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東方史萃譚  作者: 甘露
33/40

六七一年 20 十一月九日



**




「河童が三体居ない?」


酒宴からも数日が過ぎ、ひたすらに時期までは動くことのできないぼく達。

普段はまだ寺の無い人間村に手を出したり散発的な戦闘をしたりして暇を潰しているのだが、ここ三日は生憎の豪雨。

お山にこもっていては出来る事も限られてくるので、自然と皆怠惰や惰眠を貪っていた。

つまりは暇なのだ。

無論ぼくも例外じゃなく、伊吹のに告白しようとしたら真っ赤になって逃げられたり、星熊のを膝枕してたことで伊吹のに殴られたりしながら悶々としていた。

そんな中で、届いた管理役の報告。

外で死んでも誰にも文句も言えなければ、お山から出て襲われた妖怪一匹の為に配下を出す訳も無いので皆自然とお山の領地内に引き籠っているはずなのだが。

臆病な河童のことだからその傾向もなおさらだし。


「ええ、こんな豪雨ですし、まあ河童なら川に流されはしても溺死とか無いですけど。戦闘組の河童が三体見当たりません」

「確かに……、まあ、見掛けたら連絡を入れる様にしてくれればいい。後は……雨がやんで二日後まで姿を見せなかったら行方不明にしておけ」


河童が豪雨で溢れた川で溺れて死ぬ何という間抜け。

そんな阿呆が配下に混じっていないことを祈ろう。戦力も減らしたくないし、出来れば帰って来て欲しいと思う。


「御意です」


思い悩んでいるうちに、管理役の河童は一礼するとさっさと戻って行ってしまった。

……どうしようか、暇だな。

ああ、そうだ。伊吹のにまだ告白も出来ていなかったから、聞きに行こう。

逃げられた時は本気で白の後を追う事を考えたが、よく考えればまだ拒否された訳じゃあないのだ。

よし、思い立ったらが吉日だ。


ぼくは立ちあがると、伊吹ののところへと向かった。


お山の宮は狭い訳じゃないが広い訳でも無い。

住んでいるのは数人の偉い天狗と技術班の河童にぼく達鬼。

だからよっぽど部屋に引きこもってるとかそういう訳で無ければ簡単に探し人は見つかる。


伊吹のも、退屈そうに口笛を吹きながら廊下を歩いていた。


「雨やまないかなぁ……暇だし、湿っぽいし」

「伊吹の」

「わひゃあっ!? お、大枝の? いきなりなにすんだよっ」


呟く伊吹のを後ろから羽交い締めで確保すると、ぼくは答えを聞く前に引き摺って移動を始めた。


「ちょっと話がある」

「い、今は駄目っ」

「答えを聞かせて欲しい」


じたばたともがく伊吹の。

だけど地力が互角ならこの状態からは逃げれない。


「っも、もっとだめ! だめったらだめ!」

「……何故だ?」

「そ、それは……その」

「理由が無いならいいだろう? そこらの部屋まで行くぞ」

「誰かー! たーすーけーてーぇぇぇ……」


もちろん誰も助けない。触らぬ鬼に祟りなしだ。

そうして誰にも阻まれる事無くぼくと伊吹のはとある一室に着いた。

何故か音が伝わりにくい区画の一室だ。これで静かに集中できる。

戸を締めると、お山の中だから当然だが窓もなくそこは完全な密室で。漸く答えが聞けそうな状況にぼくは満足して一つ息を吐いた。


「さて、着いた。伊吹の、告白するぞ」

「あー……えー……その、今、言じゃなきゃ……駄目?」

「駄目とは言わないが、ぼくは言いたいし、聞きたい。

 昔ぼくは伊吹のを欲しいと言った。だけどそれは正解じゃあなかった。だからぼくは色々調べて聞いた。それで、やっと答えが分かったかもしれないんだ」

「うん……」


やっと聞く気になってくれたようだ。

これだけしないと聞いてくれないと言うのは何だか脈無しな気もするが、それは考えない。

遠くで誰かが暴れているのか、だむだむと小さな振動が伝わる。それにぼくの心の臓の鼓動が重なり一層大きく聞こえる。

……さて、言うぞ。


「ぼくは伊吹のの全部が欲しい。一片たりとて他の奴に渡したくない。これはぼくの独占欲という奴だ。

 ぼくは伊吹のと一緒に居たい。伊吹のに笑っていて欲しい、守ってやりたくなる、添い遂げたくなる。

 これが、ぼくが伊吹のを好いているという感情だ。ぼくは、伊吹のが好きなんだ。だから、伊吹のの気持ちを、教えてくれ」


伊吹のの肩に手を置き、ぼくはその大きな瞳を正面から覗きこんだ。

眼を合わせようとしない伊吹のに不安といら立ちが募る。どうしようもない焦燥感に駆られる。

可愛らしいその姿を見ても落ち着かない。焦りが先走り始めると心が不安に呑まれそうになっていくのを実感する。


「抜け駆けみたいなことしたくなかったけど……まあ、大枝のから言って来たんだし、うん。てか私最初だし、よし、言い訳完了」

「ん?」

「あ、何でも無いよっ。……うん、わかった。じゃあさ、その、ちょっとしゃがんでよ」


何やら自分の中で納得か折り合いをつけたらしい伊吹の。

ぼくはその要求に素直に従い中腰になる。


「こうか?」

「えーっと、もちょい下、あ、そこそこ。うん、でね、動いちゃだめだぞ」


微調整しながら高さを変える。伊吹のがいいと言ったところで止める。

ぼくは静かに頷いて伊吹のに答えた。


「女は度胸、女は度胸……よし、じゃあ……いくよ?」



そういって、伊吹のは静かにぼくの頬に手を添えた。微かに潤んだ瞳がぼくを捉えて離さない。

ぼくの意志なのか、伊吹のの意志なのか分からないまま距離が近づいてゆく。

なにをしようとしているのか、やっと分かった。くちづけだ。


ふわり、と酒気を混じらせた甘い香りが鼻腔をくすぐる。

伊吹のの吐息が鮮明に感じられる。やっぱりどこかお酒臭いのに、ぼくの頭はそれだけで痺れてしまう。


「……ちゅ、ん……ぷ、ぁ」


唇に電撃が走る。そんな気がした。柔らかく熱い伊吹のの小さな桜色をしたそれが、ぼくに重なった。

いつぞやの様な舌まで交わすそれでは無く、くちびるを啄ばむ様な軽いものなのに。

もうこの目の前の小さな可愛らしくて好きでたまらない鬼に身体が支配されている。

夢見心地になる中、いぶきのは小さく離れると耳元で囁いた。


「あのね、私もね……ずっと、ずっと昔から大枝のが──」


瞬間、扉が吹き飛ぶように開いた。


「っ!? あ、あっ、こ、これは失礼しましたっ!!」


そこに居たのは走狗天狗の男、確か伝令だったか。

伊吹のが射殺さんばかりの視線で睨んでいるが、彼もわざとやった訳ではなく、単純にぼくをさがしての事の様だ。

走りまわっていた痕跡、はーはーと荒く呼吸するところや顔に伝う幾筋かの汗がそれを物語っている。


「なんだ? 何を慌てている」

「あ、いえ、その、まさかこんな展開がお二人に……では無くてですね! 非常事態です!」


少々動揺しているようだが、しっかり仕事を冷静にこなそうとする態度が見えたので、先程の乱入は許すべきか。

ぼくは黙って続きを促す。そして──




「尖兵が、尖兵が突如宮の正面と河童の居住に出現しましたっ!!」



──その口が語ったのは、最悪の展開だった。


夕方にも上げます

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