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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第三章 空に憧れた少女
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第七十五話 それぞれの未来へ

「ふふ、お爺様、あの子達、上手くやったみたいよ」


 魔導城の二階、その外向きに存在するバルコニーにて、一人の少女が果実ジュースを手に祖父へと語りかける。

 紫色のウェーブがかった髪に、猫のように鋭い金色の瞳を持つ彼女の名は、シルヴィア・ウィル・ランドール。

 先々代当主が王弟という立場だったために公爵の地位を与えられた、由緒正しき王家の血筋に連なる人間である。


「ふん、やはり魔王崇拝者も大したことはない、ただのテロ集団だな。あのような幼き少女に負けているようでは、魔王復活になど届くはずもない」


 ぐびり、と忌々しげにワインを飲みながらそれに答えるは、トールギス・ウィル・ランドール。ランドール家現当主だ。

 とうに五十を超えた年齢ながら、その肉体は程良く引き締まり、全く衰えを感じさせない彼だが、今ばかりは苛立ちによってその顔に深い皴が刻まれている。


「あまり苛々しては体に毒ですよお爺様。せっかく生きているのですから、楽しまなければ損です」


「シルヴィはいつでも前向きだな。いや、そうだな、あまり連中に期待し過ぎるのも考えものだ、ここは素直に、当初の目的通り動くとしようか」


 孫娘に諭され、柔和な笑みを浮かべながらトールギスは語る。

 実のところ、彼は魔王崇拝者達の暗躍も、彼らが帝国の間者と通じていることも、早い段階から掴んでいた。

 それをセヴァン達に告げず、こうして黙認していたのは、ひとえに西部貴族達の危機感を煽るため。


 チェバーレ帝国を叩き潰す、そのための下準備の一つだ。


「その意味では、君達ランターン商会はよくやってくれている。お陰で、既得権益に溺れ新規開発を怠っていた連中も、以前のように新しい軍艦の研究に動き出すだろう。なぁ、ルルーシュ・ランターン殿」


「……光栄です、閣下」


 目を向けることなく言葉をかけられ、トールギスの背後にいたルルーシュは恭しく礼を取る。

 そう、かつてランターン商会に軍艦の建造を持ち掛け、貴族に祭り上げた人物こそ、このトールギスなのだ。

 その目的は、軍艦事業に携わるライバルを増やすことによる、競争の激化。

 ストランド王国の軍事力を、より高めるための一手だった。


「しかし、此度の事はなぜ教えてくださらなかったのですか? まさか私の婚約者に危険が迫っていたとは夢にも思わず、危うく私も巻き込まれに行くところだったのですが」


 そんな彼に対し、ルルーシュは疑問を呈する。

 危うく死ぬところだった、と非難しているようにも聞こえるが、実際は違う。

 うちの婚約者リリィに手を出すな、と暗に釘を刺しているのだ。

 それが分かるからこそ、トールギスは嗤う。


「そうだな、あの娘がいなければ、ランターン商会とアースランド家との繋がりも切れ、せっかく軍事産業に引きずり込んだのが無駄になってしまう。だが、今日話した限り、あの当主も未だ保守的な考えが根強い。帝国との和平など、実現しようはずもないというのに」


 心底馬鹿にしたような口調で、トールギスはカロッゾを非難する。

 帝国と王国とは、長年に渡りその宗教上の理由や、国境にもなっているコルド大河沿いの肥沃な土地を巡って争い続けて来た犬猿の仲だ。

 近年では、何とか和平の道を探ろうという動きも強まっているが、彼からすればそんなことを言う連中は、危機意識が足りていないとしか思えない。

 あの帝国が、唯々諾々と和平など受け入れるはずがないのだ。


「だからこそ、少しばかり娘が危険な目に遭って貰った方が、話も進めやすいと思ったのだ。無論、街には我が公爵家の手勢も潜んでおったし、いざとなれば助けてやるつもりだったとも。君は私の大事な取引相手なのだからな」


