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東方史萃譚  作者: 甘露
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六七一年 19 十一月五日





「あはは、ごめんね大枝。その、結局大枝山で出来なくて」

「構わない。それに、蟲毒法で生まれた奴らはかなり扱いづらいのだろう? なあ、やや」

「そうですね。逆に一度でも発動させた病猫鬼を手懐けられたら誰でも殺し放題ですよ」


何処か棘のある声でそう言うやや。華扇は苦笑いでそれを誤魔化した。

昨日徹夜させられた分が殆ど無意味だった所為だろう。そういう余り後先考えない行動をややは好まないから。


「本当、ごめんなさいね」

「いえいえ、茨木様はお気になさらず……っと、よし、これで準備は整いましたね」


ややが行っていたのは、発現させた病猫鬼に命令を吹き込むための最終動作。

標的の、中臣鎌足の身体の一部と華扇式の大陸文字の命令文を適当に並べ、最後の呪詛を唱える。

ややは場を整えた。残すのは華扇が呪詛の言葉を唱えることのみ。

そして華扇曰く、この作業が一番危険らしい。病猫鬼が暴発する可能性をはらんでいる唯一の行程だからだそうだ。



「では茨木様、宜しくお願いします」

「ええ。 ──── ■■■■、■■■■■■、■■■」



すぅ、と目を閉じ指で印を組む。此処まではぼくの知っている呪術と何ら変わりはない。

だが華扇の術は、言葉が違った。知らない音の言葉が一定の感覚で紡がれる。


「……隋の言葉? いえ……、これは、一体……?」


ややでさえ首を傾げる奇怪な発音。

その事に不安を感じない訳ではないが、華扇の表情は至って真剣であり頬には一筋の汗が伝っている。




「──■■、■■■■■■■■……奯ッ! ……ふぅ」

「上手く行ったのか」

「ええ。成功よ。ほら見て、縛られていたあの猫の怨念、身体から消えちゃって肉体が朽ち始めてるでしょ」


そう言い微笑んで見せる華扇の指が指す先には、先程まで腐臭を上げていた亡骸が急速に乾いて朽ちる様子。

どうやら病猫鬼はあの肉体から離れて行ったようだ。


「確かに」


ぼくが頷く、すると、ややが一歩前に踏み出し今にも掴みかからんばかりの形相で華扇に詰め寄った。


「茨木様! あ、あの術は一体何ですか!?

