10-09 鉱山探索班でした
イベント告知から、三日。ギルド【七色の橋】は【桃園の誓い】と共に、複数のグループに分かれて素材集めを開始していた。
その内の一つは、鉱石や宝石を集めるグループ。北側の第二エリアに存在する、鉱山へと向かったメンバーだ。
この鉱山の奥には、巨大な氷の壁が聳え立っているという。その中に薄っすらと建造物がある事から、そこが第三エリアへ進む為のポイントと推測するプレイヤーが多いらしい。
さて、それはさて置き……このパーティに参加するメンバーは、二つのギルドから数名ずつ。
「こうして一緒にフィールドに出るの、久し振りですね」
「ははは、確かに。しかし、こういう機会はどんどん作っていきたいね。折角の同盟ギルドなんだし」
ギルドマスター同士である、ヒイロとケインが和やかに会話しながら先頭を進む。
その後ろに続くのは、ヒメノとカノン……そして、イリスだ。
「この前はゆっくり挨拶できなかったから、こうしてお話出来て良かったわ〜! カノンさん、年も近いしね!」
「あ……ぅ……よ、よろしく……です……」
「大丈夫ですよ、イリスさんは優しい方ですから」
「ヒメノちゃん、ありがと〜! もう、相変わらず可愛いわぁ!」
三人寄らば、何とやら。イリスは普段通りのテンションだが、これもカノンの人見知りを知ったからこそ。早く意思疎通が出来るようにと、イリスなりに打ち解ける為にコミュニケーションを取るようにしていた。
そんな賑やかな女性陣の後方を歩くのは、ケインの契約PACマークと、イリスの契約PACファーファ。
マークは盾戦士らしい、ガッシリとした鎧を身に纏っている。その横に立つファーファは、持ち手の両端に刃の付いた短槍を両腰に携えている。
盾役と遊撃手である二人は、後方を警戒する為の要員だ。
この七人となったのは、この北側第二エリアの最大の難所……[ランドル鉱山]の攻略と、素材の採掘に適したメンバーだからである。
ヒイロとヒメノは【採掘の心得】を入手しているし、ギルド結成クエストでケインも同様のスキルを手に入れている。カノンについては言うまでも無く、鍛冶や彫金に使える素材の知識が豊富な為だ。
イリスは戦闘要員で、鉱山に出没する硬い敵対策。マークとファーファは、イリスの護衛だ。とはいえ、ヒメノが居る以上は何の心配も要らないのだが。
暫く歩くと、複数のプレイヤーが手にしたピッケルを壁に打ち付けている。恐らくは、採掘ポイントだろう。
「おっ、この辺りかな?」
「みたいですね。俺達もやりましょうか」
ヒイロ達がシステム・ウィンドウを操作して、ピッケルを取り出す。ここはプレイヤーだけでなく、PACの二人にも手伝って貰う。
「このツルツルの壁も、採取ポイントでしょうか?」
ヒメノがそう言って、壁のある部分にピッケルを当ててみる。そこは採取ポイントでは無いようで、破壊不能な物体特有のエフェクトが発生した。
「違うみたいですね……」
「鏡みたいだけど、何だろうね」
……
そうして採掘する事、十数分。
「……ふむ」
「おっ、ありがとうマーク。≪ランドル輝石≫……これはレアアイテムだよ」
「お兄ちゃん、どうですか?」
「うん、これなんか良いかも……どうですか、カノンさん」
「≪ハレリオ宝石≫……!! うん、これは良い素材……!!」
「イリス様、この辺りも掘りますか?」
「そだねー! ファーファ、一緒にやろう!」
賑やかに採掘を進める七人は、順調に素材を集めていく。
……
当然、そんな彼等が目立たない訳が無い。
「……おい、あれって」
「【七色の橋】と、【桃園の誓い】……だよな」
「素材集め……か」
半分程のプレイヤーが声を掛けるか迷っている間に、一人の青年がヒイロ達に向けて歩き出す。
