19話 「不穏な気配」
「やっぱり、やってるよなあ……」
アインは、セルケイを背にしてため息をついた。
前に見た風景の中で、鳥獣族と戦う多くの猪狂族。
そう、アインは、鳥獣族の村へと来ることが出来たのだ。
時間はかかったが、何とかセルケイの意識を見つけて、魂を結び付けた。
そして、身体を持っていこうとしたら、思った以上に身体に負荷がかかってしまった。
おかげで、あちこちが痛い。
肩を回し、首を回し。
そして、手首と足首を回す。
「で、今の状況は?」
幸いにも、セルケイが居たのは家屋の中だった。
エリアーヌ達はいないが、負傷者が何人か運び込まれていた。
そこで、セルケイは族長として、戦況の確認をしながら家屋の見張りをしていたのだった。
「現在も、猪狂族は亀裂から絶え間無く押し寄せています。
そして、我ら鳥獣族の戦士は、亀裂の周りと町の周りを囲うように配置しています。
しかし、思ったよりも消耗が激しく、この通りです」
セルケイは、悔しそうに左拳を固めながら、床に敷かれた布団を手で指す。
そこには、傷ついた鳥獣族が横たわっている。
家屋の中を見渡せば、今も切りつけられた場所から血が出続けている者や、五体不満足になってしまっている者もいる。
治療に当たっているのは、同じく鳥獣族の女性だ。
包帯や綺麗な布、水の入った器をせっせかと運ぶ者。
運ばれた者を使い、応急処置を施す者。
その役割は、うまく分担されていた。
そうやって一頻り負傷状況を確認した後、セルケイに視線を戻す。
「エリアーヌ殿率いる精霊と妖精は、亀裂の周りを守るように戦っておられます。
そちらの方は負傷者がいないようですが、そこで対処しきれない猪狂族が余りにも多いのですよ」
「戦力的には問題ないはずだが?」
「百名の戦士がいるとて、その殆は妖精なのですぞ!
力の差は大きく、一人の精霊に対して妖精が百以上いても、敵うことはないでしょうな」
「そんなもんなのか?」
「ええ、こればかりは。
それに、そろそろ魔力が尽きてしまう者が現れる頃合いでもありますぞ。
流石に色々とまずくなってきましたな……」
「それを早く!」
アインは知っていた。
魔力が尽きれば、生物は死んでしまうことを。
特に名前の与えられていない者達は、最初のセルケイのように基礎能力が低い。
そのため、魔力が少ないのだ。
「いえ、ご心配なく。
この聖域内であれば、死亡することはありません。
強力な結界が張られているので、魂が抜け出すことが無いのです。
精々が一ヶ月寝込む程度ですな!」
「何だよそれ……」
ガッハッハッハとセルケイは笑っているが、こっちはちっとも笑えない。
言うのが遅いのだ。
ここまで、心配をかけさせられるとは……。
「しかし、まずいのは本当ですぞ。
このまま戦いで消耗していけば、この村はいつか猪狂族に乗っ取られるでしょう。
時間の問題ですな」
「じゃあ、お前と俺で行こうぜ?」
「出来るならば、そうしたいのですが……」
「ん?」
「その……。
実は、私の能力は余り長く持たないのです」
セルケイは、渋りながらそう言った。
「どういうことだ?」
「いえ、私の能力は魔力を用いて身体を変形させるものなのですが、魔力消費が激しいのです」
「なるほど」
となると、セルケイは短期決戦型なのか。
ならば、アインだけで行くしか無いのだが――――
「そうだ、亀裂は塞がっていないのか?」
「え、ええ。
何故そのような事を?」
おかしい。
少し前に、聖域の供給源たる場所に大量の魔力を吸わせたはずなのだが。
まさか、騙されたのだろうか。
しかし、それだと筋があわない。
なぜなら、結界は一度塞がっているからだ。
うーん……。
「ルシオはどこだ?
あいつ、ずっと俺との会話を拒否してるんだよ」
何度アインが問いかけても、ルシオからの応答がない。
無視する訳がないので、ルシオは会話を拒否していると考えるのが妥当だろう。
勿論、滅多な事ではそんなことをしないだろうが、何しろこんな状況だ。
何があってもおかしくない。
「最初は、エリアーヌ殿と一緒におられたと思いますが……。
私の力不足です」
どうやら、分からないようだ。
最初というのは、最後にルシオと会話した時だろう。
いなくなったのは、それからか。
理由は……分からない。
探すべきか。
「セルケイ。
この村は、後何時間ほど耐えられる?」
「ねばって、三時間。
最悪でも、二時間は持つかと。
丁度、夕暮れまでですな」
「それだけあれば、充分か」
アインは、難しい顔をしながら頷く。
そして、思考を加速させていく。
(ルシオが向かったとして考えられるのは――――
第一に、外に出て俺を手伝いに来たこと。
しかし、あいつは約束を破るような奴じゃない。
第二に、サボって何処かで休んでいること。
だが、能力であるあいつが、休息を必要とするか?