 倭流の組み方でも応用が効くのに命令文字や呪詛の句があれほど違うって、意味が分かりません!」

「違うわやや、倭のに応用を利かせたんじゃないの、こっちが元なのよ」


あっけからんとそう言う華扇。

だがややは納得できないのか不満そうに言葉を続けた。


「確かに術の構成自体は大陸式でしたが……ですが言葉の系統が隋の語ではありませんでしたよね!? それに炸裂音を多用する言語なんて聞いたこともありません!」

「あれはね、隋より西方の国の言葉を混ぜてあるの。蟲毒の命令自体は簡単なのは分かるわよね? 怨念の存在意義を標的への復讐に上書きするだけだから。

 だから私はより命令一つに込められる意味の強い言葉を混ぜただけなのよ」

「そ、そんな方法は邪道では!?」


良く分からないが、つまり華扇はより簡単に強い術を発動させようとしたと言う事だろうか。

ならば何故、ややが華扇にくってかかるかぼくには今一度理解できない。


「王道では無いわね。まあ、私の大陸でのお師匠の方針だったのよ、効率化って」

「効率化を目指すって……。失礼ですが、茨木様はお師匠様から何を学ぼうと師事したのですか?」

「……道教よ。さて、この話はもういわよね? さっさと術の安定化に移りましょ?」


首を傾げるややを後目に、華扇は失敗したとでも言いたげに眉を顰めると、ぼくでも明らかに分かる程露骨に話題をそらした。

有無を言わさない、鬼らしい空気にややもそれ以上言葉を続けることを諦めたのか、数瞬思考を巡らせた後、小さくややへ謝罪した。


気にするなと手を振る華扇。

その後漂う空気は、お世辞にも良いとは言えるものじゃあ無かった。



**




『十一月三日 曇り』

 結局茨木様の隠れ家で術を発動することになりました。

 昨日から思っていたのですが、茨木様の術は倭古来のソレとは違う形態、それは大陸の、道教のそれに近い術だそうです。

 大陸帰りだからと言って、態々向こうで道教を学ぶとは……。変わり種ですね、あの方。だって道教の目指す果ては人間による不老不死ですから。

 悠久に等しい寿命のある鬼に生まれた以上、最終目的が最初から達成されている様なものです。

 というか話題にされるのが嫌なら初めから学ばなければ……とも私は思いましたね。まあ、あんな居心地の悪い空気を創った自分も相当ですけど。

 なんでしょう、このやり場のないイライラ感は。


 それはともかくとして、仏に気付かれなければあと二週間の内にはあの男は死ぬでしょう。計画通りに進みそうで一安心です。   



**



「っと、言う訳でぇっ! 一時的だけどもあたしらの新たなる同志であり……。

 こいつめ憎たらしいぞぉ! 大枝のの心もばっちり掴んじゃう、しりちちふともも完全完備の呪術系鬼娘、茨木華扇だぁっ!!」

「ちょっと、星熊! その紹介はあんまりじゃない!?」


確かにあんまりな紹介に真っ赤になりながら星熊のに食って掛る華扇。

しかし星熊のはそれを冷たく一瞥すると声を荒げた。


「うるせぇっ! この泥棒鬼っ! あたしのことも考えろ! うわぁああああああんっ、大枝のぉ、あたし不憫だよぉ!」

「……もう酔ってるのか。よしよし、星熊のは偉い偉い」


怒り上戸かと思えば泣きだす星熊の。

情緒不安定にも程があるなと思いつつも、ぼくは普段あまり見ない姿に何だか可愛いなと思った。


「そ、そうか? ……えへへ」


こういう素直な反応も新鮮だ。しかし出だしから酷い事になりそうだったけど何とか……。


「……安い女」


おい何故そこで火に油を注ぐんだ華扇。


「んだとこら、手前調子乗ってると角で掘るぞ」

「やれるものならやってみなさい」

「なんだい、喧嘩? よっしゃ、いっちょ私もっ」


にやにやしながら酒を呑んでいた伊吹のまで参戦した。

もう駄目だ収集つく気がしない。

ぼくはため息を一つ吐いた。どうにも動きかねて戸惑っている配下達に向き直ると一つ声を張る。


「とにかく、今日は宴だ。姦しい奴らは置いといて死なない程度に呑みまくれ」