「こんにちは、少しお話ええやろか?」
関西弁で話す青年に、ヒイロとケインが振り返る。女性陣……ヒメノ・カノン・イリスを庇う意味も含めて、自分達が会話に応じた方が良いだろう。
「ええ、少しでしたら」
「何か御用件かな?」
ヒイロとケインの態度に、警戒されている事を察した青年。しかし、それでも彼は態度や口調を変えない。
「ワイは商人プレイをしとる【クベラ】いうんやけど、一つ商売をさせて貰えんかと思うてな。取り扱う商品は、この鉱山の耳より情報。お代は良さ気な鉱石があれば、お一つ下さいなってモンでな」
ペラペラと話を進めていくクベラだが、ヒイロとケインは胡散臭い……という印象を抱いてしまう。
「その情報が正確なものかどうか、証明出来るかな?」
「それに鉱石なら、普通に集めれば出て来るでしょうに」
二人の言葉に、クベラは苦笑してしまう。
「実は、持ってきたピッケルが全部ダメになってもうた。これから戻ってまた来るのも、時間が掛かるやろ? それと情報の代金は、クエストクリア後に貰えればOKや。商売の世界は、信用が大事やからな。持ち逃げなんて真似したら、お天道様の下を大手を振って歩けへん」
思ったよりも、真面目に商人プレイをしている様だ。しかしながら、口だけならば何とでも言えるのが現実である。
「ふむ……クエスト、ね」
「ほんなら、概要だけでも聞いてみてくれんかな」
クベラの言葉に、ヒイロは一つだけ確認しておきたい事があった。
「あの……何故、それを俺達に? この辺りには、他にもプレイヤーが沢山いるのに」
ヒイロの言葉を聞いたクベラは、表情を輝かせた。まるで「よくぞ聞いてくれました!」と言わんばかりだった。
「さすがヒイロさん、よくぞ聞いてくれはった!」
いや、実際に言った。ここまで分かりやすいと、逆に安心感が出て来る。
「そいじゃ、ちょっと声を落とすで……この先にあるクエストは、ワイのお得意さんが見付けたモノなんやけど……どうも攻略法が解らんらしく、三度挑戦して三度失敗しとるんや」
クベラが詳細を話すと、お得意様はレベル30前後のパーティらしい。盾職・物理攻撃職・弓使いに魔法職と、バランスタイプの編成。それでも、攻略には至っていないそうだ。
「つまり、この先にあるんは高難易度クエスト……っちゅう事やな。そこで、おたくらや。【七色の橋】と【桃園の誓い】のメンバーなら、この先にある高難易度クエストもクリア出来るんやないか……と。勿論、その攻略情報はワイも欲しい。それはしっかり、買い取らせて貰うさかい」
そこはハッキリ明言するあたり、彼のスタンスが解る。商人としての矜持なのだろうか。
「高難易度クエストなら、報酬も結構良いかもしれないですね」
ヒイロの後ろで話を聞いていたヒメノが、にこやかに会話に加わる。そんな彼女に、クベラはニンマリとした笑みを浮かべた。
「せやな、クエストについての情報源はエn……いや、現地の住人やったらしい」
マークとファーファがPACと気付いたクベラは、NPCという呼称を避けた。というのも、NPCに設定されているプレイヤーへの好感度。それが下がる条件の一つは、NPCやAIという単語なのだ。彼はNPCの好感度についても、それなりに知識があるのだろう。
「報酬は詳しくは解っとらん。けど、レアな宝石が手に入るっていう話やな」
「ふぅん……クベラさんは、それは欲しくないのかな?」
そう言うイリスに、クベラはカラカラと笑う。
「ワイの目的は彫金の素材やからな。こう見えて、【彫金の心得】もレベル10まで上げとるもんでなぁ……ほれ」
そう言って、自分のシステム・ウィンドウを可視化するクベラ。そこには、確かに【彫金の心得Lv10】という記載があった。
