第85話 グラトスの最後
光が大広間いっぱいに満ちていく。
サトリは静かに立ち上がると、“太陽の大弓”に“雨の矢”をすっとつがえた。
瞬間、辺りを照らしていた光がゆらゆらと七色に染まり出す。
「雨が降り、太陽が輝くとき、虹が現れる……」
ニンフが我を忘れたように、かすかな声でつぶやいた。
サトリの集中に呼応するように、七色の煌めきはさらに鮮やかさを増していく。
「人間が何をしようと、この闇の王たるグラトスに敵うものか! これでどうだ!」
グラトスは叫び、魔の気をさらに強大なものへと変貌させた。
だが――七色の光に護られた仲間たちは、誰一人として退かない。
サトリは今や忘我の境地。まるで笛を奏でるように。静かに弓を引く。
「サトリ! 今だ!」
「頼むぞ、サトリ!」
「サトリ! あなたならできるわ!」
「やっちゃえ、サトリ!」
仲間たちの声が遠くに響いた。
サトリは矢を放った――!
矢は七色の奔流となって宙を駆けた。
魔の気に遮られることもなく、まっすぐに。
グラトスはとっさに強力な防御魔法を展開。
一瞬、矢は勢いを失いかけたが――
バリーン!
防御を砕いて直撃した。
グラトスは玉座に崩れ落ちる。
その身体が、じわじわと黒い霧へと変わっていく。
「ハーッハッハッ……我が、こんな人間どもに敗れるとはな……この世も面白いことがあるものだ」
「だが、勇者たちよ。我は滅びるのではない。現世よりも高次元の世界に転生するのみだ」
「この世から悪が消えると思うな。むしろ我がいなくなれば、人間の欲望は歯止めなく膨れ上がるだろう」
「――せいぜい、生きてみるがよい! アーハッハッハッ!」
高笑いを残し、グラトスは黒い霧となって消滅した――
玉座の前に、ニンフだけが残された。
仲間たちが駆け寄ろうとしたが、ニンフは静かに首を振って止める。
「ありがとう、みなさん。……これで、私は自由になりました」
「サトリ、約束を果たしてくれて、本当にありがとう」
一瞬、ためらってから言葉を継ぐ。
「でも……私は、これでもグラトスの妻。夫を見捨てるわけにはいきません。私も、高次元の世界へ参ります」
「そんな……」
仲間たちは驚き、悲しみ、そして戸惑いの声を上げた。
ニンフは、ためらうようにアモンに視線を向ける。
その声は、涙をこらえているかのようだった。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい。あなたを利用した上に、置き去りにしてしまって。ひどい親で、ごめんなさい……」
アモンはしばらく言葉を失っていたが、やがて顔を上げて言った。
「おいら、家族ができたんだ。寂しくなんかないやい」
「……あんたも、早くグラトスの元に行ってやんな。家族なんだろ」
アモンの目は、うっすらと潤んでいた。
「アモン……」
その一言だけを残して、ニンフは白い霧となり、静かに天へと昇っていった――
そのとき、どこからともなく、ロトの声が響く。
「さて、お主ら、よくやったのう。じゃが、もう一仕事残っておる」
「グラトスの魔力が消えた今、この城は崩壊するぞ。早く逃げ出すんじゃ!」
「儂は家で待っておるからの。仲良く帰ってくるがよい。……ではな!」
声とともに、ロトの気配もふっと消えた。
仲間たちは、あまりの出来事にしばし呆然としていたが――
ミセルが鋭く叫ぶ。
「さあ、城が崩れる前に脱出するぞ! こっちだ!」
その声に、全員がようやく現実に立ち返った――