応、と大小高低様々な声が混ざってうわんと響いた。耳触りが良くて心地良い。

後ろで何やら不穏な会話をする鬼娘たちの声が無ければもっと良かっただろうに。


「勝者は大枝のをこの宴の内自由にできる。敗者は身ぐるみ剥がれる、いいな」

「へへへ、大枝のは私が貰った!」

「ふん、乳だけと乳無しになんて負けないわ、かかってらっしゃい!」

『お前だけは許さない、絶対にだ』


華扇まで暴走し始めた。

普段落ち着いていてもやっぱり鬼は鬼だ。

煽られると止まりやしない。


「へ? ちょ、二対一なんてっ! いいわっ、ならこっちも。やや! 加勢しなさいっ!」

「ちょ茨木様っ!? そんなとこ混じったら私死にますから!」

「死なば諸共、やや、いまこそその身を飛び道具に使う時よ!」

「無理死ぬ死んじゃうううううううっ!」


一切諸共死ぬ気の無いことが見て取れた。

なんというか、頑張れやや。


「そんなの打ち返してやんよ! 真白の、私の鈍器になれっ!」

「ふぇぇっ!? それなんて無茶振りですかっ!」

「問答無用、いっくよー! かっとべぇぇぇっ!!」


慌てる真白のの足をがっちり掴むとそのまま持ちあげる伊吹の。

そして飛んできたややに合わせて真白のを大きく振り被って……。


「ぅああああああごふっ!?」

「ふぇぇぇぇぇぇぶがっ!?」


どうやら打ち損じたようだ。

真白のが掠ったことでややの軌道が逸れ、ややは伊吹のが受け止めた。

打った勢いそのまま放り投げられた真白のは……。まあ生きてるから良いか。


「ちぇっ、打ち損じた」

「ちっ、し損じたわ」

「そして隙ありィッ!」


互いに憎々しげに舌打ちし合う伊吹のと華扇。

そこへ……。


「いだっ!?」

「っしゃあ! アホの腰布とった!」


そこで何故伊吹のに行くんだ星熊の。

共同戦線何処行った。


「うおっ!? 股がすーすーするから返せよこの牛女!」


色々曝け出した伊吹のを凝視しているぼくは正直者なんだろう。


「言ったな幼女! その上着はぎ取って哀れな無乳さらけ出させてやるっ!」


よし星熊のもっと頑張れ。

そう思った僕は悪くない。うん。悪くない。


「幼女って言うなーっ! もう生まれて六十年だっ!」

「つまり人間で言えば幼女ババアね、……ごめんなさい、現代医学じゃ救いようが無いわ」

「華扇殺す絶対殺す」


血涙みたいなのを流し悪鬼の如き形相に伊吹のは変化した。

それを華扇は飄々と受け流すと、伊吹のの額にはっきりと青筋が浮かび華扇に飛び掛かった。ややで。


「うりゃりゃりゃりゃりゃあ! このこのこのこのおっ!」

「当らないわよっ、そんな攻撃!」


激しさを増す攻防。

伊吹のは必殺の威力を一撃に秘めた連撃を華扇に繰り出す。ややで。

それを、というかややを弾き、或いは滑らせ、或いは殴りかわす華扇。

最早ややは満身創痍というか、目がやばい。白目ぐるんの舌でろんだ。あと服らしきものが当る度に飛び散っている。

流石に同情を禁じ得ないが、まだ死んで無い辺りあの二人も一応の手加減はしているらしい。

普通は真白の以外あんな扱いしたら一瞬で死ぬ。


「ぜぇ、ぜぇ……このままじゃ埒が明かないね。次で決めるっ!」

「はぁ、いいわっ、はぁ……きなさい。その一撃、防いでみせるわ!」


なんだこの茶番。

二人とも目が妙にキラキラしている。なんだかそのうち目の中に炎でも宿しそうだ。


「せいっ、やあっ!!」

「く、はああっ!!」


ややを大きく振り被る伊吹のと、腕を交差させ腰を落とす華扇。

あれは少し拙いかもしれない。伊吹のが手加減せず叩きつけたら流石に死ぬ。

ぼくはやっと止める気になり腰を上げ、た瞬間。


「そして颯爽と真打ち登場ッ!」

「へ?」

「は?」


直後、響く鈍い打撲音。鬼同士が交錯する寸前、そこにはひも付き瓢箪を二つ構えた星熊のが居た。

星熊のは危ない所で華扇と伊吹のを瓢箪で文字通り打ちおとした様で、二人は後頭部に瓢箪をくらい勢いそのまま岩肌に顔がめり込む程大地に強烈なくちづけをさせられた。

