第八十六話 楽しい(?)勉強会
「第二図書室って……ここでいいですよね?」
放課後、シルヴィアに指定された通りに図書室を訪れたリリィは、中をきょろきょろと見渡す。
この学園には図書室が二つあり、第一図書室はあくまで蔵書を目的にした部屋、第二図書室は読書や勉強のために用意された部屋という特徴がある。
リリィの目的を考えれば、第二図書室という場所は確かに最適なのだが、入学したてで学内の地理に明るくないため、ここでいいのか少々自信が持てない。
「あら、遅かったわね。あなたがリリアナ・アースランド?」
すると、そこには既に、幾人かの女子生徒が集まっていた。
学年は少々バラツキがある様子だが、その口ぶりからして、彼女達がシルヴィアの言っていた友人なのだろう。
「はい! シルヴィアさんのご厚意で、みなさんを紹介していただくことになりました、リリアナ・アースランドです! 集まっていただいてありがとうございます! 私も、その分皆さんに協力できることがあればさせていただきますので、よろしくお願いします!」
ひとまず、勉強に協力して貰う立場として礼は尽くすべきだと頭を下げる。
そんなリリィを見て、先頭に立つ少女は「ふーん」と面白く無さそうに目を細めた。
「あなた、シルヴィア様に対して少し馴れ馴れしすぎるのではなくて? 騎士爵家の分際で、身分を弁えなさい」
「あ、すみません、シルヴィア……様に、そう呼べと言われましたので」
「何? シルヴィア様が悪いって言いたいわけ?」
「いえ! 決してそのようなことは!」
少女達の刺すような視線に晒され、リリィは冷や汗をかく。
直立不動で答えるリリィに、少女は不服そうに「ふん」と鼻を鳴らすと、机の上にドサドサとノートの束を置き始めた。
ちょっとした山になったそれを見て、リリィは少しだけ顔を引きつらせる。
「これ、今日この学園であった授業の内容を書き留めたノートです。好きに持っていって勉強なさい」
「あ、ありがとうございま……」
「ただし、シルヴィア様のお情けで施しを得られているのだから、覚え残しのないように。明日、今日の内容のテストをしますので、一問でも落としたら許しませんことよ」
「えぇ!? これ全部を明日までに完璧に!?」
「何? 不満?」
「あ、いえ、頑張ります!!」
有無を言わせぬ冷たい視線に射竦められ、リリィは咄嗟に快諾する。
背筋をピンと伸ばすリリィの姿に、少女は「言質は取ったぞ」と言わんばかりに悪どい笑みを浮かべた。
「分かったならよろしいですわ。それでは皆様、行きましょう」
そう言って、少女達は図書室を後にする。
その後ろ姿を見送りながら、リリィはポツリと呟いた。
「……名前、聞けませんでしたね」
出来れば、これを切っ掛けに友達を増やしたいと思っていたのだが、そう簡単にはいかないらしい。
残されたノートの山を軽く捲りつつ、リリィは小さく溜息を零し……そして、そんな自分を叱咤するように気合を入れた。
「よしっ、負けませんよ! 騎士爵だからなんですか、アースランドの男はこの程度で諦めたりしません!!」
そう叫び、リリィは猛然と机に向かう。
――辛いかもしれないけれど、頑張って勉強してね?
