02-01 新しい日常でした
寺野仁は、基本的に朝早くに目を覚ます。それは陸上選手として、早朝ランニングを欠かさなかった頃の名残だ。
しかし、今は別の理由で朝早くに家を出るのが習慣になった。最初は、事故の後遺症で足が上手く動かせない事が発端だった。それは彼にとって、走れない事を文字通り痛感させる呪いの様だった。
だが、ある出会いが仁に変化を齎す……それは一人のクラスメイトと、その妹との出会いである。無論、それは英雄と姫乃との出会いだ。
ゲーム内でパーティを組む様になってから、仁は朝早くに登校する事が苦では無くなっていた。
……
今日も早い時間に家を出て、クラスの誰よりも早く登校する。グラウンドからは、朝練をしている生徒達の掛け声が聞こえて来る。
そちらの方向から努めて視線を逸らすと、ジンは携帯端末を操作した。端末のディスプレイに表示されているのは、AWOの攻略サイトだ。
――ヒメノさんの為にも、早くSTR向けのエクストラクエストを見付けたいな。
他にも、レンやシオン・ユージンの役に立つ何かが無いかと視線を巡らせる。
そんな中、ジンはあるコメントに目を付けた。それは”ダンジョン内で見付けた不自然な壁が、中々壊れない”というモノだった。
――アッキドウジの祠みたいに、特定の何かを使わないといけないものなのかな?
場所は、[神獣の祭壇]というダンジョンだ。今夜にでも、皆で向かうのも良いかもしれない。
そんな事を考えていると、一人の生徒が登校して来た。整った容姿の持ち主であり、性格も良いクラスの人気者……星波英雄。AWOでは、ヒイロと名乗っている少年だ。
「おはよ、仁」
「おはよう英雄、数時間ぶり」
気安い関係になった二人は、他の生徒が登校して来るまでの時間を雑談して過ごす様になった。
仁は自分の足、英雄は妹の姫乃の為に早起きをして家を出る。英雄はこれまでは、高校の近くにある公園で時間を潰してから登校していた。しかしAWOで仁とパーティを組む様になってからは、寄り道せずに登校する様になったのだ。
その理由は、簡単。
「攻略サイトに、新情報があったよ。中々壊れない壁だって」
「どこのダンジョン? もしかしたら祠かもね」
こうして、二人は朝からAWOの話題に花を咲かせる。ミーティングの様になっているのは、仕方の無い事だ。彼等は毎晩、一緒に異世界で冒険をする仲なのだから。
他の生徒が来るまでは、二人は意見を擦り合わせる。こうして、今夜の冒険の方針が固まっていくのだった。
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星波英雄は、クラスでも特に目立つ生徒である。その外見は整っており、性格も気さくで優しい。そんな彼に想いを寄せる女子生徒も、少なくない。
「星波君、さっきの問題わかったー?」
「多分、解けたと思うよ」
「すごーい! ね、ね、ちょっと教えて欲しいなー!」
サッカー部のマネージャーをしている女子生徒が、そんな感じで英雄に声を掛けている。そんな女子生徒に先を越されてたまるかと、他の女子生徒達も寄って行く。気付けば、英雄を中心に人集りが出来ていた。
これが授業の合間の休憩時間で、よく繰り広げられる光景だ。
「モテモテだよなぁ、星波君」
「あー、イケメンは良いよなぁ……」
男子生徒達からの、羨ましそうな声がそこかしこで聞こえる。彼等は英雄を羨むものの、やっかみや僻みには発展していない。
その理由は、英雄が男女問わず分け隔てなく接する事を知っている事が一つ。そして、もう一つ理由がある。
「星波君、今日の放課後って予定ある? 私達、カラオケ行くんだけどー」
ここぞとばかりに、英雄を誘う女子生徒。そんな女子の誘いに対し、英雄は困った様な笑顔を浮かべた。すぐに英雄は、やんわりと断りの言葉を告げる。
「ごめん、放課後はいつも予定が入っているんだ」
そう……彼は女子生徒からの誘いを、いつも断るのだ。
「えぇー、またぁ? 良いじゃん星波、たまにはさぁ!」
ギャル系の女子が会話に入り、最初に誘った女子マネはムッとした。女の闘いが始まりかねない。
「どうしても、外せない予定なんですか?」
ギャルとマネが睨み合う中、正統派美少女といった容姿の女子がすかさず問い掛ける。
