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ふたりの。  作者: 須羽ヴィオラ
発端
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6/49

発端 #1

 ここで、時計の針は三日前に巻き戻る。


 ダムッ、ダムッ、ダダムッ、ダムダムッ。

 ドリブルが奏でるビート。

 手のひらが受け取るバスケボールのざらつき。


 体をよじらせ、ディフェンスの腕を掻い潜ってのワンハンドシュート。

 腕に伝わるボールの重み。

 ギャシャーン。ボールとゴールリングがぶつかり合う響き。


 フェイントで躰を振り動かす度に弾け飛ぶ汗、うなじを叩く髪。

 全ての感触が懐かしい。何より自分がバスケのリズムを覚えている事が嬉しい。


 これで、体育館の床を噛むキュキュキュというシューズの音があれば完璧。

 だけど、残念な事にここは校舎の屋上にあるバスケットのハーフコート。

 今そこで汗だくになりながら、オフェンスが岳くんと私、デフェンスが剛ちゃん

で2オン1をやっている。


 デフェンスを背負ってのドリブル、左、はフェイクで脇を抜くワンハンドパス、

が岳くんに通って、スリーポイントが決まる。

 岳くんドリブルで剛ちゃんを左右に振ってからシュート、に見せてのノールック

のバウンドパス、が私に通ってランニングシュート。これも決まった。

 ほんと、岳くんて何やらしても様になるよね。帰宅部にしとくのが勿体ない。


「お前ら何本シュート決めてんだよ。そろそろ代われよ」

 剛ちゃんが肩で息をしながら、タイムのコール。

 あんまり気持ち良いんで、シュート5本で攻守交代する約束を忘れてた。

「じゃぁ次、剛ちゃんオフェンスで、岳くんデフェンスね」

「ちょっ待っ、さっきからナッチはオフェンスばっかじゃん。たまにはデフェンス

やれよ」

 あら、気がついちゃったの、そこに。しょうがないわね。

「たっぱが違うんだから、デフェンスなんか出来ないよ。頭の上パス通されたら、

手ぇ届かないじゃん」

 と反論。

「そんなことしねぇって」

「男子のボール使ってるのハンデだしぃ。スカートもハンデだしぃ」

「スカジャーにしろよ」

 剛ちゃん食い下がる。

「かっこ悪いから嫌だしぃ。ジャージ持ってきてないしぃ」

 私も反撃の手を緩めない。

「わかった、わかった。もう、ナッチはオフェンスでいいよ」

 やった。私を言い負かそうなんて、剛ちゃんには十年早いのよ。


「ところで、そろそろ休憩にしないか。日中の屋上はやっぱキツイ」

 岳くんが、落ち着いた声で割ってはいる。

「そうだね」

 私は、離れた日陰の下で体育座りしながらスケッチ中の由美に声をかける。

「由美ー。休憩するけど、いい?」

 由美が両手で頭の上に丸を作る。


 そもそも、なんで私たちが初夏の昼日向に、屋上なんぞでバスケをやっているか

と言うと、由美画伯の御要望によるものなのである。

 私は由美と一緒に漫画研究会をやっている。とはいえメンバーは由美と私だけの

非公認同好会。高校に入って由美と仲良くなって、彼女が休み時間に漫画を描いて

いるのを見て、勢いで作ってみた。

 でも、由美が人見知りなのと、私が勧誘活動に積極的でないのが相まって、会員

は最初のまんま。それに、実際に漫画描いてるのは由美だけで、私はトーン貼りか

ベタ塗りの手伝いくらい。

 由美が、次はバスケ漫画を描きたいって言うんで、私たちがモデルになってると

いう訳。


 三人は日陰を求めて由美の方に歩き出す。

「ナッチ。あんだけバスケ上手いだから、バスケ部入ればいいのに」

と剛ちゃん。

 あー、それはあんまり聞かれたくない事なんだよね。剛ちゃんは中学の時、日本

に居なかったから、事情を知らないんだろうけど。

「んー。ちょっと、いろいろあってね」

 とお茶を濁す。

「ふーん」

 と返事を返す剛ちゃん。

 ここで根堀葉堀聞いたりしないのが剛ちゃんの良いところだ。


「はい、これ」

 日陰に入って由美の隣に腰を下ろすと、ミネラルウォータを渡された。

 ペットボトルのキャップを取り、一気に半分まで飲み干す。

「ハイッ。御褒美」

 遅れて来た剛ちゃんと岳くんに、新しいペットボトルを投げ渡す。


「由美。どんな具合」

 残りの水を飲みながら、由美のスケッチブックを覗き見る。

「まだ、途中」

 と言いながらも、画用紙の上には幾人もの人物スケッチが描かれている。


 ドリブル、パス、シュート、ジャンプ。躍動感があって紙面から飛び出してくる

ようだ。モデルはみんな岳くん? あっ、剛ちゃんも混ざってた。次の漫画は男子

バスケの話なのかな?


「ねぇ、ねぇ。俺にも見せて」

 剛ちゃんが横から割ってはいる。

「あっ、途中だから駄目です」

 由美が慌ててスケッチブックを胸に抱え込んでガードする。

「いいじゃん。見せてよ」

 赤い顔の由美が、ブンブンと首を横に振る。

 下手だな、剛ちゃん。由美のことはもっと、お優しぃく、お丁寧に扱わないと。

こうなったら、もう見せてくれないよ、由美は、きっと。

「ごめん。ごめん。じゃぁ、いいよ」と剛ちゃんが引き下がる。


 入れ替わるように、岳くんが由美の前にしゃがみ込む。

「あまり他人には言ってないんだけどさ。俺も昔は漫画かいてたんだ。よかったら

由美ちゃんの絵、見せてくれない」

 由美は少し驚いたような顔をすると、スケッチブックを胸から離し、岳くんの前

に広げてみせる。

 あれ? 由美、岳くんに対してはハードル低いのね。漫画家つながり?

「瞬間の動きを描くが上手いね。重心を微妙に外して躍動感が出てる」 

 ふむふむ。岳くん、的確な論評だ。

「上手くないです。全部我流なんで…」

「タメ口でいいよ。付き合い長いんだから」

「う、うん…」

「スケッチブックと鉛筆貸してくれる」

 岳くんが、画用紙の上に何か描きつける。


「由美ちゃんのつもり。似てなかったら御免ね」

 岳くんが返した画用紙には、体育座りでスケッチする由美の絵が描かれていた。

 由美の描いたデッサンがリアルな劇画調なのに対し、岳くんのは二頭身のギャグ

漫画風。でも、由美の雰囲気がちゃんと出てる。

「うまいね」と由美も笑顔になる。

 ほんと、岳くんってば底知れぬ才能の持ち主だ。

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