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後編


挨拶などの時間が終わり、ザクスが休憩のためかバルコニーの窓側に立っている。正式に王の権威を継承する儀式の前のため、周囲の人々もザクスの時間を慮ってか、近づくものは少ない。


(今がチャンス…だね!)


コツコツと靴を鳴らしながら、こちらに背を向けているザクスの方へ近づく。


「…ふっ、セーレか」

「よくわかったね」

「私に不遜な態度をとるのは、セーレしかいないからな」


そういった認識をされているのは不服だが、なぜだか笑みが生まれてしまう。特別感が嬉しいのだろうか。


相変わらず、こちらに振り向かないザクスは、なにやら思案しているようだ。幼い頃から、ずっと盛大な勘違いを続けているのだ。きっとセーレが騎士見習いと同じく稽古をしていたから、ザクス専属の騎士になるべく宣誓にきたのだと思っているのかもしれない。


「ザクス…私は、専属の騎士にはならないよ」

「んっ!?な、んだ…」


特にひざまづきもせず、ザクスの方へ距離を縮める。目指すは頬。セーレの言葉に驚いたザクスは、すぐさま振り返る…とほぼ0距離のそこにはセーレの顔がある。


ちゅ……


セーレはザクスの頬に親愛のキスをした。そしてニヤリとして、軍服と帽子を脱ぐ。


「あらまぁ!」


ザクスの母、王妃の喜色がある声が会場に広がった。周りの招待客も、口に手を当ててこちらを凝視する様子がわかる。


ザクスは状況を把握できていないのか、目が右往左往している。なによりセーレを見た瞬間、顔が真っ赤に染まっていた。


(よしよし!イタズラ成功だね!)


晒しを巻いていない豊かな胸。すらっとしたシルエットを綺麗に見せる漆黒のドレスに、長く艶のある髪。ルビーのような輝きの目。


少年の姿はなくなった、魔王セーレ。


「驚かせて、大変申し訳ない。私は、現魔王セーレ・フォンブルク。此度は、王位継承の式典の招待、感謝する」


周囲の目は、驚きの色に染まっていた。イタズラ好きのセーレにとって、大変好ましい状況。王妃が王の肩を揺らしながら、「まぁ!まぁ!まぁ!」とはしゃいでいるのが見えた。


「我が国は、隣に位置するが…今後とも両国の繁栄を祈って」


そっとバルコニーの大きな窓を全開にし、夜空へ盛大な花火を数多く打ち上げる。主に火の魔法の応用で。


招待客、そして王妃が目を輝かせて「わぁ!」と歓声をあげる。王も「うむ…素晴らしいのぉ」と喜んでいるようだ。


「…ねぇ?ザクス大丈夫?」

「あっ、ああ」


固まっているザクスは感情が追いつかないのか、下を向き赤くなったり考え込んだり、忙しそうだ。とてもいい顔だが、あまりこっちを向いてくれないのは寂しい気がして。


「欲しがりだなぁ、ザクスは」

「ん?えっ?」

「騎士として仕えることはできないし、命令とかも聞けないけど…これからのザクスのゆく末に、祝福があらんことを!」


そういい、浮遊魔法を使ってザクスの額へキスを落とした。ザクスの瞳はセーレに釘付けになっている。やっと満足がいく視線をもらい、極上の笑顔でセーレは微笑んだ。


「私は魔王としての国務があるので、これにて失礼させていただく。皆さま式典をお楽しみくださいませ」


そう言い、夜空へセーレは飛び上がる。ザクスが、何か言いそうになっていたが、帰る予定があったため、自国へと身体を飛ばした。


名残惜しいが仕方がない。


最後にもう一度、ザクスの顔を見れば良かったが、また機会があれば会うこともできるだろうと前向きに考えた。


(もう、ザクスにイタズラを毎日仕掛けることができないのは、本当に残念だけど…)


「早く帰らないとうるさいからなぁ…」


今日も魔王としての仕事を持ってきている部下を待たせるわけにも行かず、素早く自国へと帰った――だから、セーレは知らなかったのだ。飛び立った後、セーレの後ろ姿をザクスが熱がこもった眼差しで見ていることに。


◆◇◆


「ね?」

「なにが、ね?なんですかセーレ様」

「いや、親睦を深める行動しか…私、とってないじゃない」

「はぁ…ソウデスネ」


そして、時刻は現在へと戻る。大まかな勇者であり、王子様であるザクスとの関係を部下に伝えたところ、ずっと眉間に皺が寄っているのだ。おかしい。


大国の王位継承式典後の翌月…今ではもう3年前に、突然「勇者」が現れたとの知らせを受けた。名前を聞けば、ザクスということがわかり、全く理解が追いつかなくなった。


まさかセーレの国に対する侵略を始めたのかと身構えるも、特に交流を止めることもなければ、民を傷つける様子もない。


一言で言えば、理解不能な行動なのだ。ただ、今朝魔王城のダンジョンにザクスが挑戦しにきたので、やはり魔王城を攻め落とすつもりなのかもしれない。


王になったはずなのに、どうして魔王を滅ぼす者―-勇者になったのか。


(やっぱり、日を改めて…話し合いをした方がいいのかもしれない)


