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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第四章 王立学園入学
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第八十七話 魔法教師と無人の授業

 シルヴィアから紹介された少女達と仲良くなり、それなりに充実した勉強の日々を送っているリリィだが、それはあくまで自分が参加しきれない授業の内容を補完するためにやっていることであって、授業をサボるためではない。

 当然、リリィは毎日可能な限り多くの授業に参加し、熱心にその内容をノートに書き留めていた。


「――以上の結果から、魔法の効果を高める上で、周辺環境の影響は決して小さなものではない。海の傍では水の魔法が、火山の傍では火の魔法がその効果を高めるというのは以前より実証されていることではあるが、そこに棲む魔物達を別の土地に移動させたとしても、その魔物の周囲であれば特定の土地と同じように魔法の効果が高まることが新たに判明した。このことから、生物は土地や生活環境に影響を受け、そこに適応していく中で魔力を変質させていくと考えられる。つまり、人が得意とする魔法属性が一族内で偏る傾向が強いのは、血筋以上にその生活によるところが大きく、これを応用すると……」


「先生、先生!」


 今日も今日とて、リリィの元気な声が、とある校舎の一室に木霊する。

 カツカツカツカツと、黒板に次々と文字を書き連ねながら説明を続けていた教員は、リリィが挙手と共に上げた声で自分の話が遮られたことに、少々の不快感を示しながら振り返る。


「なんだリリアナ・アースランド、今は説明中だ、後にしろ」


「いえ、その説明なんですが、一息に話し過ぎてついていけません! 少し分からないところがあったので、まずはそこについて質問させてください!」


「そういった質問は、授業が終わった後に個別でするのがマナーだ。授業はお前だけの物ではないのだぞ」


「いえ、それはそうなんですけど……でも、私以外に授業を受けている人、誰もいませんよ?」


 リリィの指摘に、教員はびくりと体を震わせる。

 広い教室で、後ろにいる者でも分かるようにと大きく作られた紙の資料を使って説明しているのはいいのだが、困ったことにこの授業、リリィ以外誰一人として受講していなかった。

 あくまで、授業を受けるかどうか、そしてどの授業を受けるかという点についても生徒の判断に委ねられるこの学園では、授業を受ける生徒の数にこうした開きが出来るのはいつものことだ。

 ただ……文字通り誰も受けることがない授業というのも、中々に珍しい。

 実際、リリィが最初にこの授業を選択した理由も、「他に受ける人がいないのなら、自分で受けないと勉強出来ないから」というものだった。


「言うな……私も一応気にしているんだ……」


 それを誰よりも自覚している教員――ユンファ・コーネリアス教授は、その場でがっくりと肩を落とす。

 彼女の魔法や魔力に対する視点は中々に革新的で、リリィとしても前評判と違う予想外に面白い授業だと感心しているのだが……悲しいかな、革新的過ぎて、王国の精霊信仰や貴族の血統主義を根底からひっくり返すような持論を次々と展開する上に、持論を語り出すと止まらない性質が災いして、現在学園内でも屈指の不人気教師となっていた。

 宗教観が薄く、血統主義など絶えて久しい国で育った前世を持つリリィをして、「こんな授業ここでやっていいの?」と首を傾げるレベルと言えば、その内容のギリギリさが伝わるだろう。


 みんなにノートを写させて貰ってばかりだから、偶には私からも教えられるといいな――という考えも少しは持っていたリリィだが、流石にこれを他のみんなに教えてあげようとは思えない。まず間違いなく、変な影響を受けたと勘違いされるだろう。

 いや、魔法について理解を深める上では、有用な授業であるというのは確かなのだが。


「くっ……このままでは私は、来年には教師をクビになってしまうやもしれん! なあ頼む、お前だけでも私の授業に出続けてくれ! 後生だ!」


「あ、あはは……それはいいですけど、その分ちゃんと質問に答えて貰えると嬉しいです」


「もちろんだとも! いや、もちろんそうさせていただきますリリアナ様」


 恥も外聞もなく頭を下げて遜る姿に、リリィは思わず苦笑いを浮かべる。

 コーネリアス、という家名の示す通り、一応は彼女も貴族の一人で、何と北の大家、コーネリアス侯爵家の三女らしい。

 あまりにも常識外れな言動ばかりするため、勘当同然に王都に追いやられ、現在は教員をやっているという噂だが、真偽のほどは定かではない。

 まあ、この様子を見るに本当のことなのだろうなぁと、割と失礼なことを内心で考えながら、リリィは授業内容の理解を深めるべく、ユンファへ質問を投げかける。


「それで先生、生活環境によって魔力が変質するというと、もしかして他の土地に移住した魔物は、その土地に合わせて魔力が変質したりするんですか?」


「いいところに目を付けたな。その通り、海辺にいた小さな蟹の魔物を火山地帯に持ち込んだところ、その大半は暑さにやられて死滅したが、数匹だけそこに適応し、その行動や姿形についても若干の変異が見られた。伝説の魔物であるドラゴンは、自身の膨大な魔力でもって周囲の環境を作り変えたと伝えられているが、通常の魔物は周囲ではなく、自分自身をその魔力で作り変え、周囲に適応するようだ。これは魔力濃度の高い土地にいる獣ほどその魔力によって変質し、魔物と化すという前提と矛盾しないし、私の実験結果とも合致する。つまりだな……」