「どうやろ、信じて貰えたかいな?」
そこまでされては、ヒイロもそれ以上は言えない。そこで、ケインが前に出る。
「ふむ。そのクエストの素材は? 君もここにいる以上、それが欲しくて仕方ないんじゃあないか?」
「手に入れば御の字やな、正直。せやけど、商人ってのはバランスが大事でなぁ。儲かり過ぎても、損し過ぎてもあかん。信頼と実績、それをうまい具合に調整するのが大事なんや」
高難易度クエストの素材……それを売りに出せば、もっと寄越せと言い出すプレイヤーが出て来るのは明白。安定供給出来るルートがあれば、問題は無い。それが出来ない内から、それを行うのは商人失格だ。
その理由は、クベラ自身が語る。
「一時の儲けで得られる物は、その時だけ……期間限定とされるもんや。本物の商人ってのは、長期的な視点を持たなあかん。それこそ、場合によっちゃ一時は赤字覚悟でもええ。その先を見据えて、商談を進めるモノや」
そう言うクベラは、ニッと笑って見せる。今回は恐らく、彼にとっては情報と報酬が吊り合っていない……それを、自分でも理解しているのだろう。
とはいえ、彼の視点からすると得られる物はある。一つは、望んでいる鉱石系の素材アイテム。そして二つ目は、高難易度クエストの攻略情報。それはあくまで、彼の言う一時の儲け。
彼が本気で欲しているのは、【七色の橋】や【桃園の誓い】とのコネクション。これは決して、金で買える物ではないのだ。
無論、ヒイロもケインもそれに気付いている……その上で、どうするべきかを思案していた。
「……少し、相談しても?」
そう言い出すヒイロに、クベラは笑みを浮かべて頷いて見せる。これで計画通りに事が進めば、傍から見ると”やり手の商人”らしく映るのだが……もしも失敗すれば、ダサい事この上ない。
クベラから距離を取ったヒイロ達は、円陣を組む様にして相談を始める。
「で、どう思う?」
その言葉に、ヒメノはにっこり微笑む。
「私は大丈夫です!」
「それに高難易度クエストと聞くと、ゲーマー魂がうずくのよねぇ……ほら、エクストラの可能性もあるし?」
イリスの言葉に、ヒイロとケインは頷く。もしかしたら……? という思いも、やはりあるのだ。
更に続くのは、マークとファーファだった。
「……冒険者としては、最奥に何があるのか気になる」
「あら、あなたにしては珍しく長い台詞。ちなみに私も賛成ですわ、ボスが居るならば倒したいのが冒険者ですもの」
その言葉は二人がPAC契約前、どのようなNPCだったのかが伺える。
マークとファーファは冒険者として、町から町へと旅をするNPCだった。そういったNPCは意外と多く、第二エリアの冒険者ギルドでPAC契約クエストを進める事が可能だ。
そんな来歴の為、二人はボスを倒してこの地域における魔物の脅威を取り除こうという意向に賛同する。こういった来歴のNPCならばYESでもNOでも構わないのだが、YESを選ぶと好感度が上がる仕様だ。
そして、カノン。
「レ、レア素材……なら、多分……イベントの評価点も、高い……かも」
どもりつつ、そう言うカノンにヒイロ達は笑みを向ける。そもそも今回のイベント、【七色の橋】の鍛冶担当メンバーはカノンの補助のつもりでいたのだ。【桃園の誓い】には生産職人が居ない為、【七色の橋】のサポートを申し出た形である。
そんな訳で、本人はそんな風に考えていないが方針は定まっている。それは「カノンの意向を優先する」というものだ。
カノンの意見を聞いたヒイロは、ケインに目配せをする。ケインは笑顔を浮かべ、ヒイロに頷いて見せた。
――カノンさんがこう言っているし、取引を受けても良いと思います。
