第09話 Don't be long
私の知らない所で、誰かが苦しんでいる。
私の知らない所で、誰かが泣いている。
私は別に、全ての人を助けたいとか、そんな事は思っていない。
そんな事が出来る自分だとも思っていない。
ただ、自分が好きになった人くらいは助けたくて。
ただ、自分を大切にしてくれた人くらい大切にしたくて。
ただ、それだけだ。
ただ、それだけが、誰かを傷つける事もあるって、初めて知った。
胸の痛みで目が覚めた。
目を開けたら、そこでは、私の一番大切な人が、泣いていた。
「華!!」
私の目を見て、私の名前を呼んでくれて、ただそれだけが嬉しくて。
私は自然と、笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目が覚めると、そこにはつい最近知り合った男の顔があった。
「……起きたか」
「……目覚め最悪だわ」
あれだけ痛んでいた傷が嘘だったかのように回復している。
私は寝ていたベッドの上で体を起こす。
「まったく、何が挨拶代わりだ。派手にやりやがって」
「あっはっは、適当に帰ってくるつもりだったんだけど、ついマジになっちゃって」
アジルが顔をしかめるけれど、私は気にしない。
魔法の使い方を教えてくれたのはコイツだが、そもそもコイツの目的が無ければ私もこんな事はしていないのだから。
「で? どうだった」
どうだった、とは。
「相手の魔法少女は。だいぶボロボロにやられたみたいだが」
あぁ、華か。
「いやー……強かった。ワンチャンあるかと思ってたんだけど、アレは無いわ」
少なくとも現状を冷静に鑑みて、私は答えた。
「そうか。だが、お前はまだなりたてだ。潜在能力ではあの魔法少女に負けていないと、俺は思う」
……なんだそりゃ。コイツなりに励ましているつもりなのだろうか。
「……アンタ、もしかして実はイイヤツなの?」
アジルは答えない。
こいつは暗殺者で、目的があって春美里さんを殺そうとしている。
その為に私を利用しようとしている。
そんな相手を心配して、励ましてでもいるつもりなのだろうか。
なんともまぁ。
甘い暗殺者さんで。
「しばらく寝ていろ。その体じゃ、すぐには戦えないだろ」
「んやー、別に。大丈夫っちゃ大丈夫。体はどこも痛くないよ。寝てる間に誰かさんが回復魔法でも唱えてくれたのかな?」
「どうだか」
私はベッドから降りて立ち上がると、体の各所の動きをチェックする。
「しかし、驚いた。それだけ軽口が叩けるなら、もう魔法も使えそうだな」
「ん? あぁ……ほら」
私は指先に魔力を圧縮して見せる。
「……本当に使えるのかよ。マジでバケモンか、こっちの世界のガキは」
「恋するオトメの力ってのは、無限大なのよ」
と、冗談をかましてはみたものの、アジルは驚いているけれど、実際には強がりもいいところだ。
ただ圧縮して見せただけの魔力を解き放つ。
それなりの疲労感が私を襲う。やっぱり使い過ぎだろうな。
痛みはどこにも無いけれど、一日中体育の授業でもした後のような疲労感が全身にある。
「まぁ、実際お前は天才だよ。俺が軽く使い方を教えただけで、アレだけ魔法を使いこなして戦って見せた」
「昔から割と器用な方でね。どんな事でも、ある程度まではすぐ上手くなる」
ま、その後は大体、真剣に努力し続けられるような人種に抜かれていくんだけど。
とは言え、今回の件に関しては、私もそっち側の人種だ。
「なぁ、アジル、もうちょっとなんかいい魔法のアイディア無いかね?」
「お前程の才能があれば、すぐ思いつきそうなもんだがな。属性の使いこなしだけで言えば、お前はあの魔法少女より優れているように見えた」
「まぁ、それはあるかも。私が闇属性だからってのもあるかもしんないけど」
「闇属性ってのは、その辺にある他の属性の魔力の素を吸収して、合併する力があるからな。単品としての属性の力じゃ光属性に勝てないかもしれないが、他の属性の力を上手く活用すれば、その力は光に匹敵する」
ただ、華が最後に放った魔法。
アレからは、私と同じ力を感じた。
「最後の、アレはなんだと思う? 私は、なんだか私の力と同じ属性を感じた」
「お前の今の言葉で確信が持てたが、アレはおそらく、光と闇の両方の属性を持った魔法だ」
「……流石に相反してるような気がするんだけど、やっぱそう?」
「だろうな。何度かあの魔法少女の魔法を見た感じだが、基本的には純然たる光の魔法だ。それが、何らかの理由で、光と闇の属性両方を扱えるようになる瞬間があるんじゃないか? 最後の瞬間だけ、あの魔法少女は衣装の色も変わっていた」
コイツ結構ちゃんと見てやがったな。
早く助けろっつーの。
「いや、実際よく耐えたよ。俺なんかじゃなんの助けにもならん。助けに飛び込んでも無駄に死んでいただけだろうな」
「あっそ。ほんと弱いなアンタ」
