第八十三話 魔法試験
リリィの後、ルルーシュとマリアベルは剣を握ったこともなかったため、あっさりと打ち倒されて剣術試験は終わった。
続いては、魔法試験である。
「魔法試験は、ここより約二十メートル離れた場所に設置された三つの的へそれぞれ一発ずつ攻撃魔法を放ち、その精度・威力・命中率などを総合的に判断して評価する。二十メートルとは言ったが、あえて誤差を生じさせているので、細かい部分は自らの目測で判断するように」
試験のためにリリィ達がやって来たのは、屋外の用意された訓練場だった。
先ほどと同じく、授業中と思しき生徒たちに見られながらの試験だが、どこか騎士というよりもお堅い軍人といった具合の教官の説明を聞いたリリィは、遥か彼方にある的を見て、胸中で呆然としていた。
(いくらなんでも遠すぎるんですけど……どうしましょう?)
二十メートル、と聞くと大したことないように聞こえるが、実際のところはその距離で確実に魔法を当てるにはそれなりの訓練がいる。
もちろん、狙撃専用の長距離攻撃魔法なども存在し、その射程は数百メートルにも達するが……それはかなり精緻な魔法陣を使い、慎重に距離を測りながら行うもので、個人の詠唱魔法で行うようなものではない。
だからこそ、制御が苦手なリリィにとって、この試験は鬼門となる。
「私はその、今回の試験はパスで……魔道具がないと、魔法が全く使えないので……すみません」
そして、リリィ以上に鬼門……というより、そもそも試験の実行が不可能なマリアベルがおずおずとそう進言すると、魔法試験を担当していた教官は「分かっている」と頷いた。
「魔力不感症とのことだったな。既に侯爵閣下より事情の説明はされているので、問題ない。無論、魔法試験は評価なしとせざるを得ないが、そればかりは了承して貰う」
「はい……すみません。その、リリアナさん達は頑張ってください」
「もちろんです。マリアベルさんの分まで、頑張ります!」
ペコリと頭を下げるマリアベルに、リリィはぐっと拳を握りながら答える。
魔法が使えず、だからこそ誰よりも魔法が好きな彼女の友達として、情けないところは見せられない。
「オレはこういう射的みたいな魔法は苦手だから、期待すんなよ? と……まあ、やるだけやってみるか! 行くぜ!」
今回も先陣を切るつもりなのか、ヒルダが早速定位置に立ち、魔力を高める。
『炎の精よ、燃え盛る業火となりて敵を焼き尽くせ! 《火球》!!』
掌を掲げ、その先に炎の球体を作り出す。
それを、ヒルダはまるでボールでも投げるかのように全力で放り投げ……的からは大分離れた位置に着弾した。
ちゅどーん、と虚しく上がった砂煙を見て、ヒルダは首を傾げる。
「あっれ、おっかしーな?」
二発目を放つが、見当外れのところに着弾し、的は小揺るぎもしない。
次こそはと、気合を入れて投げた三発目の火球がようやく的の端を捉えたものの、ギリギリだったために少しばかり的が欠けるだけの結果に終わってしまった。
的に対して一発ずつしか許可が降りていないので、これで終わりである。
「ふむ、火力はそう悪くないが……狙いが甘すぎるな。制御自体は出来ているようだが……要訓練だな」
「遠くからチマチマやるより、近づいて斬る方が性に合ってるんだよ」
試験官からの苦言に、ヒルダは不貞腐れた顔でそう返す。
やれやれと呆れた様子の試験官に、今度はルルーシュが手を挙げた。
「じゃあ、次は僕が行きます」
「うむ、よろしい、やりたまえ」
ルルーシュは、特に気負った様子もなく。じっと遠くの的を見据える。
そして、ゆっくりと掌を掲げ……その瞳が、碧から紫へと変化した。
『炎の精よ、全てを打ち砕く業火となりて敵を貫け。《炎槍》』
ルルーシュの掌の先に炎が起こり、それがみるみるうちに槍の形を成す。
スムーズな魔法発動に、試験官も感心したように頷くが……ルルーシュは、そこで終わらなかった。
『《二重》、《三重》』
ボッ! ボッ! と、全く同じ魔法が二つ続けて発動する。
その意図するところに気付き、試験官や周りの生徒達が目を見開く中、三本の炎の槍が一斉に的に向けて疾駆した。
