表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

「周囲の視線はいつものことだ」


 ふとそういえばあれ以来例の赤いハートを見てないなと思い、ちらりと俺の右斜め後ろを歩く桜木さんを見る。勿論バレないように。

 告白されて、断ったその一瞬の間に桃色が赤へと変わる様はなかなかに恐ろしかった。赤いハートというものを見たのはあの時が初めてで、その時以降彼女のハートが赤に染まることはなかった。

 あれは、一体なんだったのだろう。


「ねえねえ柊くん、どこ行くのー?」


 今は普段滅多にいかない図書館に向かっている途中だ。図書館ならば桜木さんは静かにせざるを得ないだろうと。そう考えての行動なのだが、道中のことは全く考えていなかった。うるせえ。


「柊くんってばー」


 図書館を出てさっさと家に帰るか? いや、そうしても彼女はどうせ俺の家の前で待機するに違いない。くそ、図書館で時間を潰すしか手はないのか。誰か俺を助けてくれよ……。


「ひーいーらーぎーくーん」


 もうこれ以上俺の名前を呼ぶのはやめてくれ。周囲の視線に耐え切れずに泣いてしまいそうだ。

 額に手をあてながらどうすればこの人を振り切れるだろうと考えていると、ついてしまった。目の前にあるのは確かに図書館である。畜生。できればここにたどり着くまでに彼女をどうにかしたかった……いや、もうどうでもいい。よくないけど。とにかく中に入ろう、外は暑い。暑い。


「と、図書館デート!? 初めての場所にしてはハードルが高いんじゃないかな……!」


 後ろでわけのわからないことを言っている彼女をいつも通りスルーして、ガー、と音を立てて開く自動ドアをくぐると、すぐにひんやりとした空気を感じた。

 もうこの涼しい空気だけで図書館に来た甲斐があるってもんだ。後ろのおまけさえなければよかったのに。


「もしかして宿題を終わらせに……? 柊くんってば真面目なんだね」


 もうあんたは家に帰って大人しくしとけよ。そう言いたくても言えないのは俺が彼女を幻覚だと思っているからである。この設定はなかなか厄介だ。しかし、俺が耐えれば済むことなのでいつものことだと割り切って二階にある勉強部屋へと向かった。


「私ここあんまり来たことないんだ。柊くんはよく来るの?」


 一切会話のない俺と桜木さんを見た周囲がざわつくのがわかる。そりゃそうだ、彼女は常に俺の一歩後ろを歩き、前に言葉を投げかける。会話のキャッチボールができていないどころか目も合わない俺と彼女を疑問に思わないわけがないのだ。俺だってそんな二人見たら不思議に思う。


「柊くんってば、ねえ。……あ、ここ図書館だから喋っちゃダメってことだね、ごめん!」


 なら何かしらのジェスチャーを彼女にすればいいのに、と思った人間がいるだろう。俺もそう思う。でも、俺にとって彼女は幻覚で彼女の声は幻聴。返事をするとなるとそれを破ることになるのだ。

 ……学校以外のところでこれをするって、かなり面倒だな。

 不覚にも隣が空いている席に座ってしまい、内心しまったと思っていたのだが彼女が隣に座ることはなく、いつものように俺の斜め後ろを陣取ったようだった。がたがたという音からの推測でしかないのだが、恐らく間違いではない。


(斜め後ろが好き、なのか? 隣に座るのは気が引けるとか? ……すごく今更だと思うけど)


 隣に座る度胸がないのかと一瞬思ったのだが、そんな度胸がないのならここまでストーカー的行為はしていないだろう。思えば彼女はいつも俺の斜め後ろにいる。クラスでも、歩いている時でも、今も。なんだろう、斜め後ろに何かあるのだろうか。

 何かわかるかもしれないな、と考え、すっと立ち上がり部屋を出ていきながら彼女を横目でちらりと盗み見た。慌ててカバンの中にしまってたが、見えてしまった。デジカメが。

 彼女が部屋から出てくる音を背に、トイレへと向かう。彼女は俺の写真を撮るために隣ではなく斜め後ろに座っていたのか……。確かに隣だとバレるだろう、確実に。しかし、俺に気づかれなくとも周囲の人間には気づかれる。それを覚悟で堂々とデジカメを取り出していたというのか。桜木さんってば大胆。いや、返事がないのに声をかけ続けたり堂々とストーカーらしき行為をしている時点で大胆なのだが。


(……やばい、何がなんだか全くわかんねえ)


 桜木さんが俺の後ろを歩くようになってもう何日経つだろう。もう諦めればいいのに。何が彼女をそうさせるのか俺には全く理解できない。いくら俺が、その、好きな人だからってここまでするもんなのか? 女子ってそういう生き物なのか? ……わからん。

 いつまでもトイレにこもっているわけにはいかないのでとりあえず外に出て、元の部屋へ戻る。と、既に彼女は席についていた。

 あれ? 俺より遅く部屋を出なかったか? そんな疑問は持ちつつも平常心を装って席につく。みんなのハートが黒かったり青かったりするのは気にしない。い、いつものことだ。赤の他人だろうが同じ学校の人間だろうが俺への態度は一緒だ。俺の桜木さんへの態度を見た後ならば。

 別に悲しくなんてない。俺の周りにいるのは俺のことをわかってくれる人間だけでいい。負け惜しみとかではない。決して。そしてそこに桜木さんはいないということをわかっていただきたい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