女子の視線が集中すると、英雄は観念して白状する。付き合いが悪いと思われようと、英雄としてもこればかりは譲れない。
「身体の弱い妹が居るから、学校が終わる時間に迎えに行っているんだ」
実際には身体が弱いではなく、全盲なのだが。そんな言葉に、女子生徒達は感極まった! みたいな表情をする。
「やっさしー!! 妹さんがいるんだぁ!!」
「星波君に似て、美人なんじゃない!?」
「写真とかないのー!?」
その会話に聞き耳を立てていた男子達も、俄に盛り上がる。
「星波君の、妹か……」
「確実に性格も、容姿も良いんだろうな」
「しかも身体が弱い……薄幸の美少女か!!」
「お近付きになりたい!!」
「守ってあげたいー!!」
そんな声は当然、英雄の耳に届いている。
――彼等は絶対、ヒメには近付けないぞ、と。
そんな盛り上がる教室に、一人の少年がトイレから戻って来た。勿論、仁だ。
仁の席は英雄の前である。そこは今、女子生徒達が占領している。あぁまたかと、仁は苦笑して席が空くのを待った。よくある事なのだ、この現象は。
しかし、仁が戻った事に気付いた英雄。彼の事情を良く知る英雄が、黙っているはずもない。
「席を空けてくれるかな、仁が戻って来たよ」
「え? あっ! ごめんね、寺野君!」
慌てて、女子生徒が席を明け渡す。こういう気遣いも、英雄の良い所だ。
「ううん、大丈夫。気にしないで、佐藤さん。ありがとう、英雄」
申し訳無さそうに席に座る仁を気遣って、英雄は教室の後ろの方へ移動した。
その後も、姫乃の写真を見たがる男女を英雄はうまく躱しているのだった。
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初音女子大学付属中等部は、昼休みを迎えていた。授業の間の静けさは失われ、教室は賑やかさを取り戻す。
星波姫乃は、クラスの中でも大人しい生徒だ。艷やかな黒髪ロングヘアに、色白の肌。他の女子生徒も全盲である彼女を、何かと気遣いを向けてくれる。
星波家が姫乃を盲学校ではなく、初音女子大学付属中等部に入学させたのは二つある。
一つは数年前に開発された、VR技術を駆使した最先端の全盲患者向け医療器具。その名もVRゴーグルである。脳に直接信号を送り込み五感を再現するVR技術を、障害を持つ人々の為に有効に使った例がこれだ。
初音学園系列ではいち早くその技術を評価し、これを付けて通学する生徒を全力でバックアップすると発表したのであった。
同時に家から近いのが、もう一つの理由であった。初音女子大付属が、最寄駅のすぐ側にあるのである。つまり、英雄が毎日送り迎えが出来るのである。
姫乃も”普通”の生活を送りたいと考えていた為、両親は熟考の末に初音女子大付属への入学を決定したのだった。
そんな姫乃は、成績も優秀で品行方正な生徒だった。そんな彼女はハンデを背負っていながらも、クラス内で”障害に負けない健気な美少女”として、同性でも人気があった。
「星波さん、お昼一緒しませんか?」
「私達も、良い?」
そんなやり取りが、日頃からよく見られるのだった。
しかし、今日は少し……いつもとは違う事が起こった。
「ほ、星波さん……お客さんなんだけど」
その言葉に、姫乃は扉の方に視線を向ける。そこには、見目麗しい少女が佇んでいた。
「は、初音さんが……呼んでるの」
「はい、ありがとうございます」
姫乃はVRゴーグルを付けて席を立ち、扉の外で待つ少女の下へ向かう。そんな姫乃を見送りつつ、女子生徒達は戸惑いを隠せない。
「星波さん、初音さんと知り合いだっけ?」
「理事長のお孫さんなんだよね、彼女……」
「済みません、お昼休憩中にお邪魔してしまって」
「いえいえ、大丈夫です! それで、ええと……私に何か、ご用事でしたか?」
姫乃が穏やかに問い掛けると、少女は苦笑してみせる。
「お昼をご一緒しようかと思ったのですが、クラスの方と食べられるみたいですね。今日はご遠慮しておきますね」
少女がそう言うと、姫乃は慌てて待ったを掛ける。
「あの、レンさんもご一緒しませんか?」
そう、彼女の名前は【初音恋】……三日前にダンジョンで遭遇し、共にアッキドウジと戦ったあの【レン】であった。
土曜の夜に一緒にエクストラクエストを達成、日曜の夜にユージンと会話。昨日は祝日で学校が休みだったので、顔を合わせるのは二日振りだ。最も、リアルで会話をするのは初めてなのだが。
