発端 #2
「由美ちゃんてさぁ。バスケとかやんないの」
いつの間にか由美の傍に座っていた剛ちゃんが、関係なさげな話を持ち出した。
「私、運動苦手なので」
消え入りそうな声で由美が答える。
「剛ちゃん。由美を代わりに入れて、休もうとしてんじゃないの。だめだよ、由美
がスケッチするんだから」
「いや、そうじゃなくて。四人で一緒にできれば、楽しいのかなって思っただけ」
あーそうか。剛ちゃんの言いたいこと分かった。
由美って、最近は四人の中で浮いてる感じなんだよね。
四人で何かやる時でも、一人で見てることが多い。その事、気にかけてんのね。
剛ちゃん、ありがとう。
「四人で一緒にやれることねぇ」
「私、皆といるだけで楽しいよ…」と遠慮がちな由美。
なんでもありのような気もするけど、由美も得手不得手があるからなぁ。
「そうだ。皆、漫研入らない。漫画研究会。今、私と由美だけでやってるの」
「漫研? 俺、絵下手だからな」
「知ってる。剛ちゃんには期待してないから」
「なんだよ」
剛ちゃんが、持ってたバスケボールをワンバウンドで当てて来る。
痛っ。でも、今はそんなの無視。
「ねぇ、ねぇ。岳くん。漫研入らない」
「漫研かぁ。ごめん、俺。漫画は…駄目なんだ」
「えーっ!? 上手いのに」
「ちょっと訳け有りでさ、親に止められてる。ほんと御免」
「んーん。期待したのにぃ」
由美もなんだか残念そう。
「じゃあさ。こんなのは」
剛ちゃん、意味深にニヤついてる。
「皆で勉強して検定や資格とりまくるの。英検、数検、漢検とか。勉強クラブ」
「それじゃ、私だけ仲間はずれじゃん」
と文句を言うと。
「へへっ。知ってて言いました」
と憎まれ口。
このっ、とばかりにさっきぶつけられたバスケボールを投げ返す。
剛ちゃん、スルリと身を翻して避けると、ボールは屋上を転々。
悔しい、外れた。
「もう、真剣に考えてたのに。休憩おしまい。さっきの続きやるよ」
やれやれ、といった体で剛ちゃんがバスケコートに向かって歩き出す。岳くんが
それに続く。
私は、さっき投げたボールを取りに、コートと反対方向に歩き出す。
すると、
「ナッチ」と由美が声をかけてきた。
振り返って「なに」と聞くと
「音楽にすれば」
「えっ」
「さっき四人でやれる事って言ってたでしょ。だから、音楽」
「カラオケ?」
「ううん、四人で音楽やるの。バンドとかコーラスとか」
「いいね、それ。由美は声が綺麗だし、歌うまいし」
ナイスアイデアだよ。由美。
これなら、由美が中心でやれる。私だって歌うのは好きだ。剛ちゃん岳くんも、
何度か一緒にカラオケ行ったけど、歌は下手じゃない。
早速、男子たちにも知らせよう。
「おーい。男どもー」
バスケコートに歩いていく剛ちゃんたちを呼び止める。
「ナッチ、待って。まだ何も…」
「いいから、いいから。善は急げなのよ」
こういう時、すぐ動ける私って捨てたもんじゃない。
剛ちゃんたちが戻って来るのももどかしく、私の方から走っていく。
「あのね。由美がみんなで音楽やらないかって」
「カラオケ?」
と剛ちゃん。それ、さっき私が言った。
「四人でバンドやらないかって。とにかく、こっち来て」
由美のところに戻って、私が由美に代わってバンドのアイデアを披露する。
「ジャンルは?」
「これから考える」
「パートは?」
「ボーカルは由美、他はこれから考える」
「練習場所は?」
「これから考える」
「なんも考えてねーじゃねーか」と口をへの字にする剛ちゃん。
「だから、これから考えるんだってば」
真っ赤になった頬を両手ではさみ、困った顔の由美。
岳くんは腕組みして、剛ちゃんと私の掛け合いを真面目な顔で見ていたけれど、
ここで助け舟。
「これから考えるで良いんじゃないの。お互いの感性まだ知らないし。俺は参加」
「ありがと、岳くん」
剛ちゃん、んんんと唸り「じゃぁ。俺も」と続ける。
「剛ちゃん、楽器なにか出来んの」
「おれは、まぁ。ギターかな」
「岳くんは、何かできる」
一瞬、岳くんが恥ずかしそうに笑みを浮かべ、一拍おいてから
「ピアノ」
と、あらぬ方を見やりながら答える。
へー。かなり意外。
「母親の影響でさ、むかし習ってたんだ」と言い訳のように付け加える。
「ナッチは何ができるんだよ」と剛ちゃん。
「私? 何もできないから、これから練習する。何がいいか教えて」
全員ずっこける。
まあ、こんな感じで決まっていない事だらけ。
どんなジャンルの曲を演るのかって段になっても、ボーカル候補の由美が
「思いつきで言ったんで、直ぐには決められない」
と尻込みする始末。
折角のいいアイデアだけど、雨散霧消するかのと思った。
だけど、岳くんが
「最初の『演りたい』って気持ちを大切にすりゃ、そのうち決まってくよ」
とまとめてくれて。
ジャンルは由美と私で考える。パート割は岳くんと剛ちゃんで考える。
という役割分担になった。
早速、岳くんは剛ちゃんの家で、ためしにギターを触ってみる事になった。
岳くん器用だから、ギターもすぐ弾けるようになるんじゃないかな。
私のパートはというと…。
こればかりは私一人で考える他はない。
ああ、よかった。由美のこと、実はずっと気になってたんだ。
由美とは一年で同じクラスになって仲が良くなった。一年の時は由美と私が一緒
に行動することが多かった。
二年になり剛ちゃんと岳くんとも同じクラスになった。剛ちゃんは、幼馴染みの
気安さで私に掛け合いを仕掛けてくる。剛ちゃんと岳くんは仲がいいので岳くんと
絡む機会も増えてくる。
結局、私、由美、剛ちゃん、岳くんが一緒にいる事が多くなったのだけど、大人
しい由美だけ、輪から外れて行く感じになってるのが、心に引っかかっていた。
もし、四人でバンド組んで演奏できる事になったらとても嬉しい、そうまで成ら
なくても、四人が共通の目標を持てるのは、とても素晴らしいことだと思った。
でも…。この事が、却って試練になるなんて、この時の私には想像することすら
出来なかった。