必要だとしても、こんなタイミングで休息をとるわけがないだろう。
だとすれば、配下とかいう者を探しに行ったか。
戦力的に厳しいのは分かっていただろうから、少しでも戦闘員を増やそうというのは懸命な判断だ。
一度持ち場を離れるほどだから、それほど有能なのだろう。
もしくは、何らかのトラブルに巻き込まれたために助けに行ったか。
どちらにせよ、行く場所は決まったか)
アインは深呼吸をして、身体の緊張を和らげる。
そして、堂々と宣言する。
「俺は、これからレイズの大森林に行こうと思う」
「今……ですか。
急ぎの用でありますか?」
セルケイは、口調は落ち着いていたが、顔が明らかに動揺していた。
アハハ、と少しひきつった作り笑顔を浮かべて。
「今じゃなきゃいけない。
なにしろ、時間が無いんだ。
じゃあ、頼んだぞ」
ばっとセルケイを背にして家屋から出ようとする。
しかし、その腕はセルケイに掴まれた。
「アイン殿、お待ちくださいませ」
予想外の対応に、アインは驚く。
そして、アインが言葉を発する前に、セルケイの口が開かれる。
「私も、連れていってはもらえないでしょうか?」
「な!?
戦力として、お前はここに残った方が良いと思うのだが、違うか?」
「それも、大事な責務です。
しかし、一人の鳥獣族として。
そして、その族長として、やらねばならないことがあるのです」
「…………。
曲げる気は無いのか?」
ダメ元で聞いてみる。
「勿論でございます」
その瞬間、セルケイの琥珀色の瞳がよりいっそう輝いて見えた。
何気にセルケイは、芯を持っているのだ。
断る気さえ失せてしまうほどに、真剣さが伺えた。
「分かった。
だが、お前のために遅く翔んだりはしないからな」
「あ、ありがとうございます!」
セルケイは、深々と頭を下げた。
そこまで感謝される事はしてないし、される気もない。
アインは、自分のしたいようにしているだけなのだから。
それでも、こうしてくれるのだ。
せめてその姿だけでも目に焼き付けてやるのが、礼儀と言うものだろう。
「よし。
では、行くぞ!」
二人で、扉の無い家屋から飛び出す。
アインは翼を再現し、黒き風を巻き起こす。
そして、一気に飛翔した。
進行方向に身体を向けると、それを見たセルケイは疑問を投げ掛ける。
「そっちは、出口ではありませんぞ?」
「俺は、亀裂を通って行こうと思う。
またあの扉に捕まったら、厄介だからな」
「そうですか。
私は安全面を見てあちらの出口から出ます故、少々時間がかかるやもしれませぬ。
外で少し待っていて下されば、嬉しいですな」
セルケイはそれだけを言い残すと、急くように翼を広げて、外へと向かう。
しかし、アインは空中に制止したままである。
(何か胸騒ぎがする……。
それに、誰かが確実に俺らの命を狙っている。
開拓者。
そんなに危ないものなのだろうか)
自分の胸を見つめてそんなことを考える。
そして、今までの疲れを吐き出すように、はぁ~、とアインは身体の力を抜く。
「まだまだ分からないことだらけだな」
悩みと不安と期待と。
全部一緒にしたような気持ちになり、訳が分からない。
それでも、わずかに期待が他の気持ちよりも勝っていた。
そうして、重い身体を動かす。
「ちょっと待てよ?
何もわざわざ亀裂を通らなくても、もう一度セルケイと魂を繋いで行けば良いじゃないか。
一体何を考えていたんだ俺は……」
遠回りな考え方をしていたのに気づき、アインは自分にあきれた。
そして、そろそろ頃合いかと刻を計る。
(意識を……)
瞼を閉じて、セルケイの意識を捜索する。
流石に一度見つけただけあって、そこまで時間はかからなかった。
◆◆◆◆
聖域の外にて
「アイン殿を待たせてはいけない……。
と思っていたが、私の方が速く着いてしまったか?」
セルケイは、身体から湯気を立ち上らせながら辺りを見回す。
すると、セルケイのいる更に上空から、アインが降りてきた。
「うんうん。
やっぱり、前より翔ぶの早くなってるな!」
いつから居たのか。
セルケイは、気配さえ感じなかった事に驚きと、恐怖を覚えた。
全速力で翔んで暖まったはずの身体は、一瞬で冷えきる。
「も、申し訳ありません!
これもアイン殿のお陰でございます!」
いや、褒めただけなのにこうまで言われると、やっぱり罪悪感が出てくる。
なので、二人でいると何となく気まずい。
もっとフレンドリーに来てくれても良いのだが……。
無理だろうな。
「いや、そんなのはいい。
それより、レイズの大森林を案内してくれ。
お前の方が詳しいだろう?」
「はい。
では、付いてきて下され」
キラァッ。
振り向く前に、ウインクをして見えたのは気のせいだろうか。
一瞬。
ほんの一瞬、輝いた。
おおおお……。
まるで、生と死の狭間を垣間見たようだ。
危なかったぞ。
「頼んだ……ぞ?」
本当に任せていいものか心配になり、若干の不安が言葉に現れた。
バサッ、バササッ。
二人の翼が風を巻き起こす音が、空に響く。
向かうは、レイズの大森林。
辿るは、猪狂族の作る列。
そして、太陽は少しずつ西へと傾いていた。






