第四十七話 有能なメイドと新たな住人
帰り道を飛んでいる最中の会話でみんなでウチに来ることになったので、アレスカーナには寄らずに直接自宅へと向かったのだが――
「こ、これはいったい……」
上空から見る家はたしかに自宅に間違いなく、家屋自体は同じままだ。しかし、窓や玄関が変わっていたり、庭に至っては完全に別物になっている。
「立派な家ね!」
「ほう……これはなかなか……」
「お庭にも凝ってらっしゃるんですね」
「おかしいわね。こんな家だったかしら」
「そんな筈は……というか知ってるのかよ」
と、そこで思い出した。トレーネだ。そう言えば家のことを諸々お任せしていたんだった。
しかし、たった三日、いや、正確にはまだ昼なので二日半でここまで変わってしまうとは……。
ゆっくりと高度を下げながら眺める。
土と雑草だけだった庭には色彩豊かな花々が咲き乱れ、近づくにつれて風魔法がそれらの空気を取り込んで心地よい香りに包まれる。
門から続く石畳の小道は家を優雅に取り囲んでいる。その途中には古風な木製のベンチや蔦に覆われたアーチもあり、まるで庭を愛する人が何十年もの歳月をかけて造りあげてきたような歴史を感じさせる。たった二日半なのに。
貴族向けと平民向けの家が混じるこの場所では明らかに浮いている。上空から見るとまるで住宅街の一角に現れた花の楽園だ。
変化は庭だけではない。
家の窓は木製の鎧戸だったものがガラス窓に変更されており、玄関のドアも豪華で貴族的な風格のあるデザインに更新されていた。
トレーネとは主に内装や大工に造ってもらう家具について打ち合わせをしたが、庭や外装については一任した気がする。
トレーネが監修をするという話だったが全て指示を出したわけでは無いだろう。おそらく王都でも指折りの職人達を集めて超短期で進めたのだと思う。
どうせ使い切れないほど金はあるので好きなように使って構わないとは伝えた。だが、思った以上に豪快に使ったようだ。
玄関前の石畳に着地し、前に抱えていたラッテと荷袋、後ろに背負っていたシュノーとシュナを降ろす。今回は飛行もゆっくりだったのでクレアには自前の飛行魔法で飛んでもらった。
玄関に近づいてあらためてドアを見ると、豪華なのもあるがやたらと堅牢そうに見える。三大冒険者パーティみたいな規格外なのは置いておいて、一般人が多少攻撃してもびくともしなそうだ。
そのドアに鍵を差し込もうとして、鍵も変わっていることに気づく。
仕方ないのでノックをしながらトレーネを呼ぶと、中からパタパタと玄関に走って来るのが聞こえる。
「ハルさん!」
勢いよくドアが開いたと思うと、そう言ってトレーネが抱きついてきた。
その顔を見た瞬間に、そう言えば数日離れることを伝えてなかったことに思い至る。
「ごめんな、トレーネ。少し忙しかったんだ」
そう言って抱き締め返す。
どうやら寂しい思いをさせてしまったようだ。
その様子を見ていたラッテ以外の三人がトレーネの存在に困惑しながらも近くに寄ってきて弁解をしてくれる。
「あ、あの! ハル様は私の治療に多くの時間を費やしてくださったのです」
「わたしの村も救ってくれたのよ!」
「同居人がいたとは思わず……配慮に欠けてしまったようだ。申し訳ない」
トレーネは俺の後ろに人がいることに気づき、パッと離れると、深々とお辞儀をしながら両手でスカートの両端を軽く持ち上げた。
その立ち居振る舞いはまさにメイドのそれだ。というか、服装までメイドだ。使用人として一時的に雇用する話はしたがまさか服まで揃えてくるとは。
「先程は失礼いたしました。お初にお目にかかります。ハルカゼ様のお宅でメイドをしております、トレーネと申します」
トレーネが少し前に見せた少女らしさを消し去り、まるで10年程メイドとして働いているかのような貫禄で挨拶をすると、ラッテまでも含むみんなが瞠目した。
この子には何度も驚かされているが、まだ12歳の筈だ。そして、今までメイド等したことは無かった筈だ。一体いつどこで学んだのか。
「ご事情をお話しくださり、ありがとうございました。どうぞ、こちらへお入りくださいませ」
そう言って見事な微笑みを浮かべながら客の案内をするトレーネ。完全に対貴族・対客人モードだ。
その発声や所作の一つ一つが洗練されていて感心させられるのだが、対貴族の作法を身につけていない俺は少し居心地の悪さも感じた。客のいない時は子供らしくいてもらおう。
家の中に足を踏み入れると、庭の景色に匹敵するほどの驚嘆すべき空間へと変貌を遂げていた。
ベッドしか無かった家には客間兼リビングが誕生し、そこには高級感溢れる机と椅子が配置されていた。魔石を使用したシャンデリア型の天井照明も相まって、まるで貴族の館のような気品を放っている。
鎧戸からガラス窓へと移行した点も大きい。この世界においてはガラス窓はまだ希少であり、貴族でも使用している家は少ないが、やはり部屋の印象が大きく変わる。そのガラス窓もよく見ると非常に頑丈そうだ。
台所は別室だが、トレーネは料理もするようだし、この様子だとかなり凝ったものになってそうだ。
もちろんヴィンター家のような城住まいに比べれば規模はだいぶ小さくなるが、それでも家の品格のようなものは負けず劣らずといったレベルにまで急激に押し上げられていた。
あまりの変貌ぶりに言葉を失っていると、トレーネはそっと耳元に顔を寄せ、「お気に召して頂けましたか?」と囁いた。
