優しい偽りの世界
「魔王様、次代の勇者が召喚されました。如何なさいますか?」
仮面の魔術士が玉座に座る女に告げる。
「……前の勇者が帰還してから150年ぶりかな。今まで何人の勇者と戦って送り帰したか、もう覚えてないや」
豪奢な玉座に長く魅力的な肉付きの良いしなやかな脚を組んで片肘を着き気怠げに呟くは絶世の妙齢の美女。
足元まで長く伸びた濡れ羽色の艶やかな黒髪。
装飾が煌びやかなマントを翻し揺れる豊満な両胸は漆黒のボンテージスーツを押し上げるほどたおやか。
「彼らにはいつものように段階ごとに魔物と戦ってもらって強くなってもらう。いずれボクと対等ぐらいに戦えるようになれば合格だ。その後は力を解放させて元の世界に送り帰らせる。いつものように、ね」
魔王と勇者の二つの資質を持つ"彼女"が足りない分を補えば勇者の犠牲は必要ない。
自身にかなりの負担を強いるが、それで力の均衡が保ち世界のバランスが調整される。
「了解しました。監視役のルミナ、ルイナに伝達いたします」
仮面の魔術士は恭しく頭を下げる。
「ああ、ルキナ。キミの核がだいぶ劣化しているね。ボクの魔力を補充してあげよう」
「ありがとうございます。魔王様」
玉座に座る魔王が立ち上がり足元に片膝を着いた魔術士が仮面を取る。
そこには無表情だが、かつてルーナと呼ばれた少女と同じ顔があった。
「……キミは一番彼女たちの中でも古いタイプだから核の劣化が早いんだ。少しでも不調を感じたら報告するように」
ルキナと呼ばれた少女の下げた頭に手を添えると、魔力の波動が流れ込む。
「了解致しました。魔王様」
そして魔術士の少女は再び頭を下げて魔王がいる広間から去っていった。
魔王は玉座に座り直すと懐からある物を取り出す。
それはスマートフォン。
魔力を流し込むと電源が入り画面が光り映り出す。
本来のスマートフォンとしての機能は無論使えない。この世界にネットなど存在しないからだ。
だがフォトギャラリーは使える。
画面をスワイプして保存してある写真を見た。
そこには恥ずかしそうにする少年と和かに微笑む少女とがツーショットで写っていた。
どれほど時が経っても色褪せない記憶。
「……ルーナ姫、ボクは大丈夫だよ。キミが生きた世界はボクがずっと護るから。だからキミは安心してこれからのこの世界を見ていて」
長い、とても長い年月が過ぎていた。
国が変わり人が変わりあらゆるものが忘れ去られていく。
語り継がれるは古き魔王の伝説と立ち向かう勇者の英雄譚。
時は巡り続ける。
遥かなる想いを胸に抱いて。