「……私は、お邪魔では?」
「そんな事ありませんよ?」
即答してみせる姫乃に、少し悩む恋。しかし姫乃のにこやかな笑顔を受けて、恋は一歩踏み出す事にした。
「他の皆様がよろしいのでしたら、お邪魔しようかと思います」
その返答に、姫乃は満面の笑みを見せるのだった。
……
「へぇー! 初音さんと星波さん、共通の趣味があったんですね!」
食事を始めた時は、他の女子生徒達は緊張気味だった。しかし嬉しそうに話す姫乃と、それを受けて柔らかに微笑む恋を見ている内に緊張は解れたようだ。
「はい。姫乃さんのお兄様と、そのご友人もいらっしゃいますよ」
「恋さんも、シオンさんという方がご一緒なんですよー」
気が付けば、二人は互いに名前で呼び合うようになっていた。AWOでも同じ名前で呼び合っているので、その方が自然に思えたのだ。
食事と談笑で、昼休みは和やかに過ぎていく。そろそろ予鈴が鳴る頃になり、恋は自分の教室へと戻る事にする。
「恋さん、またご一緒しましょう♪」
嬉しそうな表情で、そんな事を言う姫乃。それを受けた恋も、嬉しそうに微笑んだ。
「はい、皆さんがよろしいなら是非」
そんなやり取りを見て、ノーと言える……そして、ノーと言う者は居なかった。
恋が教室を辞した後、女子生徒達は盛り上がり始めた。
「初音さん、思ったよりも気さくだったね!」
「【ファーストインテリジェンス】のご令嬢ですものね。私、最初は緊張しちゃいました」
「星波さんも、とても嬉しそうにしてましたね」
「女神と天使だわ、あの二人。同じ空気を吸っているだけで幸せ」
「解る」
どこぞの掲示板の様なテンションに、一部の女子生徒が引き気味である。しかしながら二年生に進級し、今のクラスになってから一月ほど。まだ馴染み切れていない雰囲気は、今回の一件でだいぶ緩和されたのだった。
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放課後、初音女子大付属学園の前に停まる一台のリムジン。一人の少女が、その車に向かって堂々と歩いて行く。そんな姿を遠巻きにみつめる生徒達は、何とも言えない表情だった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
そう言って姿勢よく一礼するのは、【土出鳴子】。初音家に雇われた、恋の付き人を務める女性である。恋が学校に通う間は、恋の親が経営する会社に勤めている。中々にハードワークだが、それを感じさせない立ち姿である。
「鳴子さん、お迎えありがとうございます」
そう言って微笑むのは、やはり恋だ。
その笑顔を見て鳴子は片眉を上げる。
いつもならば、恋は簡単に一声かけて車に乗り込む。というのも、恋はこの送迎をあまり好んでいないのだ。幼い頃に誘拐事件に巻き込まれた恋の身を案じた父親が、登下校は車で送迎する様に厳命したのだが……その影響で、恋は学園の生徒から”近寄りがたいお嬢様”という印象を与えてしまっていた。
その事に不満を持ち、迎えに対して感謝の言葉を口にすることなど無かったのだ。
「どうかしましたか?」
黙ってしまうとは、鳴子らしくなかった。その様子を不審に思った恋に声を掛けられるまで、思考の海に沈みかけていたのだ。
「いえ、何でも御座いません。それでは、お車へどうぞ」
リムジンの後部座席の扉を開け、恋を招き入れる鳴子。恋は一つ頷いて、車に乗り込む。
……
「今日はこの後、茶道教室。その後、バイオリンのレッスンでございます」
「帰ったらすぐに始めます。そう連絡しておいて下さい」
恋は事も無げに言うが、それが鳴子には引っ掛かる。いつもは稽古事に取り組む前に、学業を優先したいので時間を空ける様にと口にするのが常なのだ。
「稽古事も学業も早く済ませれば、後は自由時間でしょう? やりたい事があるんですもの」
クスクスと笑う恋の表情は、してやったりという顔だった。学校では決して見せない、小悪魔的な表情である。
こう見えて恋は、付き人達を困らせる事が好きな一面がある。その時、彼女はこういう表情をするのだ。
「ゲームの為、でしたか」
「正確には違います。友人と、ゲームをする為……です」