最早全裸も同然のややは力の抜けた伊吹のの上にそのまま落下。伊吹のは、ぐえと蛙の潰れた様な声を上げ、そして動かなくなった。


「よっしゃ、一人勝ち! 漁夫の利ってやつだね、うんうん」


そのままいそいそと伊吹のと華扇の服を剥ぎ取る星熊の。

もうどう見ても立派な山賊の女頭領だ。口には出さないけど。


「で、だ。大枝の、あたしの望みを聞く準備はいいか?」

「準備も何も、三人が勝手に」

「あ、あたしだと、やっぱり……駄目なのか、な?」


そう言うと、右と左の人差し指をつつき合わせ、ぼくを下から見つめる星熊の。

不安げに下がった眉、潤んだ目元、震える睫毛。思わず可愛いと、守りたいと思ってしまった。


「……仕方ない。星熊のは手段はどうあれ勝ったからな」

「本当っ!?」

「勝者の権利だ。手段はあれだけど」

「そこは……、まあ、あれだよ。どうしても大枝のを好きにしたかったからさ、な」


照れ臭そうにはにかむ星熊の。

……おかしいな、星熊のはこんなに可愛かっただろうか。


「でさ、あたし、一つお願いがあるのさ」

「っ、なんだ?」


一瞬呆けていた自分に気付き、慌てて意識を戻す。

何だか星熊のに今の感情を悟られるのが凄く恥ずかしい気がした。


「……あ、あたしだけに、膝枕、してほしいなー、なんて。うわわっ、や、やっぱ今の無し! 無しで!」

「分かった」

「あ、あたしってば一体何を口走って……へ?」

「それが願いなんだろう? 伊吹のも眠っているし、簡単に叶えてやれるが、それでいいのか?」


一応確認はとる。あとからあとから色々言われるのはとても面倒だから。

しかしそんな心配はいらなかった様だ。星熊のは、ちいさく、こくと頷いた。


「よ、よろしく、頼むな……へへっ」

「うん、よろしく」


膝枕位でよろしくするのか、星熊のは。まあ、星熊の嬉しそうだしそれはそれでいいんだけど。

すっと星熊のはしゃがむと、恐る恐るぼくの腿に頭を乗せた。

別に初めてでも無いし、何やら過激なこともされたことがあるのに、これだけ初々しいとぼくまで緊張してくる。


「……暖かい」

「そうか?」

「うん。へへ、今だけはあたし専用だぞ」

「そうだな。星熊の専用だ」


なんだかぼくは無性に思った。こういうのも、悪くない。

宴の夜は、まだまだ続く。



**




『十一月五日 雨のち晴れ』

 術式が安定して、一先ず置いといても大丈夫そうなので、茨木様をお山でお披露目しました。

 真白様が凄まじい勢いで動揺していましたが、なんだか間抜けな感じしかしませんでしたね。

 大枝様に雌として見られていない私達がどれだけ慌てても無駄だと思うのですが……。

 同じ様に達観していたのは睡位です。河城工房の河童は荒ぶってます。

 ……何だかお酒飲みたくなってきました。睡と一緒に静かに飲みまちょ茨木様なにするんですかうわやめ

 



**




『十一月六日 すごい曇天、あと頭痛』

 昨日の記憶が途中からありません。何故伊吹様が私の胸で寝ているのでしょうか。

 何故睡は私の頭をその爆乳で抱えて寝ているのでしょうか。なぜ真白様は壁に刺さっているのでしょうか。

 というか服は何処に消えたのでしょうか。あと全身が凄い勢いで痛みます、立てません。助けてください。日記に書いても仕方ないですけど助けてください。


 ……ああ、なるほど。昨日の騒ぎは星熊様の色々一人勝ちの様です。大枝様の膝枕で伊吹様と茨木様の服を抱えて星熊様が寝ていました。

 茨木様が必死に取り戻そうとしていますが絶妙な寝がえりで返り打ちです。

 あれ絶対星熊様起きてますよね。あ、角が大枝様に刺さりました。




**



理想郷板っていいですね

容赦なくふるもっこされるので気に入られてない点とか直ぐ分ります

改善しなきゃなぁ。どうせ投下してるなら楽しんでもらいたいですし

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