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ママ友に夫も居場所も奪われるまで  作者: 熊猫ぱんだ


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失う側

 その日の夕方、健太は帰ってこなかった。

 連絡は一通だけ。


 『少し時間ほしい』


 短い文章。

 それだけ。

 真央は返信しなかった。

 返す言葉もなかった。

 リビングは静かだった。


 子どもが寝たあと、一人で座っていると、ようやく現実感が湧いてくる。

 終わりに近づいている。


 でも。

 失っているものも、確実に大きかった。

 スマホが震える。

 園のグループLINE。

 また動いていた。


 『今日、園長先生と話した』

 『かなり大事になってるみたい』

 『保護者会あるかもって』


 完全に園全体の話になっている。

 真央は画面を閉じた。

 これ以上見ても、もう流れは変わらない。

 そのとき、別の通知。


 個別メッセージ。

 相手は、あの協力してくれていた母親だった。


 『今日、美月さん泣いてた』


 短い文。

 少しだけ指が止まる。


 『先生と話したあと』


 続けて送られてくる。


 『かなり追い込まれてると思う』


 真央はすぐには返信しなかった。

 泣いていた。

 その情報に、感情が揺れる。

 同情ではない。

 でも。

 まったく何も感じないわけでもない。


 『そっか』


 それだけ返す。

 既読。

 少し間が空く。


 『でも、真央さんは悪くないよ』


 送られてきたその言葉に、思わず苦笑する。

 悪くない。

 本当にそうなのかは分からない。

 もう、誰も傷つかない形には戻れない。


 スマホを置く。

 天井を見上げる。

 静かだ。

 静かすぎる。


 そのとき、インターホンが鳴った。

 体が反応する。

 時計を見る。

 夜九時過ぎ。

 こんな時間に。


 ゆっくり立ち上がる。

 モニターを見る。

 そこに映っていたのは。

 美月だった。


 一瞬、息が止まる。

 画面越しでも分かる。

 顔色が悪い。

 化粧も崩れている。

 今まで見せたことのない姿。


 数秒、迷う。

 でも。

 真央はドアを開けた。

 冷たい夜風が入ってくる。

 美月はしばらく何も言わなかった。

 ただ立っている。

 そして。


 「……話したくて」


 かすれた声。

 真央は黙って見ている。


 「少しだけでいいから」


 その言い方には、もう以前の余裕はなかった。

 完全に追い詰められている。


 「何の話?」


 静かに聞く。

 美月が唇を噛む。

 視線が揺れる。


 「……ここまでになると思わなかった」


 小さく言う。

 その瞬間。

 真央の中で、何かが冷たく固まった。


 (思わなかった?)


 園で孤立させて。

 写真を流して。

 職員室に呼ばせて。

 家庭まで壊して。

 それで。


 “ここまでになると思わなかった”?


 真央はゆっくり息を吐く。


 「私は思ったよ」


 はっきり言う。

 美月が顔を上げる。


 「最初から」


 静かな声。

 でも、自分でも驚くほど冷えていた。


 「人の家庭壊そうとしたら、こうなるって」


 沈黙。

 美月が何も言えなくなる。

 視線が落ちる。

 肩が小さく震えている。


 「……壊すつもりじゃ」


 反射みたいに出た言葉。

 でも。


 「結果が全部でしょ」


 遮る。

 その一言で、美月の口が閉じる。

 夜の静けさだけが残る。

 しばらくして。

 美月が小さく言った。


 「……ごめんなさい」


 初めての謝罪だった。

 でも。

 遅い。

 あまりにも。


 真央はしばらく黙っていた。

 怒鳴ることもできた。

 責め続けることも。


 でも。

 もう違った。

 感情のピークは過ぎている。

 残っているのは、疲れだけ。


 「帰って」


 静かに言う。

 美月が顔を上げる。


 「もう終わりだから」


 それだけ伝える。

 美月は何か言おうとした。

 でも、結局何も言えなかった。


 ゆっくり頭を下げる。

 そして。

 振り返らずに去っていった。

 ドアを閉める。

 鍵の音が、やけに響く。


 真央はその場に立ち尽くした。

 終わった。

 たぶん、本当に。

 でも。

 失ったものは、もう戻らない。

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