小悪魔の笑いは一変し、慈愛に満ちた聖母の様な微笑みを浮かべる恋。その表情に、鳴子は何があったのかを察した。
「姫乃様ですか。随分と、お気に召したようですね」
「そういう言い方は止めて下さい、彼女は服や宝石ではありません」
ピシャリと言う恋に、鳴子は素直に頭を下げた。そういうつもりは無かったものの、確かに今の表現ではそう捉えられてもおかしくなかったという自覚があったのだ。
「とても素敵な女の子です、姫乃さんは。ヒイロさんも、ジンさんも素敵な方でした。全く……攻略の最前線では感じられなかった、次は何が起こるのだろうというワクワク感があります」
「ゲームを楽しんでおられる事を聞いたら、お姉様はお喜びになられるかと」
その言葉に、恋は表情を曇らせた。
「……お姉様も、あのゲームにログインしていると言っていたけれど……影も形も見当たらないのですが」
「私にも解り兼ねます。お嬢様と同じ程度の事しか、存じませんので」
そう言って、鳴子は言葉を切る。その敏腕秘書的な姿に、恋は再び小悪魔の笑みを浮かべた。
「それもそうですね。それで……今夜も付き合って下さいますよね、メイドのシオンさん? 貴女の新しい衣装が出来上がるのは、確か今日ですものね」
普段は、こうしたスーツに身を包む鳴子。しかし彼女は、メイドに憧れていた時期があった。故にシオンとして、レンのお目付け役の為にログインした彼女は……メイド服を見て即座に購入したのだった。ネタ装備の、メイド服を。ユージンに依頼したのも、メイド服だし。
そんな訳でシオンこと鳴子は、恋と二人きりの時にはよく弄られるのだった。
「……お嬢様の仰せのままに」
欲望に負けた鳴子は、そう返す事しかできなかった。それでもメイドキャラを辞める気が無いのは、何の拘りなのやら。
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いつも通り、AWOにログインするジン。初プレイから皆勤である。
「おっ、今日のデイリーボーナスはゴールド五十枚」
これでスキルオーブが買える額が溜まった……とは思いつつ、ジンはユージンにツケがある。支払いに充てるのが先決であった。
最低限のポーションを購入したジンは、ヒイロとヒメノを待ってからユージンの下へと向かう。雑談をしながら工房の方角へと歩く三人は、和気藹々とした雰囲気を醸し出していた。
「おっ、今日も仲良さげだな」
「一撃ちゃんカワユス……」
「おい、何だよその呼び方……一撃必殺ちゃんだろうが」
「アレが噂の忍者さんか……やっとお目に掛かれたわ」
「忍者君も何気にカッコいいんだよな。リアルと同じ顔なのかな」
「あら、イケメン剣士! マジでイケメンじゃない! 嫌いじゃないわ! 嫌いじゃないわ!」
「ルナDさんは、帰ってどうぞ」
そんなジン達を見て、コントを繰り広げる者達がそこかしこに居る。この光景も、[フロウド]サーバーの始まりの町では定番のやり取りになっていた。そして目撃情報が掲示板に書き込まれる所までが、ここ最近の話題でもある。
……
「やぁ、よく来たね! 丁度、装備が完成した所だよ!」
出迎えたユージンが、早速本題を切り出す。その言葉に、ヒメノの瞳が輝いた。
「ありがとうございます、ユージンさん!」
「いやなに、僕も楽しんでいるからね。それじゃあ、トレード画面を開こうか」
システム・ウィンドウを互いに開き、トレードを開始。トレードは事前に話し合った通りの内容で、恙無く完了した。
「あの、それじゃあ早速着てみても良いですか?」
「あぁ、そうしてくれると製作者としても嬉しい」
そう言うと、ユージンは一枚の扉を指差す。
「そこの扉はロックがかかるから、そっちで着替えると良いよ」
「はい、ありがとうございます!」
感謝の言葉を述べて、ヒメノは扉の向こうへと向かった。その様子は、楽しみで仕方がない! という感じであった。
ちなみに、着替えというのはステータス・ウィンドウで装備品を変更するだけで済むものだ。しかし装備変更時は、一瞬だが装備無しの状態になるのだ。
装備無しの状態だと、いわゆる下着姿になってしまうのである。ということでユージンは、女性プレイヤーのヒメノに対する配慮として鍵が掛かる部屋を勧めたのだ。
ヒイロは残ったのが男同士の為、その場で着替えを済ませる。
「おぉ……これは凄い」
