンスターの代表格である、ゴブリン。しかしその身体能力が一般的な人間よりも高い代わりに、彼等は知能が低いという。
そうして歩く事、数分。警戒しながらとはいえ、それなりの距離を歩いたはずである。にも関わらず、一向に何も現れない。
「こんなに進んでも、何も無い……?」
ここまで何も無いと、逆に不自然だ。せめて採集スポットだったり、モンスターの襲撃があって然るべきである。
「んー、もしかしたらハズレなのかもしれないわね」
「だなぁ……おっ? あれは、広間か?」
松明で照らされた通路の先が、開けた場所になっているのが見てとれる。ようやく、何かしらの変化があるだろう……そう思い、七人は陣形を崩さずに進む。
広間に踏み入ると、この場所がどんな目的で作られた物なのかが解った。
眼下に広がるのは、複雑な壁で仕切られた通路。分かれ道やら、行き止まりがあるのが見て取れる。その中心には蒼く輝く柱があり、天井まで伸びた螺旋階段になっているのが見える。
「これは、迷路でしょうか?」
「みたいだな……となると、やっぱり何かあるのかね?」
「入口は複数あるみたいね。あの中央の、蒼い螺旋階段がゴールって事かしら」
そう言いつつ、フレイヤはシステム・ウィンドウを立ち上げてスクリーンショットを撮る。万が一の時は、上から撮影したスクリーンショットを参照して突破できると思ったのだ。
しかし、眼をキラキラさせているヒビキやネオンの前で、スクショを参考に行こう……とは言えない。冒険したい子供達の前で、カンペを見ながら行こう! というのは、流石に憚られるのだ。
迷路に踏み込んだ七人は、迷路の作り等に感心しながら進んでいく。
「結構大掛かりな迷路だな」
「そうですね……天井まではどれくらいあるんでしょう。凄く高いです」
そうこうしていると、通路の先から足音が聞こえる。ペタン、ペタンという音だ。
「モンスターかな?」
「その可能性が高いわね。靴を履いていたら、こんな音はしないわ」
ネオンとアイネの会話の通り、通路の奥から姿を見せたのは半魚人という表現がピッタリのモンスターだった。
「【サハギン】か!!」
サハギンは深緑色の鱗を持った半魚人で、腹の周囲だけが白っぽい色をしている。頭頂部から背中にかけて背鰭があり、耳の位置には前ひれがある。
その口には鋭い歯、水掻きのある両手足の爪は鋭利に尖っている。
「さぁて、戦闘だ! 反撃は任せるぜ!」
大盾を構えるゲイルは、不敵な笑みを浮かべている。彼の手にしている大盾は、有名生産職人であるユージンの作だ。四角盾に分類される見た目であり、その中心には左右対称の精緻な飾りが施されている。
爪を振り上げて襲い掛かるサハギンの攻撃を、まずはゲイルが防御。攻撃が通らなかった事で、苛立つように腕を振りまわすサハギンだったが……残念な事に、眼前にいるのはそんな隙を晒して良い相手では無かった。
「【スティングスラスト】」
素早い踏み込みからの、槍による刺突。それを腹に受けたサハギンは、黄色い縁取りで彩られた純白の装備を纏ったプレイヤーを睨む。
ダメージによる硬直時間を終え、ポニーテールにした黒髪を靡かせる少女に向けて爪を振り上げた。
「させないよ?」
アイネの攻撃に合わせて駆け出したヒビキが、その右手をグッと握り締める。
「【ナックル】!!」
渾身のストレートが、サハギンの顔面を強打した。その勢いのままに吹き飛び、何度か地面を跳ねながらサハギンは倒れ伏す。そのHPバーは、あっという間にゼロに達した。
「どうやら、この迷路はサハギン迷路みたいね」
いつでも魔法を放てるように準備していたフレイヤが、警戒を解いて迷路の壁に視線を向ける。そんなフレイヤに、アイネがニッコリと微笑む。
「今のレベルなら、特に問題は無いみたいですね。エクストラボスに比べたら、怖い相手ではありません」
「うん、その比較対象はおかしいわ」
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襲い来るサハギンを倒しながら、通路を進んで行く一行。しばらくすると、開けた場所に出た。無論、ゴールではない。
「何でしょうね、この溝……」
床面に掘られた、謎の溝。それを見て、アイネが首を傾げる。
「油断していると、足が取られそうだな……そういう、機動性を制限する為のトラップかもしれない」
ゲイルの見解に納得し、成程とアイネが頷いてみせる。
そこへ、一匹のサハギンが姿を現した。
「……あれ? 青いね」
「本当だ、これまでのサハギンとは違うのかな?」
深緑色の鱗ではなく、蒼い鱗を持ったサハギン。背鰭も先程までのサハギンより、鋭く大きいものになっていた。
「亜種かもしれないな」
亜種とは、モンスターの中でも特殊な個体の事を指す。総じて通常個体よりも強く、何か特殊な能力を持っていることが多い。ちなみに、ドロップするアイテムも良い場合が多い。
「それじゃあ、倒してしまいましょうか……えっ!?」
サハギン一匹と思いきや、アイネの【感知の心得】がそれを否定した。