「……ご配慮、感謝します」


 口ではそう言うが、どこまで本気だったかは怪しいとルルーシュは感じていた。

 とはいえ、それを口に出して指摘するようなことはしない。

 今のランターン商会が持つ力では、公爵家には到底太刀打ちできない以上、表向きだけでも忠実な飼い犬のフリを続けなければならないのだ。


「では、婚約者の様子も気になりますので、私はこれにて」


 そう言って、ルルーシュはその場を後にする。

 肩越しにその背中を見送りながら、トールギスは「青いな」と呟いた。


「実益よりも愛を取るか、それは確かに尊いが、商人にはあまり向いていないな、彼は」


 あくまで一個人としてなら好ましいが、と内心でのみ呟いた彼は、愛しい孫娘へと顔を向ける。


「さて、私もそろそろ行かねばならないが、シルヴィはまだここにいるかね?」


「ええ、せっかく眠気を堪えてこんな時間まで起きていたんですもの、もう少し、この夜明けと共に余韻に浸っていますわ」


「そうか、風邪を引かないように気を付けるのだぞ」


 本当に、その間だけルルーシュと会話していた時とは別人のように柔らかい態度で接したトールギスもまた、その場を後にする。

 残されたシルヴィアは、顔を出し始めた東の空を眺めながら、一人呟く。


「彼も、スクエア家の子も、みんな面白いけれど……私としては、やっぱり“彼女”が一番面白かったわね。あの曇りのない眼、明るい笑顔、どれも全部、とっても可愛い」


 くすりと、笑みを零す。

 その表情は、お気に入りの玩具を前にした子供のようでもあり、獲物を前に舌なめずりをする猛獣のようでもあった。


「彼女と次に会えるのは、学園かしら? とすると、三年後かぁ……ふふ、どうやって遊ぼうか、今から楽しみね」


 そう言って、彼女はテーブルの上に手を伸ばす。

 夜食用のおつまみとして、会場から持ってきたフライドポテトを一つ抓み、それを口に含む。


「ふふっ、美味し。……私があなたの全てを手に入れるまで、どうか元気でね、リリアナ・アースランドちゃん」


 ぺろりと手についた油を舐めながら、シルヴィアは戦闘が行われていた遥か遠い町の一角を、いつまでも眺め続けていた。






 魔王崇拝者達との激闘の後、リリィはしばらく寝込むハメになった。

 元々、風邪を引いた直後の病み上がりだったところに、あの激しい戦闘で傷だらけになったため、思い切りぶり返してしまったのだ。

 そのせいで、晩餐会はとっくに終わったにも拘わらず、いつまでも侯爵領に居座ることになり……ようやく体調が戻って帰れる状態になる頃には、一週間も経っていた。

 そして、ついにアースランド家の面々もまた、自領へと帰る日。

 スクエア家の三人、セヴァン、モニカ、マリアベルの他、魔道具の試験で知り合ったローラントや、リリィが寝込んでいる間にオウガの散歩を買って出てくれた者、更にはカロッゾがかつて肩を並べて戦った者など、西方騎士団の面々からも、少なくない見送りがやって来た。


「うぅ、ひぐっ、リリアナさん、行っちゃうんですね……」


「いや、そんなに泣かなくても、また会えますから」


 手を繋いだまま号泣するマリアベルに、リリィは苦笑しながら答える。

 背中を預け、共に危機を乗り越えた者同士、二人はより一層仲良くなり、帰ったら文通しようという約束まで取り付けていた。

 別れは確かに寂しいが、何もそこまで泣かなくてもと困ったようにリリィは言う。


 ……自分がこの侯爵領に来る前は、母や兄と少し離れ離れになるだけでゴネにゴネまくったことなど、ものの見事に棚上げである。


「閣下、今回は長らくお世話になりました。家人一同、感謝しております」


「こちらこそ、うちの不手際で色々と迷惑をかけてしまってすまなかった。また改めてお詫びをしたいから、いつでもうちに遊びに来てくれ」


「はい、是非ともそうさせていただきます」


 セヴァンとカロッゾが握手を交わし、再会を誓い合う。

 口調こそ周囲の目を意識した固いものだったが、そのやり取りはとても気安く、どれほどお互いに信頼し合っているのかよく分かる。


 そんなやり取りを横目に、最後にモニカが前に進み出た。


「リリアナさん、今回はありがとう。お陰で、マリアも大分明るくなったし、また前みたいに姉妹で気兼ねなく話せるようになったわ」


「いえいえ、私は自分のやりたいようにやっただけですから、気にしないでください」


 いつも通りの冷たい目付きながら、どこか温かな声色でお礼を言うモニカに、リリィは謙遜するように手を横に振る。

 そんな態度に苦笑しつつ、モニカは少しだけ表情を引き締め、リリィの耳元に顔を寄せた。


「だから、お礼というほどでもないけど……これは忠告よ。あなたのあの戦い方、体への負担が大きすぎる。魔力嵐と魔力剣、実戦ではせめてどちらか一方にするか、もう少し真っ当な魔法や剣技も習得することね。でないとあなた、そう遠くないうちに体を壊すわよ。比喩じゃなく、本当の意味でね」