「お前らがバケモンなんだよ」
しっかし、聞いても何の対策も立てようがない。
どうしたもんか。
「そういえばお前が置いていった端末、ずっとブーブーなっていたぞ」
「あぁ、ケータイ……」
チェックしてみると、親から鬼のように着信が入っていた。
メールやら何やらありとあらゆる手段で、心配だから早く連絡をよこせとある。
……面倒だな。
「なぁ、アジル。私一度家に帰るよ」
「あぁ? そんな事してて大丈夫なのか」
「アンタにとっちゃ『そんな事』でも、しないといけないんだよ、女子高生ってのは」
「そうか。とりあえず今日はまだもう一度戦うも何もないだろうし、ゆっくり休めよ。何かあったらテレパスでもくれ」
「そっちもな」
軽く別れを告げて、アジルの隠れ家を離脱する。
しかし変なおっさんだが、妙に仲良くなってしまった。
これも面倒な事の1つだ。
『もえちゃん、一緒に帰ろう』
声をかけてくれる華はいない。
私は1人で家路を辿る。
世の中は面倒な事ばかりだ。
どうしてこんな事になった。
どうして、春美里さんと華があんな事に。
どうして、私が春美里さんを殺すなんて事に。
どうして、どうして、どうして、どうして――
どうして、親友の事なんか、好きになってしまったのか。
世の中は面倒な事ばかりだ。
大抵の面倒事は、自分の力だけではどうにもならず、そして、自分の意志の及ばない所で起こる。
しかしそれは、結局自分の意思と、自分の力で乗り越えなくてはならない。
仕方ない、と割り切るしかない。
仕方ないから、さっさと春美里さんを殺して、華を元に戻す方法を考える。
それしかないか。
しかし今のままでは、華に阻まれてしまう。
最低でも華を動けなくするだけの力が、私には必要だ。
華にあって、私に無いもの。
それを補う何かが、私には必要なんだ。
仕方ないから、私は考える。
ソレが何なのか。
どうしたらソレを得られるのか。
どうしたら、華を取り戻せるのか。
辺りはすっかり暗くなって、ケータイはずっと震えている。
電源を切った所で、余計に心配をかけるだけだろう。
面倒な事だ。
『もえちゃん、私の事は、私が決める。もえちゃんにどんな事情があるのかはわからないよ。でも、私にも譲れない物があるの。絶対に、誰にも譲りたくない気持ちがあるの。それはさ、今も私の中でどんどん強くなっていって。どうしても収まらない。私の中から今すぐにでも全部漏れでてしまいそうなの。でもね、それは出来ない。わかる? そりゃあ、辛いよ。すごく辛い。私は今、本当に頭がおかしくなりそうなんだよ。でもね、手放せないの。全部投げ捨てる事なんて出来ない。それは私にとって、すごく痛くて、すごく辛くて、私の体を内側から全部バラバラにしそうな程……大切な気持ちだから』
フラッシュバック。
そんな気持ちなら、私にもある。
あるんだよ、華。
私だって、今にもバラバラになりそう。
全部投げ捨ててしまえたら、どれだけ楽になれるかわからない。
でも、そう出来ない。
面倒で、痛くて、辛くて、しんどいことばかりなのに、捨てられない想い。
「――絶対に、華との日常を取り戻す」
例えそれがあの子の意思と違っていても。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「大体華は、あqwせdrftgyふじこlp;@:」
どうやら私、寝ている間に私の部屋に運び込まれたみたいで。
目が覚めて、ベッドから体を起こし、かれこれ1時間くらい。
もうずーーーーーーっとイリスちゃんのスーパーお説教タイムが続いているような気がする。
「ハイ、ゴメンナサイ」
「返事が棒読みィ!」
「あぁもう、イリス! 華は疲れてるのよ?! そろそろお説教も終わり! おーわーり!」
おぉ女神よ、彩綾ちゃんよ。
「むぅ……。でも本当に、特に最後の奴は無茶し過ぎ!! なんであんなのが撃てたんだか……」
「それは――」
私にもわからない。
あの時すごく、胸が痛くて、痛くて、痛くて……。
でも、気がついたら、いつもよりも力が漲るのを感じていた。
いつもの倍か、ソレ以上の力。
「アレは、明らかに闇属性の魔力が入り混じってた。そもそもだけどさ、光属性がまず、レアなわけ。その上、闇属性もレアなわけよ。その属性を両方使えて、それどころか織り交ぜて魔法として行使できる? もうこれはアレよ、こっちの世界でいう所のアレ、えーっと、デート?」
「……チート?」
「そうそれ。それよ、多分」
わからない言葉を無理に使わないでよろしい。
「だーーーかーーーら!! もうその話は終わり! ハイ!」
彩綾ちゃんが強引に話を打ち切る。
そのまま、ベッドの上に腰掛けて、そして、
「もう、無理し過ぎないで。華が私を心配してくれるように、私も華が心配なの」
ギュッと、私を抱きしめてくれた。
……?!