「左右……それに後方からも、モンスターが迫ってます!」
前方には亜種サハギン……そして左右の通路と、後方通路から姿を見せたのは通常のサハギンだった。
左右の通路から迫るサハギンの数が最も多く、後方から追い掛けて来るサハギンはそうでもない。
そして亜種サハギンは、威嚇するような挙動をしているが迫って来る様子は無かった。
「ゲイルとジョシュアさんで、両脇をお願い!」
「オーケーだ! ヒビキ君、援護頼む!」
「はいっ!!」
「行くぞ嬢ちゃん!」
「えぇ、早々に片付けましょう!」
「後方は私が片付けるわ! ヒナちゃんは万が一の為に防御役をお願い!」
「解りました!!」
「ネオンちゃんは、中央に立って左右の支援を!」
「はいっ!」
即座に飛んだ、フレイヤの指示。流石は最前線で魔法職として名を馳せた、トッププレイヤーであった。理に適った指示を受け、七人は即座に陣形を組み替えた。
とはいえ、緊迫感はそれほどでもない。先程の戦闘で、サハギンのおおよその戦闘能力は把握できている。一人でこの状況はきつくても、このパーティならば容易に乗り切れる……七人は、そう確信していた。
七人が連携して戦闘を繰り広げている間、亜種サハギンは威嚇するようにして唸っていた……が、一定時間が経過した事でその行動パターンが変わった。
「あれ!? あの青いの逃げちゃうの!?」
「あそこにあるの、何かな?」
亜種サハギンの向かう方向に、何やらレバーの様な物が見える。亜種サハギンはそのレバーを掴むと、勢い良くそれを切り替えた。
その瞬間、足元の溝が青く光り、勢い良くせり上がった。
「溝かと思っていたが……!!」
「まさか、壁!?」
「この迷路は変化する仕様で、あのレバーで切り替えるってわけ!?」
ゲイル・アイネ・フレイヤの予想は、正解である。この迷路はその姿を変えるというものであり、亜種サハギンが迷路を切り替える前に倒さなければならないというものである。
さて、問題は……。
「分断、されましたね」
「こりゃあ、意地の悪い仕掛けだなぁ」
右翼から襲い掛かって来たサハギンを倒したアイネとジョシュアは、青い亜種サハギンを倒して元の迷路に戻そうと駆け出す。
しかし、そこに亜種サハギンの姿は無い。
「誰かが迷路を元に戻すのを、待つ? いや、元に戻る保証はないわね……」
「この壁を乗り越えるとなると、ジンお兄ちゃんくらいのジャンプが出来ないと無理そうです……」
後方のサハギンを【ファイヤーウォール】でこんがりウェルダンにしたフレイヤと、壁を見上げて唸るヒナ。
「【ナックル】!!」
「駄目か、やはり弾かれちまうな……」
壁を破壊して合流できないか、試してみるヒビキ。しかし攻撃エフェクトが起きない所から、破壊不能オブジェクトだと察したゲイル。
そして……唯一、一人で分断されてしまったのは、ネオンだ。
「……どうしよう、一人になっちゃった……?」
このまま戦闘になると、詠唱中にサハギンの攻撃を受けてあっという間にやられてしまうのは自明の理。
「誰かと、合流しなくちゃ……!!」
ネオンはグッと拳を握り、目前に伸びる通路へと歩き出す。
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一人で通路を歩くネオンは、サハギンを警戒しながら進んで行く。近距離にサハギンが現れた場合、彼女になす術は無いのである。魔法職には、詠唱時間という致命的な弱点があるのだ。
――私も、こういう時の為に何か考えないと……。
参考にすべきプレイヤーは、少なくない。同盟ギルドのイリスやフレイヤ、それに【聖光の騎士団】のライデンやルー、【森羅万象】のシアやナイル。イベントで活躍した、魔法職達の様になりたい。
レンの戦い方は、ちょっと参考には出来ない。近接戦闘が可能な前衛魔法職というのは、やはり異色の部類なのだ。
――やっぱり、詠唱時間を早める事。合流までは、風系主体で。
彼女はレアアイテム持ちではなく、レアスキルもない。あえて言うなら、身に纏う和装がそれである。
だから、単独でも対応出来るように【風魔法の心得】で使用できる魔法を中心にする。風魔法は、詠唱時間が早いのが特徴なのだ。
そうして進むと、サハギンが一体いた。ここまでは避けて来たが、今回はそうも行かない。分岐もなく、迂回できそうにない。更に、戻れば接触すまいと避けたサハギンと鉢合わせになるかもしれないのだ。
――やるしか、ないかな。
ネオンは杖をグッと握り締め、サハギンを見据えながら魔法詠唱を開始する。
すると魔法詠唱を始めた事で、サハギンがネオンに気が付いた。しかしそれも織り込み済みで、ネオンは慌てる事なく詠唱を継続する。
「【ウィンドアロー】」
放たれた風の矢は、サハギンに見事命中。そのHPは、一気に半分まで減少していた。
――やれそうだね。
ネオンは再び詠唱を開始し、今度はより詠唱が早い魔法を完成させた。
「【ウィンドボール】」
ネオンの放った風の球体は、三発。それが立て続けに命中し、サハギンは膝から崩れ落ちた。
――やった、出来た!