ズガガガンッ!! と、放たれた三本の槍が綺麗に的の中央に当たって罅を入れるに至り、その見事な魔力制御に裏打ちされた完璧な精度に唖然となるが、ただ一人、ルルーシュ本人は舌打ちを漏らす。
「やっぱり、壊すまではいかないか……魔力、少しは増えたと思ったのに」
生来の魔力量が少ないルルーシュにとって、人の手を借りずに威力のある魔法を放つというのは難しい。
分かっていたことではあるが、三発撃つ必要があると分かった上で限界ギリギリまで魔力を配分し、精一杯の力で放った結果がこの威力では、少々泣きたくなった。
「ルルーシュ君、凄いです! あんなど真ん中に魔法を当てるなんて、流石私の魔法の師匠ですね!」
「別に、そんなはしゃぐようなことじゃ……ていうか、誰が師匠だよ、全く」
しかし、リリィに大喜びで褒められたことで、そんな鬱屈した感情もあっさりと吹き飛び、顔を赤くしながらそっぽを向く。
試験中にも拘わらず、一瞬のうちに二人だけの世界を形成する姿に、試験官は「ごほん」とわざとらしく咳払いする。
「あー、次は君の番だ、早くやりたまえ」
「あ、はい! では、リリアナ・アースランド、行きます!」
促され、リリィが定位置に着く。
見れば、使用人と思しき人達が大急ぎで的を取り換えたようで、真新しい的に変わっていた。
大変そうだなぁ、などと胸中で呟きつつ、リリィはその場で一度、静かに目を閉じる。
「すぅー……ふぅー……」
ゆっくりと呼吸を整えながら、リリィは掌を掲げて遥か先の的へ意識を集中する。
魔力嵐を起こさず、それでいて一番精度が出せる魔法。実のところ、三年前にモニカの忠告を受けてから、ずっと練習は重ねて来た。まだ万全とは言えないが、今こそその成果を見せる時だろう。
『風の精よ……全てを穿つ槍となりて……彼方の敵を射抜き給え……』
掌を銃の形に変え、通常よりもゆっくりと詠唱を紡ぎながら、慎重に狙いを定める。
勝手に暴れ回ろうとする魔力を抑えつつ、震える指先に収束し……一気に、解き放つ。
『《風槍》!!』
リリィが放った風の剛槍が、一直線に的に向けて飛翔する。
周囲の大気を巻き込み、地面を抉りながら的に迫る槍は、その狙いを僅かに外し――にも拘わらず、掠った程度の衝撃で的を粉々に粉砕してしまった。
そのあまりの威力に、見ていた人々は全員言葉を失う。
「くう……もう一度……!!」
同じように、再度風の槍を飛ばす。
今度はそれが地面を抉り、途中で弾け飛んで的を空高く打ち上げてしまった。
「最後、今度こそ……!!」
ブレる弾道を抑えるように、必死で力を込めて放つ。
ようやく、的に向かって真っ直ぐと飛んでいったことに束の間の喜びを得るリリィだったが……当たる直前に槍の形状を保てなくなって爆散し、その場に大きなクレーターを穿ったのを見て、リリィはがっくりと肩を落とした。
「……やっぱり、全然威力が抑えられないし、制御も滅茶苦茶ですね」
はあ、とリリィは溜息を零す。
魔力量が凄まじい分、威力はとんでもなく上がるのだが……逆に言えば、抑えることがほとんど出来ない。
強すぎる威力は安定を欠き、暴発の危険が高まるので、どうしてもリリィの望む“守るための力”には向いていなかった。
そんなリリィの肩を、ルルーシュがポンポンと叩く。
「リリィの魔力で助かった人もいるんだから、そんなに落ち込むことないよ。そんなに気になるなら、また僕だって制御の仕方教えるし」
「ルル君……えへへ、ありがとうございます」
二人が初めて出会った時に起こった、ベラ熱の一件。あの時、リリィの膨大な魔力量が無ければ、患者達も、そして帝国の工作員に襲われたルルーシュとて無事では済まなかっただろう。
そのことを告げて励ますルルーシュに、リリィが元気を取り戻し、またも和やかな雰囲気が流れる。
先ほどと全く同じ流れに溜息を零しながら、試験官は手元の記録用紙に視線を落とした。
「……今年は、中々に尖った生徒が多いようだな……はてさて、どうなることか」
期待と不安の入り混じった、複雑な表情を浮かべながら。
試験官は、一人呟くのだった。




