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ふたりの。  作者: 須羽ヴィオラ
波紋
34/49

波紋 #1

 七月の三連休が終わった。夏休みまで残り一週間を切っている。

 残念ながら私の場合、最初の一週間は勉強の遅れを取り戻すキャッチアップ補習

へ出席することになっている。

 けれど、補習が有るにしろ無いにしろ、夏休みはやってくる。

 ああ、夏休み。なんという甘美な響きだろう。

 来年は受験に向けて休みが休みで無くなるだろうから、高校二年の夏休みこそ、

本当の意味の高校最後の夏休みといっても過言ではない。

 さぁ、思いっきり羽を伸ばすぞ。


 となる筈だった。今日の日を迎えるまでは…。

 私は今、何となく鈍い足取りで学校へ向かっている。それはジリジリと肌を焼く

太陽のせいなどではない。

 茉菜と剛ちゃんが交際している。その事実が、私の心にのし掛かっている。

 茉菜と私の世界では、微妙な違いはあるにせよ、大体において似通った出来事が

起きるようになっている。だとすると、いずれ私と剛ちゃんも交際を始めることを

意味してはいないだろうか。

 それが今日なのか明日なのか…。

 いや、必ずしもそうとも限らない。こちらの世界では、剛ちゃんと友達のままで

いられる未来が待っている可能性だってある。

 こちらの世界の未来がどうなるっているの、私には分からない。


 剛ちゃんの私に対する気持は、聞くことができるかもしれない。

 (直接本人に尋ねるなんて、恥ずかしくて出来そうにもないけど…)

 でも、確かめたら確かめたで、そのことによってきっと未来は変わってしまう。

この前の、ソフトボールの試合のように。

 私は、剛ちゃんと友達のままで居たいのに…。このままで居るために、いったい

私は何をすればいいんだろう。何をしなければいいんだろう。 


 とにかく今の私は、あたかも宿題を忘れて怒られるのが分かっていながら、学校

へ向かう小学生のような気分だ。

 もうすぐ、由美との待ち合わせ場所だ。そして、その直ぐあとに剛ちゃんたちと

会うことになる。

 私…どんな顔で剛ちゃんと会えば良いんだろうか。誰か教えて欲しい。

 ああ! 茉菜! 今すぐ私と入れ替わって…。


「おはよう。ナッチ」

 考え事をしていた私の背中を、いきなり由美にド突かれた。

 ワッ! ビックリした。いつにも無く元気だな、今日の由美。

「お、おはよう。凄くうれしそうだけど、なんか良いことあった?」

「うん。まあね」

 どうしたの。由美? 私が今みたいな台詞を吐いたら、いつもアセアセと慌てて

否定してみせるのに。

 一体なにがあったの? と訊くと、ヒ・ミ・ツと返された。

 今日の由美は眩しいほどに輝いている、私が影に追いやられてしまうくらいに。


「なになに」「ヒミツ」のやりとりを、じゃれ合うように続けながら歩く。

 リンリン。ベルの音と共に二台の自転車が、私達を追い越して停まる。

「おはよう」

 剛ちゃんと岳くんが声を揃える。

「おはよう! 岳くん、あのさ…」

 由美が、私の存在など忘れたように、小走りで岳くんの隣りに収まる。

 先ほどまで由美とじゃれ遊んでいた私は、ポツネンと取り残される。


 入れ替わるように剛ちゃんが私の隣にやってくる。

「よう。おはよう」

「……ォは…ヨぉ」

 剛ちゃんを意識して、のっけからたどたどしい挨拶になる。

「あん? どしたのナッチ」

「ェーと…ナ、なンデも…なぃ…でス」

 デスマス調になってしまう私。

 頭と口が勝手に動いてるように錯覚に陥る。

 歩き方さえもがぎこちなくなる。このままでは、呼吸の仕方も忘れそう。


 えーと、なんか適当な話題を…。

「そうだ。ゆ…、由美…なんか急に明るくなったよネ…」

「えっ…。そ、そうか…。変わってないように…思うけど…」

 あれ。なんか剛ちゃんの受け答えがぎこちない。

「そ、それに。その話、昨日もしてなかった?」

 昨日? 話した? 失敗失敗。昨日はキス未遂事件で舞い上がってて、茉菜から

バンド練習の様子を訊いてなかったんだっけ。なんか、他の話題にしないと…。


 と思う間もなく、急に顔が火照ってきた。

『キス未遂事件』の言葉から、昨日のそのシーンが眼前に甦る。

 大写しになる剛ちゃんの顔、迫る唇が視界に重なる。

 顔の火照りが、首筋を経て全身に広がっていく。もう、耳たぶの先までが熱い。


 真っ赤な顔を見られたくない。剛ちゃんから距離を取ろうと一歩横に踏み出す、

その瞬間、私は歩道の段差に足をとられてコケそうになった。

「あぶない!」

 咄嗟に剛ちゃんの左腕が伸び、私の肩をガッチリと抱きすくめる。

 剛ちゃんと目が合う。あの時と同じだ。頭の中がボーっとする。

 視線が重なっていたのは時間にして1秒もなかったろう。でも、私の時間の流れ

では、何分ものあいだ見つめ合っていたように思えてしまう。


「ナッチ、大丈夫」

 前を歩く由美ちゃんと岳くんが心配そうに振り返る。

 その声に、慌てて体勢を立て直して、剛ちゃんの腕を振りほどく。

「だ、大丈夫」

 私が荒々しく腕を払ったので、剛ちゃんが呆気に取られている。

 だめだ、剛ちゃんに何か言わないと…。

 でも、とても目を合わせられない。私は顔をあらぬ方を向け、

「…ありがとう…」

 と口を動かす。声がしゃがれたので、剛ちゃんの耳に届いたろうか?


 その後、私と剛ちゃんは一言も発せぬまま並んで歩いた。

 剛ちゃんが前を向いている隙に、私は剛ちゃんの顔を仰ぎ見る。

 剛ちゃんとの身長差は二十センチほど。小学校時代の感覚で、自分と同じ程度の

背丈のイメージが残ってるけど、本当は私よりずっと上背がある。

 肩幅だって、がっしりしているし、腕の太さだって…。

 さっき抱きすくめられたときの感覚が、今も左の肩に残っている。


「なに?」

 私の視線に気がついたのか、剛ちゃんが私の顔を覗き込む。

 私は慌てて顔を背ける。

「な、なんでもない」

 剛ちゃんと眼差しのカクレンボを繰り返しながら、漸く学校にたどり着いた。

 剛ちゃんと岳くんが自転車置き場にむかうため、一旦私達と離れ離れになる。

 ハア、と溜め息をつきながら、私は肩の力を抜くことができた。

 まだ学校についたばかりなのに、凄い疲れた。この調子で、一体どうやって一日

過ごせばいいんだろう。

 空の太陽が、容赦なく周りの温度を上げてくる。 

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