第89話 エピローグ
ローレンとミセルの結婚式からしばらくして、サトリ、リーナ、アモンは出立した。
ハロルドが用意してくれた二頭の小柄な馬に、サトリが一人乗り、リーナとアモンが二人乗りし、旅芸人の姿で出発する。
「よう、兄弟たち、気をつけな! 困ったときは連絡しな。ハロルド商店が全力で助けてやる!」
「商売を始める気になったらいつでも戻ってこい。修業は厳しいぞ、ハーハッハッ!」
陽気な笑い声に送られ、三人は街を後にした。
――
帰路は驚くほど順調だった。
サトリとリーナの笛と剣舞は、この長い旅で心身ともに鍛えられ、どこで演じても拍手喝采を浴びるほどになっていた。ある町では常設の演舞場のお抱えにとの誘いも受けたが、二人はきっぱりと断る。アモンだけが、少し名残惜しそうにしていた。
季節が初夏に移るころ、三人は“黒死の町”へ帰り着いた。
「おおー、ちゃんと帰ってきたな!」
タカナミは三人をまとめて抱き上げる。ナギとノーラは泣きながら「よかった!」と繰り返した。
町を挙げての盛大な歓迎会が開かれ、式典や宴会の日々が続いたが、頃合いを見たタカナミが「もう帰してやろう」と出立を促してくれた。
診療所の前で別れを告げる。
「急病の時はまた来いよ。手遅れが怖くなければな、ハハハ!」とタカナミ。
「旅の薬は補充しておきました。体を大事にね」とナギ。
「護符が役に立つなんて思わなかった! もっと修行して魔法力をつけるわ!」とノーラ。
名残惜しくも三人は町を後にした。
――
港町への道すがら、山賊もどきの若者たちの村にも招かれた。建設途中ながら活気に満ちており希望があった。
水害の村へも立ち寄った。まだ爪痕は残るものの、花束の少女ハイジが笑顔で言った。
「この村はずっと昔から、壊れては作り直してきたの。こんどもそうするだけよ。」
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港町に着くと、アモンは故郷であるにもかかわらず首を振った。
「この町には何もいいことがなかったんだ。会いたい人もいない。できれば早く出たい。」
サトリとリーナは黙ってそれに従った。
――
秋、三人は城塞都市へ帰還した。真っ先に向かったのは“タンポポ亭”だった。
親父さんは目を丸くし、女将や娘たちは拍手で迎える。
「命を捨てに行ったと思ったら帰ってきやがった。めでたいめでたい! さあ部屋へ上がんな!」
旅の顛末を聞くのに五日を要した親父さんは、
「この話は家族以外には話さない。英雄なんて呼ばれちゃたまらんだろう。素性が知られれば災いのもとだ」と賢く言い、
「冬はここで働きながら過ごすといい」と勧めた。三人に異存はなかった。
――
そして三人はロトのもとを訪ね、アモンも“ガロの試練”を受けた。
不安げだったが、ガロは濡れた鼻を押し付けて友好を示した。
「よく帰ったのう、サトリ、リーナ。そしてようこそ、アモン。」
ロトは笑顔で迎え、不思議な晩餐のあと問いかける。
「グラトスを倒した後、世界はどう変わったと思う?」
三人が答えられないでいると、ロトは頷いた。
「変わらん。だがこれからは人間が善悪の均衡を取らねばならん。その希望の星こそサトリじゃ。」
「サトリ、己の人生を歩め。それが調和をもたらす。」
「リーナ、お主はその力になれ。」
二人は力強く答えた。
ロトはアモンに向き直る。
「光と闇の子よ、まだ世を生き抜く術が足りぬ。儂の元で修行せい。」
一瞬迷ったアモンは、サトリとリーナを見て頷いた。
「わかった。お世話になるよ。」
――
冬は忙しくも楽しく過ぎ、春。ロトの家の前で別れの時が来た。
「アモン、時々会いに来るからね」とリーナ。
「しっかり修行するんだ」とサトリ。
「みんなの恩は忘れない。また会おうね」とアモン。
ロトは祝福の印を結び、ガロが吠えた。
「神は与えたもう、奪いたもう、聖なるかな。」
――
街道に出た二人は、満開の桜並木に包まれた。
しばらく黙って歩き、リーナがつぶやく。
「長い旅、終わっちゃったね…」
サトリはリーナの手を強く握り、駆け出した。
「まだ終わってないよ――さあ帰ろう、僕らの村へ!」
―完―
※エイト・ヴァーチューズ(Eight Virtues):八徳(仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌)のこと
☆私の小説に最後までお付き合いいただき心からお礼申し上げます。この作品は、私がこれまでの人生で出会ったファンタジー作品たちへのオマージュとして執筆しました。これらのファンタジー作品たちは私の血となり肉となり、「人間とはどうあるべきか?」を教えてくれました。この作品が次世代の少年・少女たちの心に残るものとなればこれ以上ない喜びです。完結させることができてよかったです(笑)