――そうだね、俺も異論は無い。
そんな言外のやり取りで、意志疎通を図る二人。それで伝わるのだから、両者の信頼関係の深さが伺える。
「じゃあ……折角だし」
「あぁ、最奥のボスモンスターとやらを攻略しようか」
無論、視線だけで行う会話だけで方針を決める事はしない。その裏にある、カノンへの配慮を面に出すのを避けるだけだ。
そんなギルマスコンビの方針に、異を唱える者は居なかった。
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「ワイも同行して良かったんかい? いや、ありがたいんやけどな」
そう言うのは、クベラだ。パーティ上限は残り一人だったので、取引成立を告げた際にクベラも同行させたのである。
ヒイロとケインはそのつもりが無かったのだが、なんとカノンが自ら言い出したのだ。その理由は……。
「いえ……クベラさん、取引掲示板にも素材を、よく……出してくれてますし……適正価格で」
そう、クベラというプレイヤーは取引掲示板では『適正価格で素材を流通させるプレイヤー』として、認知度が高いのだ。
「ははは、そりゃ商人としての矜持やさかい。せやけど、そうして評価して貰えるのはありがたいわ。良かったら、今後共ご贔屓に」
そう言うクベラは、明るく笑い飛ばして話を切る。カノンが人見知りと気付いているのか、相手の話に合わせつつも会話を長引かせない。
特定の相手と話を長引かせず、全員と会話する様にしている辺り彼のコミュニケーション能力が高い事が伺える。
そして、彼は【七色の橋】や【桃園の誓い】に無闇矢鱈と踏み込もうとしない。これは実に、ありがたい事である。なにせ第二回イベント以降、グイグイと来るプレイヤーが多くて辟易としていたのだ。
無論、クベラはそれを理解した上で接している。彼等の現状は、掲示板を見ていれば容易に察する事が出来るのだ。その上で、コネクションを作るならばどうすればいいのか……それを考え、実行に移しただけ。
まず、不必要に踏み込まない。そして、自分に悪意が無い事をしっかりと示す。更に誠意を忘れない……それは、商人プレイヤーを自称する彼にしてみれば当り前の事。
そんな彼のスタンスが、功を奏した形として現れただけの事だった。
「さて、そろそろや! ちなみにやけど、さっき自己申告した通りワイはあまり戦力としては数えない方がええ。サポートで精一杯や」
ボスの待つ部屋が近い事と、自分の戦力面について言及するクベラ。しかし、それを承知でヒイロ達は彼を連れてきた。
「了解です。それと、サポートだって立派な戦力ですよ」
「そうだね、回復をして貰えるだけでも俺達は有難い。よろしく頼むよ」
そう言うと、ヒイロ達はボス戦に向けて準備を進める。
とはいえ、やる事はそう多くない。HP回復? ヒメノがほとんど一撃で倒すから、HPを消費する事など全くと言って良い程無かった。
ならば、進める準備とは? それはヒメノの準備である。ヒメノの切り札を即座に使用出来るように、ヒイロ達は協力してモンスターの動きを止める。そこへ、ヒメノが物理攻撃を喰らわせていくのだ。
「あ、準備できました!」
目標回数である百回……無論十回でも二十回でも良いのだが、速攻でカタを付ける為に上限回数まで、物理攻撃を成功させたヒメノ。これは最終武技【八岐大蛇】の効果を最大発揮する為の、必要な措置だったのだ。
クベラにその情報を明かすのはどうか? とも思われたのだが、クベラを連れてきたのは自分達の判断である。
「ヒメが全力を出す為に、必要な条件でして……」
とりあえず、そう言ってお茶を濁すヒイロ。
それに対するクベラの言葉も、彼の評価を上げるのに一役買った。