その表情から評価を待つ微かな緊張を感じ取ったので、俺は肯定の笑みを湛えて「ああ。さすがだよ。ありがとう」と感謝を返した。
トレーネは嬉しそうに微笑み、詳細については後ほど説明すると言った。客が去った後でじっくりと話を聞かせてくれるということだろう。
みんなは内装にかなり驚いている様子だったが、まずはシュナのことをトレーネに話さなければならない。そこで、あらためてこれまでの経緯を説明し、みんなのことを紹介した。
「そんなわけでシュナはこれからしばらく滞在することになった」
「これからお世話になります。どうぞよろしくお願いします」
シュナが深々と礼をすると、トレーネは凍りついたように硬直した。
「トレーネ?」
「……あ。はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
顔は微笑みを浮かべたままだが、どうにもぎこちない。何かシュナが滞在すると困ることでもあるのだろうか。
「もしかして、部屋が無いか?」
「部屋は……お客様用に用意したものがございます」
「そうか。なら大丈夫だと思うんだが、何か困ることがあったりするか?」
「いえ、問題ございません。……ですが、こちらで少々お話をさせていただけますか?」
そう言うと、トレーネは他の者から少し距離を取り、俺の耳元で静かに問いかけた。
「その、今後の部屋分けにも関わってくるのでお聞きしますが、シュナ様とはどういったご関係でしょうか?」
「伝えた通りだ。シュノーの依頼によって治療を担当することになった」
「……それだけですか?」
「それだけ……いや、違うな。シュナには命を助けられた恩がある。命の恩人だ。できる限りのことはしたいと思っている」
「ハルさんの命の恩人……。了解しました。それなれば、わたしにとっても命の恩人と同じです。忠義を尽くしていきたいと思います」
「トレーネがそんな義理を感じる必要は無いが……仲良くしてくれると嬉しい」
シュナは一年もの間部屋に閉じ籠もっていたのだ。トレーネは年下だが友人のようになってくれたら理想だ。
トレーネは俺の言葉をどう受け止めたのか、シュナのもとへ行くと家の案内を始めた。
「さて、じゃあわたしは帰るとするわ!」
「待ちなさい。ハルに支払う報酬の話をすべきだろう」
「それならアレスカーナで話をしてもらったらいいよ。俺は相場がよくわからないからな」
「そうか。ではそのようにさせてもらおう。それと、たまに様子を見に来てもいいだろうか?」
「もちろんだ。シュナも喜ぶよ」
「ありがとう。あらためてシュナを救ってくれたこと、心から感謝している。何かあれば私を兄と思って何でも言ってほしい」
「わたしも、故郷を救ってくれてありがとね! たまに遊びに来るわ!」
クレアとシュノーを見送ると、急に脱力感が押し寄せてきた。ほんの数日だけど濃密な時間だったと再認識する。
だが、もう一人いる。
ラッテは他の会話を気にせずに、調査でもしているかのように部屋の中を観察していた。何か良くないことを考えている気がする。
「……何をしているんだ?」
「素敵な家だと思ってね。見てたのよ」
「……そうか。とりあえず、例の金貨500枚を支払おうと思うから、少し待っててくれ」
「わかったわ」
シュナを案内していたトレーネに聞いてみると、既に貴族用の金庫は完成していて、俺の寝室の壁の一部に家の鍵をかざして魔力を通すと開く仕様になっていた。シャイセ公爵の時も思ったが、この世界の金庫の仕様は面白い。
約束の500枚を荷袋に詰めて渡そうと思ったが、思った以上に大きいし重いので安全を考えてラッテと共に家まで送ることになった。
「わざわざ運んでくれてありがと」
「いいよ。こっちも今回も助かった。またよろしく頼む」
「こちらこそよろしくね。そうそう、あなたにとって一番大切な人って誰なの?」
「何だ突然?」
「いいから、ほら、誰?」
「んー……」
最初に頭に浮かんだのは春風だった。それに続いて桜と風花が思い浮かぶ。
だが前世のことは話せない。
となると――
「分からないな。たくさんの顔が一斉に浮かんだ。みんな大切だ」
「ふふ。そう。あの子達も大変ね。それじゃ、また」
ラッテの家からの帰り道、空を飛びながら考える。
この世界の人で最初に浮かんだのはカルテだった。やっぱりこの世界で初めて会った人だから印象深いんだろう。
その次にシュナが浮かんだ。つい先日抱き締められた時の心がじんわりとするような温もりが今もなお体に残っている感じがする。
「一番大切な人か……」
ラッテが言わんとしていたことはなんとなく察した。恋愛的な意味での質問だったのだろう。
だが、やはり人に対しての「好き」とか「愛している」とか、そういう感情は分からない。
シュナを見た時、とてつもなく美しいと思った。だが、それはそういう感情には結びついていない。
恋愛感情ってどんなものなんだろう。
ラッテは色欲魔法が発動する条件は自分に欲情することだと言っていた。
その色欲魔法にかかった人はラッテの思い通りに動く駒になっていた。
あいつはどんな恋愛をするんだろうか。
……相手を駒にする想像しか思い浮かばない。
シュナやトレーネも恋愛をしたことはあるんだろうか。
今度機会を見つけて聞いてみるか。
そう言えば、大変って何のことだろう。
ぼんやりとそんなことを考えながら家に向かった。