「ねぇ、私はやっぱり城から出――」


ドガゴォォォンーーー


言葉を言い終わらないうちに、玉座に通じる扉が吹っ飛んだ。部下は「ひぇぇえ、もう着いちゃったっぽいですよ!?」とアワアワしている。


「…久しいな」


扉から現れた勇者ーーザクスは、前に聞いた声よりも低く、色気を帯びた声を出した。そして、50階層もあるダンジョンを踏破してもなお涼しげな表情だった。


(うそ…一人で攻略していたの…!?)


「ひ、ひさしぶりね」


声が震えてしまったのが、バレないように祈りながら、驚愕の事実に気づいた。ザクスは仲間を伴わず、ここにやってきている。ザクスがボロボロであれば、仲間が犠牲になってしまったのかと思うが…。


(傷が…全然ないわ…)


部下もその様子に恐ろしくなったのだろう。玉座の後ろに隠れ、ひょっこりと覗くだけだ。


「よ、用件を聞いてもいいかしら」

「ふっ、用件か…奪うことだな」

「……うばう…こと」


それはまさしく宣戦布告だった。 


「…そう、ザクスとは戦いたくなかったけれども…」


腰に携えていた剣を取り出し、構える。ザクスもまた、同じく。


開始の合図は不要だった。


ガキン―――と、金属がぶつかり合う音。練習試合の比ではない重い剣が、セーレにのしかかる。


「氷よ!」

「炎」


詠唱すらなくても、氷と炎を互いに撃ち合う。ザクスの身体を拘束しようとした氷は、ジュッと炎によって溶けてしまった。あの頃よりも、ずっとザクスは強くなっている。


セーレの背中には冷や汗が止まらない。イタズラの時とは違い、命がかかった戦闘。ザクスを切る?そんなことできない。でも、そうしないと自分の国が。


氷がたくさん溶け、いつぞやと同じ水がセーレに襲い掛かろうとする。だから、あの頃と同じく氷の壁をつくって、ザクスを挟もうとーーー。


「…なつかしいな」

「えっ」

「もう、カエルには驚かない」


微笑みを浮かべたザクスが、あまりにもこの場に合わなすぎて。そしてそれ以上に、自分がつくった氷の壁があっけなく、ザクスの炎によってただの水になった。


セーレが驚いた一瞬だった。その隙をついて、ザクスが剣で仕掛ける。その剣を受け流そうと構えたが遅かった。


ヒュンッーーーと、セーレが持っていた剣はあらぬ方向へ飛んでいってしまう。しまったと思った時には、ザクスに距離を詰められ。


玉座の後ろからひょっこり見ていた部下が「勝者、ザクス様」と言った瞬間だった。


「んっぅ」


セーレはザクスに唇を奪われたのだ。


(なんで、どうして!?)


剣でトドメを刺すわけでもなく、キス。セーレを倒して、国を奪うつもりなのではないのか。頭が混乱し、感情の整理もつかず、涙が溢れてくる。腰をしっかりと抱きとめているザクスが、ハッと気付いて唇を離す。


「…どうして、んっ」

「どうして?」

「私の国を奪うつもりなんでしょ?」

「……はっ」


涙ながらにザクスを見上げれば、熱っぽい視線に絡め取られる。しかも色っぽい笑顔に、心臓がどくんと動く。ザクスは剣を下ろして、空いている手でセーレの涙を拭っていて。


「…奪うというのは…セーレのことだ」

「私?」

「ああ、幼い頃からセーレのことばかり考えていたが…式典の時にさらに目が離せなくなった…この責任をとってほしい」

「…えっ!?」


戸惑うセーレをよそに、ザクスはセーレの前に跪く。


「先ほどのキスは嫌だったか?」

「………っ」

「可愛いな」


端正なザクスの顔に気を取られたのち、ハッと思考が戻り――キスは嫌ではなかったと。そう…自覚した瞬間、とてつもない羞恥がセーレを襲う。そのせいで顔が真っ赤に染まってしまって。