「ほんなら詳しくは聞かへんわ。第一ワイは、そういう個人情報は商品として取り扱って無いんや。せやから、余計な詮索はせえへんで」
そんなクベラに、ヒイロやヒメノ・カノンの好感度は上がる。
……
そうしてやって来たのは、ボス部屋とは異なる隠し部屋だ。そこで待ち受けていたのは身体のあちこちが宝石で出来ている、【ディアマンテゴーレム】だった。
「成程……ボス部屋ではなく、隠し部屋か」
「聞いていた通り、宝石で出来たゴーレムやな。恐らくは相当硬いで」
こういった隠し部屋は、ギミックで封印されている。今回も、意味有りげな宝石で出来たスイッチを六ヶ所押す事で、この部屋の扉が現れるという仕掛けだった。
「それじゃあ、俺達で前に出ようか。ファーファは、イリスとヒメノさんの護衛を」
「かしこまりました」
「さっき伝えた通り、物理系の攻撃がメインらしいで!」
「了解です! 【ストロングガード】を交代で使う形で行きましょう!」
ボスモンスター・ディアマンテゴーレムが立ち上がると、ヒイロ・ケイン・マークが前に出る。
「【一閃】……はぁっ!!」
まず、ヒイロが刀で軽く一当てする。しかし、ディアマンテゴーレムのHPバーはろくに減らなかった。
「成程、これは硬い……」
ヒイロがタゲを引いた事で、後衛職は落ち着いて準備に移る事が可能になった。
後方に控えるのは弓使いのヒメノ・戦槌使いにして鍛冶職人のカノン・魔法職のイリス・サポート役のクベラと、その護衛を務めるファーファだ。カノンは前衛なのだが、彼女はつい最近まで鍛冶以外は手を付けてこなかった。難敵と目されるボスとの殴り合いを繰り広げるのは、まだ不安要素が多いのである。
そしてクベラは【投擲の心得】を持っている為、回復の際は少し前に出てポーション系のアイテムを投げる役割である。
「さーて、やりますかぁ!!」
魔法の詠唱を開始するイリスと、その横で矢を弓につがえるヒメノ。まずは一当てし、どの程度の硬さなのかを確認する。
「いっくよー! 【ウォーターアロー】!」
イリスが放った【ウォーターアロー】が、ディアマンテゴーレムに向けて飛ぶ。四本の水の矢がその胴体に命中するも、HPバーは然程減っていない。
「あぁ、確かに硬いわね」
その攻撃で、ヘイト値が上がったイリス。彼女に向けて、ディアマンテゴーレムが一歩踏み出す。
それを確認したイリスは、後衛メンバーから距離を取る為に走り出す。ディアマンテゴーレムは、移動し始めたイリスに向けて進路を変えた。
ディアマンテゴーレムが進路を変えたのを確認し、ケインが接近。手にした盾を強く握り締める。
「行くぞ……【シールドバッシュ】!!」
体勢を崩すべく、ケインが【シールドバッシュ】を発動させる。しかし、ディアマンテゴーレムの歩みは止まらなかった。
「それならこれだ! 【炎天】!」
ケインは動揺することなく、≪天狗丸≫を突き付けて魔技【炎天】を放つ。炎の渦がディアマンテゴーレムの身体を包むが、やはりダメージはあまり与えられていない。更に言うとMND値が高いケインの魔技を受けても、デバフ効果が発動していない。
そうしてイリスに近付くディアマンテゴーレムに向けて、ヒメノが鋭い視線を向ける。いよいよ、本命の攻撃である。
「【其の侵掠すること、火の如く】」
足元から噴き上がる、赤いオーラ。八本首の大蛇を象ったそれを見て、クベラが目を丸くする。
「これは、イベントの時の……」
第二回イベントの準決勝で、VIT極振りプレイヤーであるハルすら退けた必殺の攻撃……それが、ディアマンテゴーレムに向けられる。
「【シューティングスター】!!」
ヒメノの矢筒に収められていた、全ての矢が放たれる。ヒメノの最大威力を込めた矢が、ディアマンテゴーレムに突き刺さっていく。