黒い和服の上に、藍色の鎧……和風鎧だから、具足というべきか。和服の上着に、洋服のズボンはジンと同型。具足は両手足の部分もしっかり作り込まれていて、中々に格好良い。
「最高です。ユージンさん、本当にありがとうございます」
「言っただろう? 好きでやっている事さ。まぁ、その言葉と代金は受け取るけれども。それに僕の製作した装備を身に着けた君達が活躍してくれれば、それが何よりの報酬だよ」
そう言って、ユージンはコーヒーを淹れ始めた。彼の淹れるコーヒーは、何故だか美味しいのだ。
そうこうしていると、着替えていたヒメノが姿を見せた。
「ど、どうでしょうか?」
その装いは、忍者衣装のジン・鎧武者姿のヒイロと並ぶと親和性が高いものだった。
上半身は白い着物で、肩が露出したデザイン。下は赤いプリーツスカートだ。足回りは焦げ茶色のロングブーツで、絶対領域を形成している。
胴回りには弓道の防具らしき鎧、両手には軽装の籠手もセットになっている。弓を持つ左手側の方が重装甲で、左右非対称になっている。
左腰にはユージン製の短刀、首元にはヒメノご所望の赤いマフラーを装備していた。
「おぉ……良いじゃないかヒメ、似合っているよ!」
「ふむ、良いね良いね! ヒメノ君にピッタリだ!」
笑顔で絶賛する二人に対し、ジンは目を見開いて呆けていた。それは勿論、ヒメノの姿に見惚れているのだ。
「ジ、ジンさん……?」
「はっ!? あ、う、うん……!!」
不安そうな表情で、ジンに声を掛けるヒメノ。その声に、ようやくジンは復帰した。
――よくよく考えると、ヒメノさんって本当に美人だよなぁ……。
どちらかというと、可愛い系の顔立ち。ぱっちりとした二重瞼に、ルビーの様に赤い大きな瞳。シュッと整った形をしている鼻、瑞々しさすら感じさせる唇。
細身な体型でありながら、その胸元は豊かに実っている。その点に関しては、彼女は本当に中学二年生なのだろうかと思うくらいだ。そのくせ手足はスラリと長く、正にモデルの様な体型と言うべきだろう。
鈴を転がすような声は、いつまでも聞いていたいと思わせる声色。そんな彼女の美声から紡がれる言葉は、育ちの良さ故かいつも丁寧な言葉だ。
――あれっ、ヒメノさんってもしかして最強なのでは?
そんな思案に耽っているジンに、ヒメノの表情は不安の色を濃くしていく。
「あの、ジンさん……どこか、変ですか?」
「えっ!?」
再度の思考復帰を果たしたジンは、とにかく言葉をかけようとして……うまく言葉が浮かんで来なかった。
「あの……えぇと、その……はぁ。僕の語彙力だと、良い褒め言葉が浮かんで来ない……」
ヒメノは一瞬、お世辞としての言葉かしら? と悲しそうな表情になりかける。しかし、すぐにジンの言葉がそれを否定した。
「綺麗とか、可愛いとかじゃなくて。似合ってるとか、それでも足りなくて。うーん……あえていうなら、ヒメノさんって天使か何かだったりしない?」
あえて言ってそれというのも、どうかと思われるだろう。
しかし、そんなジンの言葉にヒメノは目を丸くして……そして、歓喜の表情を浮かべた。潤んだ瞳が、その笑顔に魅力値増加のバフをかけていた。
「えへへ……ありがとうございます。嬉しいです」
そんな二人の空気に、ヒイロとユージンは気配を殺してニヤニヤしていた。いつ気付くだろうか……なんて思いながら。
そんな甘酸っぱい雰囲気をぶち壊しにしたのは、当事者達でも傍観者でも無かった。“ピロリン♪”という電子音が、それぞれの脳裏に流れたのだ。
「ほわぁっ!?」
「はうぁっ!?」
珍妙な声を上げながら驚く二人に、ヒイロとユージンから生温かい視線が贈られる。若いっていいね、みたいな表情だ。ヒイロさんは同年代なはずなのだが、ヒメノの保護者ポジなので無問題。
「運営メッセージみたいだね」
「どれどれ……ほぉ、イベントか」
ヒイロとユージンがシステム・ウィンドウを確認しているので、二人も頬を赤らめつつシステム・ウィンドウを開く。
――ああぁぁぁ、もうちょい上手い言葉があったんじゃないのかよ、僕!!
――うぅ、ほっぺが熱い……口元がむにゅむにゅします……。
システム・ウィンドウを開きつつも、意識は先程のストロベリームードに向かってしまう。レンとシオンがログインして合流するまで、このムードは中々払拭できないのであった。