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20/20

ある日の張り込みにて

 みすずとデイブはアパートの空室に陣取り、窓から外を監視していた。

 双眼鏡で見つめる先には、治安が悪そうな数人のグループが立ち話をしている。


「こうも動きがないと、張り込み甲斐がありませんね」


「そうだなぁ」


 ぼんやりと言葉を交わすみすずとデイブ。この調子ですでに三時間が経過していた。

 しかしサボるわけにはいかない。これは警部からの依頼なのだ。

 監視対象は郊外にある廃工場を根城にする不良グループ。連続強盗の容疑がかかっている彼らだが、決定的な証拠はないらしく、次に犯行が行われたとき彼らにアリバイがあれば無罪が確定するとのこと。決して気を抜くわけにはいかない。

 容疑の物々しさとは裏腹に、彼らの様子は穏やかなものだった。

 昼間の陽光を受けて、廃工場のいたるところに生えた草花は生き生きとしている。

 さすがに飽きがきたようすでみすずは言った。


「お腹空きましたね」


「そこのコンビニ袋。適当に買っといたから食べていいぞ」


「お、さすが準備がいい」


 ガサゴソと音を立てて袋を覗けば、入っていたのはおにぎり二つに、紙パックの野菜ジュースが二本だけという、あまりにも貧相なものだった。


「少なすぎますよ!」


「仕方ないだろう。食費が嵩んでるんだ。それに手軽に食べれるものじゃないと張り込みできないだろ」


「それはまぁ、そうですけど」


 渋々といった様子でみすずはおにぎりの包装を破いた。

 すべて食べ終わるまで一分もかからなかった。


「やっぱり少し……すくなかったな」


「ですねぇ」


 もの寂しさを滲ませつつ、二人は監視を続ける。

 耳を澄ますと監視対象の話声が聞こえてきた。内容は判別できないけれど、楽しそうな笑い声が響いてくる。

 しばらくして、監視対象に動きがあった。バーベキューグリルを引っ張り出してきたのだ。

 慣れているのかテキパキと火を起こし肉を焼いていく。

 焼肉のタレ特有の刺激的で食欲をそそる匂いが風に乗ってみすずたちのところまで漂ってきていた。


「いぃーなぁー!」


「ばか静かにしろ。気付かれるぞ」


「空腹にこの仕打ち! なんて奴らだ!」


「ひどい八つ当たりだな」


「通りかかったふりして混ぜてもらいましょうか」


「その手があったか……。いやダメだダメだ」


 デイブは一瞬真顔で呟いてから、すぐに頭を左右に振って気を取り直す。


「ああそういえば。いいものがあったんだ」


 みすずはバッグの中から小さな包みを取り出した。


「なんだそれ」


「ガムです。おひとつどうぞ」


 そう言って差し出されたものを、デイブは胡乱な眼差しで見つめた。

 それものはず、包み紙のデザインが異様だったのだ。


「なんだこれ…あんぱん味? こっちは牛乳味? なんだその張り込みにうってつけの味は」


「最新の味覚再現技術で作られた新商品だそうです。遊び心があっていいですよね。他にもチーズバーガー味とかポップコーン味とか、とろけるチーズ味なんてものもありましたよ」


 神妙な顔をしつつも、デイブはあんぱん味のガムを口に放り込んだ。

 本物には及ばないまでも、あんこのどっしりとした甘みと牛乳のまろやかな味わいのコントラストが上手く表現されている。


「意外においしい」


「ですね」


「しかしこのガム。呑み込めないのがよけいに辛いな」


「つい飲んじゃいそうになりますよね」


「ああ、飲み込まないといえば、塩水でうがいって、やったことあります?」


「いや、なんでそんなことを」


「塩分の摂りすぎはよくないって聞いたので、味を楽しみつつ塩分摂りすぎないようにするにはどうすればいいか考えたんですよ」


「それで塩水でうがいか」


「良い案だと思ったんですけどねぇ」


「その口ぶりだと、ダメだったみたいだな」


「ええ、ダメでした。あれは塩が嫌いになりますよ。水で薄まったのがよくないのか、飲み込めないのが辛いのか、とにかくダメでした」


「ふむ……。液体だからじゃないか? 凍らしたらどうだろう」


「ああ、塩飴みたいな……?」


 頭の中で味を検討してから、みすずは続けた。


「いやー、やっぱり飲み込めないのが原因ですね」


「そういうもんか……しかしなんでこんなに腹が減るんだろうな」


 デイブの呟きに、みすずは笑って答えた。


「彼らが楽しそうだからですよ」


「楽しみで腹は膨れないだろう」


「そうですか? 例えば、炎天下に冷えた水を飲むとどうです?」


「そりゃあ、美味いだろうな」


 みすずは得意げに頷いた。


「欲しいときに欲しいものを食べる。それが最高に心地いい。なら、退屈なときに楽しそうな人たちをみたら、そりゃ惹かれるってもんです」


「なるほど一理ある。レストランで料理が来るまでの間も、実はスパイスになるというわけだ」


「シチュエーションでもうお腹いっぱいですよ」


「それは妖怪だろ」


 デイブは笑って言った。

 美味しいと楽しいは実はよく似ている。空腹を満たす構成要素は味だけでなく視覚や嗅覚、調理までの時間も含まれるのだ。


「寿司のガリと緑茶はどうです? 次は何を食べようか考えながら、つい手が伸びるガリと緑茶で気づくと腹が膨れている。これもシチュエーションじゃないですか?」


「それはちょっと違うんじゃないか……?」


「いっそ、本物の料理ではなくても、一緒にいて楽しい人と楽しい時間を過ごせるのなら、なんでもおいしいのかもしれませんね」


 みすずはそう言うと、眼下で楽しそうにバーベキューをする人々を優しい目で眺めた。



 そうして過ごすこと数分、唐突に警部から無線で連絡があった。

 たった今、例の連続強盗団が現れたという知らせだった。


 やはり監視対象は無罪のグループだったのだ。


「どうりで平和にバーベキューしてるわけだよ」


 脱力した様子で言うデイブに、みすずは提案した。


「……焼肉食べに行きません?」


「行こう。いますぐ行こう」


 結局この張り込みでわかったことは、私たちが食い意地張っているということだけだった。


原稿のストックが尽きたので連続投稿はここまでとします。

今後は不定期に投稿する予定です。

ぜひブックマークよろしくお願いします。

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