小さく手を握り締め、ガッツポーズするネオン。更にその先の通路へ歩みを進めようと、一歩踏み出す。
「あっ……」
「ギャッ……」
丁度、角から現れた通常のサハギン。魚特有の目は、確かにネオンを捉えている。即座に回れ右をしたい所だが、そうは問屋が卸さなかった。
サハギンは当然、アルゴリズムに従って鳴き声を上げ、ネオンを攻撃しようと駆け出してくる。
「まずった……かな?」
詠唱を進めつつ、ネオンは不運だったと諦めかける。恐らく、魔法の完成は間に合わない。
その予測は当たっている……残念な事に。サハギンの振るった右腕がネオンに当たり、ヒットストップによって魔法詠唱は中断。耐久力が然程無いネオンは、叩かれた勢いで壁にぶつかってしまった。
「……痛くはないけれど、気分は良くないかな」
更に追撃を加えようと迫ったサハギンの腕を、手にした杖で受け止める。誰かが合流するまで……もしくは、善意の第三者が通り掛かるまで耐え切れるだろうか。
心の中でそんな事を考えていると、足音が聞こえた。
サハギン達は靴等を履いていないので、ペタリペタリという足音しかしない。今聞こえてくるのは、床に硬い物が当たる時にする……コツン、コツンという音。新手のモンスターではない限り、プレイヤーかNPCだろう。
そして、サハギンが現れた方向の通路から歩いて来たのは……一人の男性だった。見た目は二十代くらいの、青年だ。
軽装鎧に包まれている体型は、痩せ型で長身。整った暗めの灰色の髪、鋭い目付き、そして整った顔立ち。実にイケメンである。
「……おや」
彼はネオンと、彼女に迫るサハギンを見ると真剣な表情になる。
「お嬢さん、手助けは必要かな」
「お願いしますっ!」
マナーに則った青年の声賭けに、ネオンは即答してみせる。その回答を聞いて、青年はすぐに行動を起こした。
「【ツインピアス】!」
両手に持った短槍で、サハギンに横から攻撃する青年。攻撃を受けたサハギンは飛び退き、威嚇するように鳴く。
「杖という事は、魔法職? それなら、俺が前衛でアレを抑えようか。トドメを刺すと良い」
「ありがとうございます、助かります!」
親切な青年に感謝しつつ、魔法詠唱を開始するネオン。そんな彼女の様子を確認し、青年は短槍でサハギンに攻撃を仕掛ける。
サハギンを通常攻撃で一刺しし、そして退く。サハギンの攻撃が空振りすると、もう一度一刺しして退く。ヒット・アンド・アウェイの戦法で、サハギンの注意を引き付けていく。
「撃ちます!」
「よし来た」
魔法の完成を呼び掛けると、青年は待ってましたとばかりに退いてみせた。迷いの無い動きであり、こういった咄嗟の連携にも慣れているのだろう。
「【ウィンドアロー】!」
三本の風の矢が放たれ、サハギンに突き刺さる。そのHPが一気にゼロになり、地面に倒れ伏した。
ネオンは青年に駆け寄り、頭を下げる。
「助けて頂いて、ありがとうございました」
その感謝の言葉に、青年は穏やかな笑みを浮かべて頷く。
「困った時はお互い様さ。野良プレイは、そうやって成り立っているからね。君も野良かい?」
「いえ、私はパーティで来たんですけど……」
「あぁ、分断されたのか。ここは初めて?」
……
青年は、この迷路についての知識が豊富だった。
亜種のサハギンはプレイヤーを確認すると、仲間を呼んで足止めをする。そして一定時間が経過すると逃げ、迷路を変化させるギミックを作動させるという。追い掛けて倒せば、迷路は変化しないで済むらしい。
中央にある螺旋階段を上ると、海の上にポツンとある無人島に着く。
「その島でしか捕れない魚が居てね。この迷路の存在があまり広まっていないから、金策に良いんだ」
「買いたい物があるんですか?」
「そう。それで金策」
そう言うと、青年はネオンの和装に注目した。
「最近増えたよね、和装。【七色の橋】が活躍して、自分達も和装をっていうプレイヤーが多いんだ。作る方も、買う方もね」
君も買ったの? と言わんばかりに微笑む青年。どうやらネオンが【七色の橋】のメンバーだと気付いていない様子である。
それも仕方のない事で、ネオンは第二回イベントでステージに上がっていない。そしてイベント以降は【七色の橋】は町や人の多いフィールドでは、変装している。
