崩壊の音
沈黙が、部屋を支配していた。
健太は何も言わない。
言えない。
視線を逸らしたまま、固まっている。
その姿が、すべてを物語っていた。
「……いつから?」
もう一度、同じ質問をする。
今度は、逃がさない。
健太の喉がわずかに動く。
「……最近だよ」
小さな声。
でも、はっきり聞こえた。
(嘘)
すぐに分かる。
でも、今はそこじゃない。
「最近って、いつ?」
静かに詰める。
感情を乗せない。
ただ、事実だけを聞く。
健太は答えない。
視線が泳ぐ。
沈黙。
それが答えだった。
「名前、知ってるよね」
続ける。
逃げ道を一つずつ塞ぐ。
「……誰のこと?」
かすれた声。
まだ、逃げる。
「美月」
はっきり言う。
空気が一瞬で変わる。
健太の肩がわずかに揺れた。
「……なんで」
その一言で、確定した。
(やっぱり)
ゆっくりと息を吐く。
心臓はうるさいのに、頭は冷静だった。
「園で会ってるから」
淡々と続ける。
健太が何も言えなくなる。
「知らなかった?」
少しだけ首をかしげる。
その仕草に、自分でも驚く。
まるで他人みたいだった。
「……」
沈黙。
もう否定できない。
「ねえ」
一歩、近づく。
距離が縮まる。
健太が後ろに少しだけ引く。
その動きが、すべてだった。
「私のこと、どう説明してるの?」
低い声で聞く。
逃げ場はない。
「……別に」
曖昧な返事。
「別にってなに?」
間髪入れずに返す。
言葉を与えない。
健太の口が開く。
でも、続かない。
「……うまくいってないって」
やっと出た言葉。
その瞬間、胸の奥がきしむ。
でも、顔には出さない。
「へえ」
短く返す。
「うまくいってないんだ、私たち」
その言葉が、自分の口から出るのが不思議だった。
現実なのに、どこか遠い。
「違う」
健太が慌てて言う。
「違わないでしょ」
すぐに返す。
声は落ち着いている。
でも、確実に追い詰めている。
「そう言ったから、こうなってるんでしょ」
静かに言う。
重く、ゆっくりと。
健太が黙る。
反論できない。
「ねえ」
もう一歩、近づく。
目を逸らさせない。
「まだ続いてる?」
核心。
空気が止まる。
数秒。
長い沈黙。
健太の呼吸が乱れる。
「……」
答えない。
でも、それが答えだった。
「そっか」
小さく言う。
胸の奥で、何かが静かに崩れる音がした。
でも、涙は出ない。
もう、その段階は過ぎていた。
「分かった」
それだけ言う。
健太が顔を上げる。
少しだけ、安心したような顔。
その表情を見た瞬間、はっきりと思った。
(甘い)
まだ終わったと思っている。
ここで終わると。
「でも」
続ける。
空気が変わる。
「これで終わりじゃないから」
健太の表情が固まる。
意味が分からない顔。
当然だった。
「どういうこと?」
不安が混じった声。
「そのままの意味」
スマホを握る。
写真。
証拠。
全部、ここにある。
「私だけの問題じゃない」
ゆっくり言う。
「もう、外に出てるから」
その一言で、健太の顔色が変わった。
一気に。
「……なにそれ」
声が低くなる。
焦りが見える。
「園でも話になってる」
淡々と続ける。
「あなたと、その人のこと」
完全な事実じゃない。
でも、嘘でもない。
流れはそこに向かっている。
健太が言葉を失う。
呼吸が浅くなる。
「だから」
目を見て言う。
「もう隠せないよ」
静かに。
確実に。
逃げ道は、もうない。
長い沈黙。
時計の音だけが響く。
健太が、ゆっくりと座り込む。
力が抜けたみたいに。
その姿を見て、確信する。
(崩れた)
完全じゃない。
でも、確実に。
音を立てて。
静かに、でも確実に。
すべてが崩れ始めていた。