ノートの先に、そう言っていた少女の愉しげな顔を思い出し、リリィは不敵な笑みを零すのだった。
「……で、うちのリリィに何をしたんですか?」
リリィ達が学園に入学し、早三日が経とうという頃。
ルルーシュは、学園に作られたテラスにて、ある人物と密会していた。
その人物とは、もちろん彼の家を貴族に押し上げたランドール公爵家が令嬢、シルヴィアである。
詰問するようなその態度に、シルヴィアは「あら、怖い怖い」とわざとらしく震えてみせる。
「大したことはしていないわよ? ただ、あの子が勉強の相手に困っているようだから、紹介してあげただけ」
「主戦派貴族の、特にアースランド家と嫌ってる家の者ばかりをわざわざ集めて、ですか?」
「あら、そうなの? ごめんなさいねえ、気付かなくて」
ルルーシュの問い掛けに、シルヴィアはくすくすと笑みを溢し、そう嘯く。
その態度を見るに、誤魔化す気もないのだろう。あくまで真意を知ろうとじっと見つめるルルーシュを見て、あっさりと掌を返してみせる。
「だって、その方が楽しそうじゃない? あの子は少しでも多くの知識を身に付けたい、主戦派の子達はランドール家に目をかけられていながら穏健派に留まり続けるアースランドの人間が気に入らない。どちらの意地が上を行くのか、とっても興味あるわ」
まるで自分の夢を語る子供のように、シルヴィアは無邪気に笑って見せる。
とても虐めをけしかけた首謀者とは思えない態度に、ルルーシュは苛立ちを募らせていく。
「リリィは、あなたの玩具じゃない」
「そうね、あなたの可愛い婚約者だものね? でも、だからこそよ」
そんなルルーシュの怒りさえ折り込み済みとばかりに、シルヴィアは答える。
その瞳に、好奇心の光を灯して。
「貴族嫌いだったあなたが……いえ、ランドール家を憎んでいたはずのあなたが、元凶である私に謙ってまで守ろうとする子だなんて、興味が湧かない方がおかしいでしょう?」
「…………」
ルルーシュは何も答えず、ただ鋭い視線をシルヴィアに飛ばす。
そのことは口にするなと、そう視線で語るルルーシュに、シルヴィアは肩を竦めて返答とする。
「まあ、そんなに心配しなくても、私だって陰湿な虐めには興味がないの。あの子が根を上げるようなら、潰れる前に優しく助けてあげるわよ?」
「そうやって、自分のシンパを増やして来たわけですか。いい趣味ですね」
「誉め言葉として受け取っておくわね」
マッチポンプとしか言いようがない手だが、これが意外と馬鹿に出来ない。
実家の威光もあるのだろうが、シルヴィアを中心とした派閥は、間違いなく学園でも屈指の規模だろう。とてもルルーシュ達と学年が一つしか違わないとは思えないカリスマだ。
「……それでは、そろそろ失礼します」
「あら、もう行くの? もう少しゆっくりしていってもいいのよ?」
「僕もまだ、入学したばっかりで何かと忙しいんですよ。それから、これは独り言ですが……あまり、リリィを甘くみない方がいい」
独り言、と言いながらも、ルルーシュはシルヴィアを真っ直ぐに見つめたまま告げる。
その言葉に、シルヴィアは益々面白いとばかりに笑みを深めた。
「それでは、これで」
そう言って、ルルーシュはテラスを後にする。
それを見送ったシルヴィアは、冷めたお茶を眺めながら、一人呟く。
「彼にそこまで言わせるなんてね。ふふ、あなたは私の期待に応えられるのかしら? リリアナ・アースランド」
冷めたお茶をゆっくりと嗜み、放課後の一時を満喫する。
何か起こるとしても、もうしばし時間を置く必要があるだろうと考えているシルヴィアは、まだ知らない。
この時既に、リリィを取り巻く状況が手遅れなまでに変化していることに。
「はあっ、はあっ……だめです、私、もう……限界です……!」
フラフラの体で、リリィはもう無理なのだと弱音を吐露する。
膨大な魔力を有し、テロリスト相手でも一歩も引かず勇敢に立ち向かったリリィだが、彼女にも限界というものは確かに存在するのだ。
「あら、もう終わりなの? あなたが言い出したことでしょう? ちゃんと最後までやり遂げて欲しいものね」
それに対して、シルヴィアが集めた主戦派貴族勉強会のリーダー格……ナルミア・ウーフェン子爵令嬢は蔑むように吐き捨てる。