ギルドメンバーだと周知される前の状態なのだから、無理はないだろう。
「俺もね、最近売りに出されている和装を買おうかと。和装を製作しているプレイヤーはそこそこ居るけど、やっぱりシオンさんの作った和装を買いたいよね」
「私のも、シオンさんが作ったもので……」
そんなネオンに、青年は微笑んでみせる。そしてやはり彼は、ネオンが【七色の橋】のメンバーとは気付いていなかった。
「運良く買えたんだ、凄いね。俺も買おうとしたんだけど、タッチの差で売り切れたよ……あ、色付きだ」
まだ二人に気付いていない、赤い亜種サハギン。二人は通路の角に身を隠し、相談し合う。
「どうする? 良かったら、螺旋階段まで一緒に行く?」
「い、良いんですか? すっごく助かりますけど……」
戸惑うネオンに、青年は優しく微笑みかけて頷いてみせる。
「良いとも。旅は道連れ世は情け……って言うだろう?」
「ありがとうございます! あの、それならパーティの方が良いですよね」
ネオンの言葉に、青年は「それはそうだね」と頷く。
「皆に、確認しますね」
青年に一言断って、ネオンはシステム・ウィンドウでパーティ向けのメールを送る。
『一人で分断されましたが、幸い親切な方に会えて無事でした。その方を、パーティに参加させても大丈夫ですか?』
ネオンのメールに対する返信はすぐであり、総じてネオンの判断を支持するというものだった。
「大丈夫みたいです。それじゃあ、パーティ参加申請を送りますね」
「それは良かった……あぁ、ちょっと待ってね。それなら、ネームプレートの非表示を戻さないと」
システム・ウィンドウを操作し、青年は設定を変更する。どうやら、彼はネームを非表示にしていたらしい。
「お待たせ、良いよ」
「はい、それでは……」
ネオンのパーティ申請に、青年はすぐに応じた。
「ふむ、ネオンさんか。良い名前だ」
「ありがとうございます♪ えぇと……【マキナ】さん?」
青年……マキナは柔らかな笑みを浮かべ、そして頷いて見せた。
「うん、マキナだ。どうぞよろしく……あれ?」
パーティメンバーの名前を確認し、マキナは首を傾げる。
アイネ、フレイヤ、ゲイル……それに、PACを示すマークの後にヒナ。ヒビキとPACジョシュアの名前は知らないが、他の名前は知っている。
「……え、えぇと……君ってもしかして……」
「済みません、名乗るのが遅くなりました……【七色の橋】の、ネオンです!」
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十数分後。
マキナから提供された、蒼い螺旋階段に向かう為の攻略法をメンバーに周知。その結果、螺旋階段の入口で八人は合流した。
「ホ、ホンモノ……」
【七色の橋】に所属するアイネに、ヒナ。【桃園の誓い】のフレイヤとゲイル。第二回イベントで活躍した面々の姿を見て、マキナは目を輝かせた。
「ネオンさんを助けてくれて、ありがとう。マキナさん、でいいかしら?」
「い、いえ! 呼び捨てで大丈夫です!」
「そうかい? まぁ、ありがとな。お陰ですんなりここまで来られたよ」
「滅相も無い!」
フレイヤとゲイルに声を掛けられ、興奮を抑えようとしているマキナ。その様子に、ネオンは笑みを浮かべていた。
――なんだか、可愛いって思えちゃう。さっきは、あんなに格好良かったのに。
その様子は外見にそぐわず、憧れの有名人を前にした少年の様だ。それをどことなく可愛いと思えてしまうのは、ネオンが母性的な面を持ち合わせる少女だからだろうか。
「……ふうん。ネオンちゃん、楽しそう?」
「え、そうかな? あ、そうだ。マキナさん、和装が欲しいんだって言ってたんだけど……直接の取引、ヒイロさん達に相談しても大丈夫かな?」
マキナの要望を思い出し、ネオンはアイネに相談をしてみる。
「基本的には取引掲示板のみって話にしているけど……ネオンちゃんが、今回お世話になったんだし。相談してみる価値はあると思うよ」
そんなアイネの答えに、ネオンは微笑んで頷いた。
――これは、ネオンちゃんにも春が来たかしら? オーケー、全力で応援しましょうか。
しかし同時に、アイネは懸念事項についても考えを巡らせる。
――でも、彼がここに来たのは……本当に偶然?