「…あ、あの、ザクス…?」

「なんだ」

「そのその…いったい何が…」


至近距離で見つめるザクスの瞳は真剣であり、また甘いものをみるかのようにとろんとしていた。こんな瞳のザクスを初めて見るセーレはあたふたしっぱなしだ。


「セーレのたじろいでいる姿は新鮮だな…だがもう離してやれない…好きだ…セーレ」

「…えっ、んぅ」


再び唇が重ねられる。今日一日で、セーレの感情は怒涛の変化の繰り返しだ。幼い頃は親愛の情だと思っていたが…自分に対して欲情するザクスの瞳にあてられてしまったのか。


熱を伴ったキスに、胸のドキドキが止まらない。不快感がないのはもちろん、心臓が壊れてしまったかのように、鼓動が止まらない。


「セーレを私の妻に迎えたい」

「えっ、それ…んぅ」

「…できるさ、セーレのご両親にも相談済みだ…」

「ふぁ!?、えっんぅ、そんな、こと」

「ふっ、可愛い私のセーレ」

「まっ、んぅ、はなしを…!」


口付けがやまないザクスに、待ったをかけるセーレ。すこし不満そうだが、甘い笑みを浮かべて見つめるザクス。


「だって…そんな突然…」

「ふむ…これを見たら、納得するか?」


ザクスは懐から、一枚の紙を取り出す。硬い材質でできているようで、頑丈そうだ。そこには、ザクスの両親の名前…そして、セーレの両親の名前が書いてある。


内容は…両者の結婚を祝福するとのこと。


「んっ!?」

「周りの理解を得るために、時間がかかってしまったが…セーレのことしか…私は、考えられない」

「……っ!」

「もう後はセーレの気持ち次第なのだが…私のことが嫌いか…?」


公的な文書には確かに、両親の字と印があり…両国の了承があることがわかる。そもそも、現魔王はセーレなので、国の了承は自分のはずなのだが…。勇者に負けてしまっている以上何も言えまい。


口をぱくぱくとしながら、否定の言葉が何にも浮かばないセーレは大混乱だ。


「…その、こういうのはまず…デートからっていうか…」


捻り出した己の言葉に、頭を抱える。なんだデートって。そもそも、結婚を前向きに考えてしまっているなんて。そんな言葉の意味に気づいた時には、時すでに遅く。


ザクスに、「なら、明日から…何度も。セーレに会いに行こう…優秀な魔王様は約束を違えたりなんて…しないよな?」と言われてしまって。もう後戻りができないところまで、やってきてしまっていた。


「ひ、ひぇ…」


思わず、セーレの口から小さい悲鳴が漏れたが…自分の部下はその悲鳴とは反対に。「おめでとうございます…!これで、勇者にビクビクしながら生活しなくて済みます…っ!」と嬉しそうな声が聞こえてきた。


しかしそんな声に気を取られたのも一瞬で。すぐさまザクスの瞳に、大きな熱を感じながら。蛇に睨まれたカエルのように…セーレは、その場から動けなくなり。脳の思考を放棄したのだった――。


◆◇◆


「はぁ…」

「どうしたのあなた」

「セーレが魔王城から離れている間…魔王業を代わりにしないといけないのかと…」

「ふふっ。セーレのためですよ、あなた。それに色んな旅行もできたし、セーレの幸せのために、ね」

「そうだなぁ…」


イタズラ好きな娘が、大国の王子様と結婚する。大国の王子様…両親である我々に挨拶に来たザクスは本気の眼差しだった。


王位継承の式典で、セーレを妻にするとザクスが決めたことを伝えられた。王位など二の次で、もし自分より相応しい人材がいるなら譲るのだと。


ザクスの両親は、ザクス以上に魔法や公務をできる人材はいないとして、ザクスの決定を尊重したようだ。だからこそ、王位継承は実は延期になっていた。


その書面と説明を、セーレの両親は聞き驚き慄いていた。あのヤンチャ娘はいったい何をしでかしたんだ、と。


しかしここまで一途に思われ、追ってきているのなら本物だろうとみなした。


「途中で、私たちにイタズラがなくなった時だよなぁ…きっと」

「そうねぇ」

「あの時のセーレは生き生きしていたな…」


魔王城でのイタズラがなくなった時は、大人しくなったのだと踏んでいたが…。きっとザクスに何かしらの行動をしていたのだと、両親はここで気づいた。そんな行動すらも愛してくれるザクスなら娘を託しても大丈夫だろうと。


ただ、セーレの気持ちが伴っていなかった場合は認めないと書面に書いた。ザクスに暫定での結婚を許可する旨の書を手渡し、あとは彼次第にまかせたのだ。


どうやら、未だにセーレの気持ちが伴ってない場合発動する呪いの魔法は、効果を発揮していないようだ。それが示す意味は…。


「…さて、久しぶりに魔王城に帰るとするか」

「ええ」


セーレの両親は、お互いに笑みを深くした。娘の幸せな未来を願って。


その後、セーレが魔王で居続けるのか否かなど、問題は山積みだった。しかし、それらを解消するためには、後継ぎがいれば大丈夫だと説得され…。


セーレは大国と魔王城の後継ぎって、数が多いような…と頭を悩ませるのだが…。


そうした悩みすら吹き飛ばすように、ザクスの愛に蕩けてしまうのはまだ先の話になる。



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