そう、彼女の言う通り、今リリィが置かれている状況は、リリィ自身が言い出したことが原因で起こっている。
しかし、それでも、と言いたくなるのだ。
「だからって……だからって……!」
だからこそ、リリィは身を震わせ、キッ! とナルミアへ鋭い視線を飛ばす。
そう、言わなければならないのだ。言わなければ、彼女達のためにもならないのだから。
意を決したリリィは、自分よりも遥かに位の高い貴族令嬢に向けて大きく息を吸い――
「……これ以上食べたら太りますよ!? いえ、既に手遅れな気もしますけど、今日一日の話ならまだ取り戻せます!! 正気に戻ってください!!」
「んなっ、ななな!? あ、あああなた、花の乙女に向かって何とんでもないこと言ってくれますの!? すぐに訂正しなさい!!」
「花の乙女はナポリタン三人前をペロッと食べたりなんかしません!!」
リリィの鋭い指摘に、ナルミアはすっと目を逸らす。
そう、彼女達がいるのは、勉強をするために存在する学園本棟の第二図書室ではなく、子爵以下の下級貴族のために用意された下級寮、その食堂だ。
事の発端は二日前、リリィが必死に勉強したものの、やはりというべきか、彼女達が用意したテストで満点を取れなかったことから始まる。
元々、リリィは転生者というアドバンテージありきで賢いと言われていただけで、地頭はそれほどいいわけでもなく、算術以外となると並でしかなかった。
そんな結果を見たナルミア達は、嬉々としてリリィを罵倒し、図書室で缶詰にして勉強をさせ続けた。リリィが根を上げ、泣き出すのを待っていたのだ。
しかし、彼女達には一つだけ誤算があった。
リリィは根を上げるどころか、熾烈な言葉で罵りながら勉強を強要する彼女達に笑顔すら浮かべ、お礼の言葉を紡ぎ始めたのだ。
彼女達からすれば、リリィのその態度は全く理解出来なかっただろう。これだけ辛い目に遭って、なぜ笑っていられるのだ、と。
そう、幼い頃から貴族の義務として勉学に励み続け、外の自由な世界に憧れを抱くような少女達にとって、リリィのそれは到底理解出来るものではないのだ。
勉強して、新しい知識を得るのが楽しくて仕方ない、という感情は。
未知との遭遇を目の当たりにして、硬直してしまった少女達。
それを見て、今日の勉強は終わりかと判断したリリィは、つい言ってしまったのだ。
「今日のお礼に、美味しいご飯作ってあげますね」と。
結果は、ご覧の通りである。
「リリアナさんの作る創作料理は美味しいですから、仕方ありませんわ! あ、このクリームシチュー、おかわり頂けませんこと?」
「ノエルさんも食べ過ぎです、ほどほどにしておいてください!」
以前、スクエア家の晩餐会で出会って以来、時折顔を会わせていた子爵令嬢にも突っ込みを入れつつ、どうしたものかとリリィは頭を抱える。
元々、リリィが敬遠されていたのは家の都合であって、個人的な怨恨ではない。
親が嫌っているから、という理由だけで他者を攻撃してしまうのも子供なら、美味しいご飯をくれたから、というだけであっさりと掌を返してしまうのもまた、子供の特権だ。
なので、一緒に勉強して、一緒にご飯を食べて、一緒に笑い合えたなら、誰とでも仲良くなれるだろうとは思っていたリリィだが、かと言ってこの状況は想定外だった。
(子供を太らせた罪で親から余計に嫌われるなんてことは……ありませんよね?)
そんなバカな考えが頭を過ぎるが、まあこうなってしまったものは仕方がないと、リリィは問題を棚上げすることにした。
仮にリリィが料理を止めたとして、この人数を捌くために一緒に作っていた料理長など、「貴族のガキ共が俺の作った料理をあんなに旨そうに……! 生きてて良かった!!」などと先ほどから感涙に咽び、料理の手を全く止めようとしていないのだから、大した意味はない。
ここは、食べた分をどうにか消化する方向で何か考えた方がよほど建設的だろう。
(明日の放課後は、みんなで剣か魔法の勉強を、実戦形式でやってみますか)
自称花の乙女達が料理に群がり、前世の知識から再現された異世界料理をイナゴの如く平らげていく様を見ながら、現実逃避気味にそう考えるリリィだった。