今の自分達は、注目度が非常に高いギルド。その自覚はあるし、ハヤテからも口を酸っぱくして言われている。「近付いてくるヤツを、無条件で信用するな」と。
だからこそ、見極めようとマキナを見る。マキナの人となりが悪くなければ、ギルドに勧誘するのもアリかもしれない。しかし、もし悪意を持って接近したのであれば……容赦はしない。
……
その後、マキナに案内されて螺旋階段を上っていく。その先にあったのは、彼の情報通り無人島だ。
「ここでしか釣れない魚が、結構レアなやつです」
「ふむ……料理に使えるのか?」
「あー……フレーバーテキストでは、”非常に美味”って書いてありましたよ。俺は料理のスキルを持っていないので、売るだけでしたけど……」
ちなみに、その魚は結構な値段で売れるそうだ。
「あ、貝殻!」
「ここにもあるのね……あ、こっちにも」
淡い青色やピンク色の貝殻を拾い集める、ネオンとアイネ。そんな二人に、マキナが歩み寄る。
「貝殻なら、確かその辺りに……あぁ、これだ」
マキナが手にしたのは、複数の色が付いた貝殻だ。
「≪虹の貝殻≫っていうらしい。君達のギルドに、ピッタリじゃないかな」
これは一日に、一人三個しか取れないという。八人全員で採集すれば、二十四個だ。
「ありがとうございます、マキナさん!」
「役に立てたなら良かった」
素材の採取や、魚釣りを始めるメンバー達。マキナはある程度の素材を確保すると、町に戻るらしい。フレンド登録を交わした後、パーティから離脱した。
「また機会があれば。それじゃあ、俺はこれで」
そう言って階段を降りていくマキナが見えなくなるまで、ネオンは笑顔で見送っていた。
……
階段を下りるマキナは、傍から見たら機嫌が良さげな美青年だった。しかし、その内心は違う。彼は歓喜に打ち震え、心の中では万歳三唱しているのだった。
――【七色の橋】と【桃園の誓い】に会えるなんて、超ラッキーだったなぁ……しかも、和装の事も相談してくれるだなんて! あぁ、誰かに自慢したい……!!
しかし、マキナは実際にそれをしようとは思わない。【七色の橋】や【桃園の誓い】の近況は、よく耳に入ってくる。彼等と繋ぎを作りたいというプレイヤーに、追い駆け回されているのは有名な話なのだ。
せっかく出会えた憧れのプレイヤー達に、迷惑を掛けるなどもっての外。マキナは、そういう風に考えられる男だった。
それに、偶然とはいえ知り合うことが出来た【七色の橋】のメンバー・ネオン。落ち着きがあって、どことなく母性を感じさせる可愛らしい少女。その笑顔を見て、マキナは純粋に可愛いと思った。
その笑顔が曇る事など、あってはならない。その笑顔を自分の行動が曇らせるなど、もっての外。だから、彼はその優越感を必死に押し込める。
――不特定多数の連中に、彼等の事を話したら迷惑が掛かる。それはダメだ。
話せるとしたら、学校の友人くらいだろうか。その友人は口が堅いし、誠実な人柄だ。尚且つ自分同様に、彼も【七色の橋】のファンなのだ。
マキナはそう結論付けて、始まりの町へと向かうのだった。和装の売買について、ネオンが連絡してくれる……それを、楽しみに思いながら。
次回投稿予定日:2021/4/25
マキナのアバター名の由来はデウス・エクス・マキナから来ています。
これは彼が「物事を解決する事が出来る力」を求めている為です。
戦闘職としての腕もなかなか高く、ソロプレイヤーの中ではかなり上の実力者だったりします。




