ポルターガイスト
その日、みすずとデイブは依頼人の元を訪ねていた。
都心にあるアパートの一室。そのリビングルームに通された二人は、依頼人である三十代の男性と向き合っていた。
やつれた様子の依頼人の言葉に耳を澄ます。
「ポルターガイストをご存知ですか」
「心霊現象の?」
「はい。それが一週間前からよく起きるんです」
そう言いながら、依頼人は怯えた様子でしきりに周りを見回していた。
骨董品の蒐集が趣味だという依頼人の部屋は、収納しきれないほどのガラクタがあふれていた。しかし古そうな木箱や絵巻が山積みになっている以外に、おかしな点はない。
「心霊現象といえば、お祓いなどはいかれたんですか?」
みすずの質問に依頼者は飛び跳ねて答えた。
「行きましたよ! でも効果なくて。誰かのイタズラかと思って警察にも相談したんです。そしたらあなた方を紹介されて、ご依頼した次第です」
「なるほど。警部からの連絡通りだな」
デイブはみすずと頷きあった。
ことのはじまりは一週間前、依頼人が骨董品店を訪れたことがきっかけらしい。
その後、身の周りで次々とおかしなことが起き夜も眠れずに悩まされている。
「私達は心霊現象ではなく遺物専門ですので、その方面から考えてみます」
「はい。よろしくお願いします」
みすずの言葉に、依頼人は頷いた。
「いくら異界が現れたと言っても、これまで幽霊や悪魔、ましてポルターガイストの存在は確認されていません。つまりその現象も、なんらかの遺物によるものだと考えるのが妥当だと思います。何か妙なものに触った心当たりは有りませんか」
「妙なもの……かどうかわかりませんが、この間、骨董品にはいくつか触りました。でもどれも普通のものだと思います」
「なるほど見た目では分からないタイプですか」
実のところ、みすずは骨董品店には頻繁に通っていた。しかしそれは骨董品の中に紛れ込んだ異界の品を求めてのことであって、骨董品自体にはさして詳しくはなかった。
「とりあえずその現象を見たいのですが、動画とかありますか」
その直後、みすずたちの前にお茶が入ったコップが現れた。
「ヒィ!」
依頼人が跳び上がって叫んだ。
「……まさか、これですか!?」
「そ、そうなんです!」
「こんな唐突に起きるなんて……」
「ポルターガイストというよりテレポートじゃないか」
「やっぱり取り憑かれているんだ! ぼ、僕はどうすればいいんですか!? どうすれば赦されるんですか!?」
取り乱した様子で懇願する依頼人にデイブは力強く言った。
「おちついてください」
それまで考え込んでいたみすずは深刻な様子で呟いた。
「思ったよりよくわからない症状ですね」
「どう直す?」
二人して思案に暮れながらもこれまで記録に残っている遺物を参考に整理して考えることにした。
「以前にも、物が勝手に動くという事件がありました。ですが、実際には人間が遺物の効果で変身していただけだったのです。これも同じように、見かけと実際に起きていることは違うのかもしれません」
みすずは言いながら頭の中で考え続ける。
物がひとりでに動いたとして、その現象はどうやって起きたのか。風が吹いたのか、透明な物で押したのか、はたまた動いたように見えただけで実際には動いていないのかも。
その原理を見極めるのが重要なのだ。
「今回の依頼も、実際にはポルターガイストとは違うかもしれない。今までに起きた現象を詳しく教えてください」
「たくさんありましたよ。紙に文字が現れたり、カーテンが勝手に開いたり」
「なんか、あなたの意思を汲み取って勝ってにやってくれる幽霊がいるような感じだな」
「家事妖精みたいですね。いたずら好きだけど家事もしてくれるっていう」
「よくそんなこと知ってるな。西洋の伝承だろそれ」
デイブが感心していると、依頼人は床を見つめて呟いた。
「……やっぱり何かが憑りついているんだ。目に見えない何かが」
「でも良い点もありますよ。今のところ悪意は無さそうですから」
むしろ、依頼者を手助けするような気配すらあった。
怯える依頼者をみすずは宥める。
デイブは落ち着いて現象の分析を続けた。
「しかしすべての行動の先回りをされるわけではないんだよな」
「そうですね。現象が起きる場所や物からなにかわかるかもしれません。これまでのポルターガイストで動かされなかったものはありますか?」
「そ、そうですね……いつも僕の周りで起きるので距離は関係あるかもしれません」
「具体的には?」
「玄関のドアは滅多に動きません。私が外出しようとするとよく動くんですけど」
「距離ですか」
みすずは興味深そうに言った。
「まるでめんどくさがりな人間がぴったりくっついているみたいだな」
「そうか。わかりましたよ。ポルターガイストの正体が!」
「本当ですか!? 教えてください」
「その前にまず、私を突き飛ばしてください」
みすずは自信たっぷりにとんでもないことを言い出した。
「な、なぜ!?」
「説明するより試した方が早いんですって。ほら早く!」
席を立ち、部屋の中央に仁王立ちする。
デイブはなにがなにやらといった顔でことの成り行きを見守る。
依頼人が渋々頷いた直後、みすずが忽然と消えた。いや、数歩下がった位置で尻もちをついていた。
「だ、大丈夫か!?」
デイブに引っ張り起こされたみすずは、満面の笑みを浮かべていた。
「実験成功です」
「はぁ?」
「どういうことですか」
「私は今、依頼人のあなたの手によって、突き飛ばされたんです」
「え? いや、待ってください。私はなにもしてませんよ」
困惑する依頼人とデイブに、みすずは腕時計を見せた。
「これが証拠です。デイブの時計も見せてください」
時計を腕から外し、二つ並べてみると。
「秒針がずれてる……!」
「これは一体、どういうことだ?」
「私は見ました。あなたが机を回り込み、私の肩を突き飛ばすのを」
「俺たちはその瞬間を見ていないぞ」
「ええ。およそ四秒先。未来の依頼人によって、私は突き飛ばされたんです。正確には、私以外の時間を巻き戻している。といった感じですけどね」
「……ん?」
首を傾げる依頼人に、得心がいったデイブが補足した。
「つまり、あなたは触れた物を未来の状態にできるんだ」
「な、なるほど。……にわかには信じられないですが」
依頼人は時計を見た。確かにみすずがつけていた腕時計の秒針は、四秒ほど早くなっている。
「この現象の実態は心霊現象でもテレポーテーションでもなく、時間操作だったということです。大丈夫。あなたは取り憑かれていません」
「で、でもじゃあ、これはどうやって治せば」
「そうですねぇ。原因となる遺物を特定しないかぎり、何とも言えないです。時間経過でおさまるものなのか、スイッチを切るような作業が必要なのか……」
そこで言葉を切ったみすずは、上目遣いに依頼人を見て言った。
「でも、治す必要はないと思いますよ。時間はどうあれ動かしているのはあなたなんですから、それを理解して行動すれば、コントロールできるはずです」
「コントロール?」
「はい! むしろ有効活用しましょう! 可能性は無限大ですよ!」
過去最大のホクホクな笑顔で言うみすずを、デイブと依頼人は困惑した眼差しで眺めた。