「おぉ!! 削れとる!!」
クベラが喜色を浮かべてそう叫ぶが、ヒイロの顔色は優れない。
「いや……ヒメの攻撃で、あの程度しか削れていない……!!」
ヒイロの言う通り、ディアマンテゴーレムのHPバーは一割程度しか削れていない。ヒメノという、常識外のSTRを持つプレイヤーの攻撃を受けたにも関わらず……だ。
この攻撃でディアマンテゴーレムのヘイトが上がり、ターゲットがヒメノに向いた。
「後衛、散開!」
ヒイロの号令を受け、ヒメノはディアマンテゴーレムを引き付けつつ後ろへ……そしてカノンとクベラはイリスとは逆方向、ファーファはイリスの居る方へと駆け出す。
ディアマンテゴーレムは、ヒメノを追う。その動きはゆっくりだが、その巨体だ。一歩がそもそも大きい為、AGIが低いヒメノに追い付くのはすぐだった。そして、ディアマンテゴーレムがその拳を振り上げ始める。
「【ウォークライ】!!」
ヒイロが【ウォークライ】を発動し、ターゲットを自分に変更させようとする……が、ディアマンテゴーレムはヒメノを狙ったままだ。
「駄目か……っ!!」
「それなら……【縮地】!」
ディアマンテゴーレムの攻撃を避けるべく、ヒメノは四神スキルを発動。とはいえ、この手を使って攻撃を避けられるのは残り三回だ。
「もしかしたら、デバフ無効か?」
「しかもこの硬さですから……」
ケインとヒイロは、ディアマンテゴーレムに向かいつつ相談する。
「しかし、ヒメノさんの力であの程度となると……力技で倒せる相手じゃないと思うんだが」
「ですね」
ヒメノはSTR極振りにして、ユニークスキル【八岐大蛇】を持つプレイヤー。更には最終武技を発動した状態で、大量の矢を斉射する【シューティングスター】を放ったのだ。これに勝る破壊力など、到底ありえないと思われる。
ならば魔法……とも思ったが、イリスの魔法攻撃で与えたダメージは、ヒイロの【一閃】と大差無いダメージに見えた。
「つまり……」
「何かしら、攻略法がある……でしょうね」
……
様々な手段を模索しつつ、ディアマンテゴーレムを攻撃して三十分が経過した。しかしながら、有効な手段が見出だせずにいるのが現状である。
問題はその硬さと、一撃の重さだ。ヒメノが【シューティングスター】で攻撃するも、三割程度しかHPを削れていない。予備の矢を使用し尽くし、今は≪大蛇丸≫で応戦している状態だ。
ヒイロやケイン・マークも【ストロングガード】を駆使して防御しているが、防御を抜けるダメージが馬鹿にならない。クベラも自前の≪HPポーション≫で回復役を担っているが、既に在庫も残り少ない状態だ。
そんな中、何か出来ないかと必死に思考を巡らせるカノン。ディアマンテゴーレムの、特殊な攻略条件があるはず……そして、それは鉱山に入るプレイヤーならば実現可能なモノであるはずなのだ。
そこでカノンは、ある可能性に考えが至った。このディアマンテゴーレムは宝石で出来た部分と、硬そうな金属で出来た部分があるのだ。
そして、ここは鉱山。この場所に来る者ならば、誰もが持っているであろうアイテムがある。
「もしかして……」
カノンの呟きを、クベラは聞き漏らさなかった。視線をカノンに向け、問い掛ける。
「カノンさん、何かアテがあるんですか!?」
普通に、標準語で問い掛けるクベラ。しかし、余裕が無い為に語気が強くなってしまう。そんなクベラの声に、カノンはビクッと肩を跳ね上げる。
「あ、あの……わ、わた……私……」
肩を縮こまらせて、震えるカノンを見たクベラ。自分の失態に、頭を抱える。
――彼女が人見知りなのは、解っていただろうが!! 俺の、大馬鹿野郎!!