「……はい、ありがとうございます」


 モニカの忠告に、リリィは神妙な表情で頷く。

 そんな二人のやり取りを見て首を傾げるマリアベルに、何でもないと適当に誤魔化しつつ、リリィは後ろで待機していたオウガに飛び乗った。


「あの、リリアナさん!」


「はい、なんですか?」


 そんなリリィに、マリアベルが涙を拭って声をかける。

 オウガの背に跨ったまま首を傾げるリリィに対し、マリアベルは少しだけ逡巡すると、意を決して口を開いた。


「私、これからはもっと、もっと頑張りますっ! それで、いつか必ず、立派な魔導士になりますから……その時は、また私の魔道具、使ってください!」


 ここに来てからずっと、自虐ばかりで自分に自信が持てなかった少女による、心からの願い。

 それを受けて、リリィもまた笑顔で答える。


「はい、マリアベルさんが作ってくれる最高の魔道具、楽しみにしてますね!」


 輝く太陽のようなその微笑みに、マリアベルは思い出したかのように羞恥を覚え、顔を逸らす。

 いじいじと、肩に掛かったサイドテールを弄り回す姿に微笑みながら、リリィは改めて声を上げる。


「それでは、マリアベルさん、他のみなさんも、お元気で!」


 手を振って、リリィ、カロッゾ、バテルの三人は魔導城を後にする。

 ゆっくりと街中を外に向かって移動する最中、これまた見覚えのある顔から見送りがあった。


「貴族のねーちゃん、帰るのか? また来てくれよなー!」


「嬢ちゃん、またうちの芋、買いに来てくれよ! とびっきり美味いの用意しておいてやるからよー!」


「はい! お二人もお元気でー!」


 オウガのインパクトが大きかったのか、その親子以外にも、何人もの領民達が温かな声で見送ってくれる。

 そんな優しい侯爵領の人々に、いつまでも手を振り続け。

 リリィ達は、懐かしの故郷に向けて帰っていくのだった。







「……あ、みんな、カロッゾ様達が戻ったぞ!」


 侯爵領を出て四日。

 ゆっくりとしたペースで、途中休憩を挟みつつ来たことで馬車酔いにもならず、リリィは無事、アースランド領に戻って来た。

 いち早く気付いた村人が、他の人々に知らせに行くのを見ながら、リリィは懐かしの森の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「戻って、来たんですね……」


「リリィ!」


 そうして感慨に耽っていると、この日に戻ることを事前に伝えてあったのか、思っていたよりも随分と早く、リリィが一番に会いたかった人が出迎えに来てくれた。

 それを見るなり、リリィはオウガの背から飛び降り、自らの足で駆け寄っていく。


「おかえりなさい、リリィ」


 無言のまま胸に飛び込んで来た娘を、カタリナは優しく受け止める。

 しばしの間、ぐりぐりと顔を擦り付けて、懐かしい温もりを堪能したリリィは、満面の笑顔と共にその言葉を口にした。


「ただいま!」








 ――スクエア侯爵領、魔導城地下。

 普段は誰も立ち入ることのない、闇と静寂に包まれたその場所には、特殊な犯罪者達を捕らえるための地下牢があった。

 その特殊な犯罪者とは、魔導士。

 たとえ手足を封じようと、口を塞ごうと、魔力と集中する時間さえあれば魔法を発動し、どのような壁も破壊し脱獄してしまう存在を拘束しておくための機能が、この場所にはある。


 そんな場所に今、幾人かの人間が収容されていた。


「おのれ……おのれ……おのれ……」


 魔王崇拝者を自称する、今回の魔導城襲撃の主犯者達。

 リリィとマリアベルによって撃破された彼らは、後ほどやって来た西方騎士団の面々によって捕らえられ、この地下牢に放り込まれていた。

 この場所には、壁一面に絶魔石が埋め込まれ、地下牢全体の魔法行使全てを妨害するような作りになっている。

 その上で、犯人達は手足を絶魔石製の枷で固定され、もはや魔法の使用はおろか、魔力の制御すら覚束ないほど厳重に隔離されていた。


「許さない……許さない許さない許さない!! 奴らめ……必ず、必ずやこの借り、倍にして返してくれる……!!」


 そんな場所で、早数日。男はずっとこの調子で、怨嗟の念を吐露し続けていた。

 彼にとっては、魔王の復活のみが救い。

 貴族に騙されて膨大な借金を背負わされ、愛する妻と娘を端金で奪い取られ、最期は無残な姿になって戻って来た。そんな彼女達を見て、この国の貴族全てを破滅させると誓ったあの日から、それだけを目標に生きて来たのだ。