 リリィの質問を受け、ユンファは饒舌に語り出す。

 今のままではダメだと分かっているとは思うのだが、やはりこの喋り出したら止まらない性格はどうしようもないようだ。

 教師として人気を高めたいのなら直すべきだとは思うが、リリィとしてはこのままでいて貰えた方が為になる気がするので難しいところである。


「魔法の訓練をする上でも、単にどんな訓練内容をするかではなく、どんな土地で、どんな環境で行うかというのが重要なのだ!!」


「おお!! ……って、あれ? それって割と昔から言われてるんじゃなかったでしたっけ……?」


「確かに昔から、魔法の修行をするのに適したパワースポットというものが存在するとは言われている!! だが、実在する現象として証明出来たことが重要なのだ!! つまりこれは、その土地に存在する魔力の特徴さえ再現さえ出来れば、この王都の中にあっても様々な魔法の訓練をより効率的に行えるということなのだから!!」


「おお! なるほど!!」


「まあ、私は魔法や魔力の原理が解明したいだけで、その強さそのものには興味がないから、ここから先は知ったことではないがな」


「みんなにとってはそこが一番重要ですよ!?」


 いや、やはり改めるべきだろうか。

 そう考えつつ、リリィは更にもう一つ、ふと疑問に思ったことを口にする。


「でも、それだと人も魔物と同じように、土地の魔力を受けて変異してるってことですよね? アースランド領は魔の森の近くですから、やっぱりそこに住んでいると魔力量がやたら多くなりやすいってことでしょうか?」


「ふむ、私が言っているのは主に得意な魔法の種類、属性と言った程度の意味合いだったが……そうだな、他の動物が魔物化するのに、人だけ影響を受けないというのも考えにくい……」


 顎に手を当て、何やら考え始めたユンファを前に、リリィは首を傾げる。

 そうしてしばし時間が過ぎると、ユンファはニヤリと悪どい笑みを浮かべ、リリィの肩に手を置いた。


「そんな疑問が浮かぶということは、リリアナ・アースランド、お前は相当魔力量が多いというわけだな?」


「へ? いやまあ、高位の魔物よりも更に魔力が多いとは言われていますけど……」


「ほほう、それはいい! いや、今やっている研究にな、魔物の発生メカニズムを突き留めるというものがあるんだが、そうした危険地帯は王都から遠いし、どうやって調べたものかと少々困っていたんだ。うむ、そんなに魔力が多いなら、少し手伝ってくれ」


「えぇ!? なんで私が!?」


「学生の課外活動は推奨されているだろう? 何、この研究が成れば、お前は単位ががっぽり貰えて嬉しい、私も教師をクビにされずに済んで嬉しい、うむ、まさにウィンウィンの関係ではないか!」


「私はただ勉強がしたいだけで、研究なんてするつもりはありませんよ!」


「だが、魔物の発生メカニズムが分かれば、アースランド領の魔の森とて、少しは安全になるだろう。そうなればお前にとっても嬉しいのではないかな? んん?」


「うぐ……」


 何だか話がおかしな方向に向かっているが、確かにその研究成果を家に持ち帰れば、カタリナの協力で今以上の魔物対策が取れる可能性はある。

 オウガがいるとはいえ、いつまでもそれに頼り切りでは長期的な領地運営に差し障るのだから、確かに悪くない提案だ。


「よし、そうと決まれば、早速お前の体を徹底的に調べ尽くす! アースランドに住む人間と、王都に住む人間、魔力の質にいかなる違いがあるのかを調べるぞ! それが終わったら、お前の魔力で実際に動物を魔物化させる!」


「いやいやいや、私、まだやるなんて一言も言ってませんよ!? それに、なんですかその色々と倫理感が壊れそうな実験は!?」


「倫理? ふんっ、そんなもの、この世の真理を探究する上では邪魔にしかならん! 捨ててしまえ!」


「この人本当に教師ですか!? とんでもないことしれっと言ってるんですけど!?」


 わーぎゃーと騒ぐリリィだが、彼女も一応はれっきとした教師なので、特に意味はない。

 この学園は、生徒にとって新しい知識を得るための場であると同時に、教師にとっては自分の考えを広く知らしめ、新たな研究仲間を得たり、研究成果のお披露目をする場でもある。それで人気が出た教師は給金が増えるし、そうでなければ減俸、最悪クビだ。

 要するに、この学園の教師というのは、リリィが知っているそれと少々異なり、生徒を教え導く模範的存在というよりは、割と俗物的な人物が多く在籍しているのである。

 言ってしまえば、みんな商売や好奇心でやっていることなので、道徳や規範など投げ捨てた、頭のおかしい人物も大なり小なり紛れ込んでいるのだ。まさに、ユンファのような。


「いーやー! 私、この授業が終わったらみんなと外で魔法の訓練する約束があるんです! 先生と遊んでいる暇はありません!」


「遊びではないし、それに魔法の訓練と言うのならちょうどいいではないか、どうせ教員の監督が無ければ出来んのだから、私も混ぜろ!」


「えぇぇぇぇ!?」


 思わぬ展開に目を白黒させるリリィは、結局ユンファを説得するには至らず。

 授業の終了を告げる鐘の音が無情に鳴り響き、結局は彼女を連れてみんなの待つ魔法訓練場へ向かうことになるのだった。

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