脳内で自分にビンタ百回、三セット。それはともかく、クベラはカノンを落ち着かせようと一度深呼吸をする。
「大きい声出して、済みません。思いついた事を、教えて貰えますか?」
ゆっくり、優しく……それを心掛けて、カノンに話を促す。
「わ……わ、た……ピ……ッ……」
「怖がらせて、本当にごめんなさい……単語でも良いです。皆には、俺から伝えます」
少しでも安心して貰えるように……そんな思いを込めて、クベラはカノンに促す。少し落ち着きを取り戻したカノンは、あるアイテムの名前を告げる。
「ピ……ピッ……ケ……」
ピッケル。クベラは耐久度が尽きたせいで持っていないが、この鉱山に訪れるプレイヤーの大半が持って来る物だ。
「もしかして……ピッケル? ピッケルで、攻撃してみれば……」
クベラがカノンの意思を汲み取ると、彼女は涙目ながらも何度も頷いた。
「ありがとうございます、カノンさん。皆に、伝えて来ます」
そう言うと、クベラはヒイロとケインの方へ駆け出す。
「カノンさんから、伝言です! ピッケル! ピッケルで攻撃してみましょう!」
クベラの言葉に、ヒイロ達はハッとする。
「ヒメ!」
「イリス、ファーファ!」
ヒイロとケイン・マークはディアマンテゴーレムのタゲを引き、三人が接近しやすい状況を作り出そうとする。その間に、ヒメノとイリスはシステム・ウィンドウを操作。武器をピッケルに持ち替える。イリスはファーファの分も切り替え、そして準備が完了した。
「行きましょう!」
「オーケー、掘るよ!」
「了解致しました!」
三人はディアマンテゴーレムの背後に回り、無防備な後ろの足にピッケルを突き立てる。その時に表示されたダメージ値は、100という数字だった。これまでは、1や2……ヒメノの【シューティングスター】でも、4という数字だったのだ。確実に、効いている。
「よし、俺達も切り替えよう!」
「了解!」
ケインの号令に、ヒイロも声を弾ませて応える。ようやく、勝ち筋が見えて来たのだ。
そんな【七色の橋】と【桃園の誓い】の戦い振りを見ながら、クベラは素直に感心していた。
――流石、トップランカーだ……切り替えも早いし、連携も抜群。アイツらが言ってた通りだな。
そんな感想を抱きつつ、彼等を援護するべく≪HPポーション≫を取り出した。
……
そして、十分後。残りHPがわずかとなったディアマンテゴーレムは、身体を構成していた鉱石や宝石を削られてみすぼらしい姿となっていた。クエスト開始から、攻略法が判明するまでの威容が嘘のようである。
「もう……少しかなっ!!」
ヒイロが胸部にピッケルを叩き込むと、鉱石が砕けて落ちる。その中から現れたのは、宝石とも鉱石とも違う球体。赤黒いそれが、ゴーレムの弱点である事は誰もが察した。
やられるものかと、拳を振り上げたディアマンテゴーレム。しかし身体を削られた事で、当初の様な力も無い。
「【ストロングガード】!!」
盾を構えたケインがその拳を受け止めると、イリスが自分の相棒に指示を出す。
「今よ、ファーファ!!」
「かしこまりましたっ!! これで……トドメです!」
ファーファがピッケルを全力で叩き付けると、球体の表面に罅が入る。それは全体に広がっていき……そして、砕け散った。
「よし……っ!」
「はぁ……やっと終わったか」
グッとガッツポーズするヒイロの横で、長丁場の戦いに疲れたケインが溜息を吐く。
「うーん、ヒイロ君はまだまだ元気そうね。ってか、ケイン? おじさんくさいわよ、その反応」
「酷い言い草だなぁ……」
そんな戦闘職メンバーに苦笑しつつ、クベラがカノンに向き直る。
「どうですか、落ち着きましたか?」
気遣わしげなクベラの言葉に、ようやく平静を取り戻したカノンが頭を下げる。
「ごめんなさい、ご迷惑をおかけ……して……」
そんなカノンに、クベラは苦笑を深めつつ首を横に振る。
「いいえ、驚かせたこちらの責任です。さぁ、皆の所に行きましょうか」
歩き出すクベラに、カノンは申し訳無さそうにしつつも頷いてみせた。
――いい人、そう……でも……私達に声を掛けたのは、偶然……なのかな。
そんな不安を抱きつつ、カノンはある疑問について問い掛けた。
「……あ、あの、標準語で……話せるん、ですね?」
「あぁ、これでっか? 商人言うたら、やっぱ関西弁やなぁと思うたさかい。ロールプレイってやつやな」
次回投稿予定日:2021/4/20
クベラのアバターネームは、インド神話のクベーラ神から来ています。
富と財宝の神なんだそうです。
商人プレイヤーな彼らしい名前ではないでしょうか。