 それを。


「マリアベル・スクエア……そしてリリアナ・アースランド!! あのような小娘共が、我々の崇高な計画を邪魔するなど、あってはならないのだ……!!」


 たった二人の、十歳にも満たないような子供によって邪魔された。

 全てを失った立場で、文字通り死に物狂いで訓練して身に付けた力の全てを、木端微塵に粉砕されたのだ。

 それは復讐のみを糧に生きて来た彼にとり、とても許容できることではなかった。


 いや、それは何も、彼に限った話ではない。この場に捕らえられた者全てが、多かれ少なかれ同じような想いを胸にこの作戦に参加していたのだ。


「必ず……必ず……!!」


 だからこそ、直接口には出さずとも、彼のその言葉は他の男達にとっても共通するものだった。

 不気味なまでの妄執に取りつかれた彼の独白に、スクエア家付きの看守達も気味が悪いとあまり近づかないのだが、今日ばかりは少し違った。


「やあ、マーフェイ。どうやら、手酷くやられてしまったようだね」


 そんな彼に、声をかける人物が現れたのだ。

 その親しげな声に男は顔を跳ね上げ、歓喜の声を上げる。


「おおっ、司祭様……!! 我らを助けに来てくださったのか!!」


「当然だろう? 僕らは同じ道を歩む同志なんだ、仲間は一人たりとも見捨てたりしないよ」


 その甘い言葉に、マーフェイと呼ばれた男は感涙にむせぶ。

 裏切りによって全てを失った彼にとって、その司祭だけがこの世界で心から信頼できる唯一の存在だった。

 だからこそ、マーフェイは次の瞬間、その場に平伏し、地面に額をこすりつける。


「申し訳ありません!! 司祭様より与えられた任務も果たせず、この体たらく……!! いかような処分とて受け入れます!!」


「いいよいいよ、ああ、君達も頭を上げたまえ、別に僕は怒ってなどいない、むしろ感謝しているんだよ」


 一斉に平伏する彼らを前に、司祭はあくまでも優しく声をかけ続ける。

 まるで、ひび割れて壊れかけた心の隙間にじっとりと入り込む、毒のように。


「“血”が手に入らなかったのは残念だけど、あれはいくらでも代用の効く代物だ。むしろ、最大の懸念だった“魔力”について存在が確認できた事実は大きい。あれなら、間違いなく我らの神へ捧げる供物として十分な代物となるだろう」


「では、ここを出たら、すぐにでもヤツを……!!」


「いや、それはまだだ」


「なぜですか!?」


「まだ、時期ではないからだ。確かにアレは素晴らしいが、まだまだ育つ余地が残っている。復活を完全なものにするためにも、念には念を入れたい。幸い、必要な触媒だってまだまだ揃えるには時間がかかるんだ、しばらく様子を見るべきだろう」


「……分かりました、仰せのままに」


 先ほどとはまた違う、了承の意を伝える平伏を見て、満足気に頷いた司祭は、「おっと」と苦笑混じりに呟く。


「長話もいいけど、いくら僕でもあまり長居していては彼らにバレる。手早く脱出するとしようか」


 司祭が軽く指を振るうと、それに合わせて地下牢が砕け、彼らの枷が次々と外れていく。

 魔法がほとんど使えないはずのこの場所で、何の苦もなく魔法を使ってみせたその技量に、マーフェイらは崇拝の眼差しを向ける。


「では、参ろう。我らの悲願達成までの道のりは、まだまだ遠い」


「はい!!」


 次の瞬間、司祭とマーフェイら魔王崇拝者達は、その場から忽然と姿を消す。

 こうして、彼らはスクエア家の誰にも捕捉されぬまま、ストランド王国のどこかに身を隠してしまう。


 いつの日か、準備が整うその時まで。

 はい、これにて第三章終了です。次回からは第四章、ついにリリィも学園に入学します。

 いやー、長かったですね、学園タグを入れて投稿を始めてから実に4か月。本当に長かった。

 ……いやすみません、当初の予定では第二章から学園に行くつもりだったんですが……あれやこれやと書きたいシーンを連ねていたら、追加で二章分も挿入するハメに。どうしてこうなった。

 とはいえ、そのお陰(?)で何とか主要な勢力と登場人物が一通り揃ったので、これからはペースアップして物語を進められるはずです! お楽しみに!


 ……あ、ペースアップと言った傍からなんですが、次話からは元の週1~2回更新に戻りますので、ご了承ください(汗)

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