脳内が瞬間沸騰だよぉ!! ちょままままま私落ち着け私落ち着け私!!! あぁあ彩綾ちゃんの髪の、体の、香りが頭の中を全て埋め尽くして溶かしてあぁもう駄目だ私オーバーヒートしちゃう、あぁあ
「返事は……?」
「ははははは、ハイ!! 決して!! 無理し過ぎません!!」
彩綾ちゃんは満足そうに少し体を離し、私の肩に手をおいて、私を見つめて微笑む。
「ありがとう」
――うん、私、頑張った。
この笑顔を守れたんだもん。
一先ず上出来。
「もう、サーヤは華に甘いんだからー!! ……まぁそれは良いとしても、あの魔法少女よ、問題は」
「……うん」
ノワール・モエット、こと、もえちゃん。
なんで、あんな事に。
「平原さん、どうして魔法少女に……やっぱり、追手の誰かに騙されているのかしら?」
「……わかんない。でも、そうじゃない、と思う」
なんで、と思うのと同時に、少しだけ、わかる気もしていた。
私の自信過剰かもしれないけれど。
きっと、私を助けようと思っているんだ。
小さい頃からずっと一緒だった、もえちゃん。
私がずっと、頼ってばかりだったから。
私がずっと、弱かったから。
どこかで私がこんな事をしているって知って、助けようとか、そういう風に思ってくれたんだとは、思う。
私の為だって、言っていたし。
でも、
「もえちゃんは、私が止めるよ。何があったのか、わからないけれど、ちゃんと話して、わかってもらいたいし、私も理解したいから」
「……そう」
彩綾ちゃんは納得してくれたのか、少しだけ目を細めて、頷く。
「ただ、あの子は強いよ。アレこそまさに、闇の属性の魔法少女だった。闇の属性は、周囲の魔素を利用して、他の属性の魔力を組み合わせる事が出来るんだよ。単純な出力や威力なら、華の光属性の方が上だろうけど、ノワール・モエットの闇属性は、侮っちゃダメ」
「うん、気をつける」
だから、途中で魔法が雷みたいになったんだ。
アレは単純な風属性の魔法じゃなくて、闇の魔法に風の属性を乗せた雷だったから、ものすごい威力になっていたと。
自分の魔力に、周囲の魔力を乗せて撃てるんだから、そりゃあ威力も上がるわけだ。
……私も何かしら、対抗策を考えないと。
「と、言うわけで、回復したら特訓よー!! ……とは言え、今日は無理だろうから、ゆっくりしよっか」
「流石に、そうしてもらえるとありがたいかな」
私もなんとか動けてはいるけれど、全身が疲労感でいっぱいだった。
魔力を使い過ぎると、きっとこうなるんだろう。
「じゃあ、『わかば』さんの続きを見ない……?」
少し照れくさそうに彩綾ちゃんが言う。
なんだか本当に『わかば』さんを気に入ってくれているみたいで、私も本当に嬉しい。
「うん、見よう!!」
とりあえずその晩は、お母さんに再び彩綾ちゃんが泊まる旨を伝え、3人で『わかば』さんを見て過ごした。
まさかの連泊ですよ!!
嬉しさの渦に飲み込まれながら、それでも私は、胸に何か棘が刺さったままのような、そんな気持ちを忘れられずにいた。
アニメも佳境、デス子ちゃんと分かり合いたくて、わかばさんは戦う。
そんなわかばさんに、デス子ちゃんは言う。
『わかばにはわからないよ! 私の気持ちに、これ以上入って来ないで! 私だって、わかばと戦いたくなんてない……でも、そうしないといけないの! だからこれ以上、私の前に立ち塞がらないで! 私に、辛い思いをさせないでよ……!』
悲痛な声で。
涙をボロボロと流して。
『私は、やっぱりどうしても、デス子ちゃんと友達でいたい……! ねぇ、お願い! 辛い事があるなら、一緒に乗り越えたいの! 悲しい事があるなら、一緒に分け合いたいの! そして、楽しい事を2人でたくさん、たくさん一緒に感じたいから! だから私が、デス子ちゃんを止める!』
わかばさんも泣きながら、それでも、友達だから戦う、止める、という意思をハッキリと口にする。
こんな風に、私も、もえちゃんと戦うのかな。
ズキン、と。
心が軋む音が聞こえた。
それでも、私には守りたい人がいるから。
きっと戦うんだろうな。
――彩綾ちゃんを守って、もえちゃんとも仲直りする。
その為に、私は自分の、全身全霊を尽くそう。
わかばさんのように。
アニメのように都合よくいかない、って、どこかで客観的に考える私がいる。
今までの私の人生だって、全然都合よくなんていかなかった。
いつも自信がなくて、友達ももえちゃんしかいなくて、現実の世界より2次元の世界が大好き。
ついに出来た3次元の好きな人は、まさかの同性だし。異世界のお姫様だし。
だからって――
『負けられない! 私は、私自身の力で、私の大切な物を全部、守りたいから!』
わかばさんが、画面の向こうから、私の気持ちを声高に叫んでくれていた。
今回は前後編に分かれず。
次のお話からはまた少し展開していきますので、よろしくお願いします。