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コギトの雨  作者: 海老
第二章 地底の都フィロソフィアとシュレーディンガーの猫
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十八、仕事の時間

「スムくん、あなたもしかして行くつもりなのですか。」

 テントへ戻って来たプネーマさんは、ごそごそと荷造りをしている僕を見て、たいへん心配なような不安なような声で言いました。

「はい。危ないのは分かっているけれど、やっぱりどうしても行きたいのです。」

 僕は荷造りにせかせかした手をいったん止めて、プネーマさんにしっかり向き直って答えます。

「あなたは確かに優秀ですし、コギトさんと旅をして体も頑丈です。私やラボの大人達でさえしていない経験も、あなたはきっとしている事でしょう。けれども、それでもあなたがソヨと同じ子供であることには変わりありません。あなたが優れているとか劣っているだとか、熟達しているとか未熟だとかそういう問題ではなくて、私達大人ははじまったばかりのあなたの命を危険にさらす訳にはいかないのよ。あなたはこの世界の大きな大きな歴史の流れの先頭に立とうとしているのですから。ああ、どうか分かって。中へ入るのは本当に安全が確認されてからでも遅くはないでしょう。」

 プネーマさんは困り果てた様子で、どうにか僕を止めようとそれはもうあれこれ言いました。僕にもそれが僕を心配してくれての事だという事はしっかり分かりましたし、プネーマさんのおっしゃりようは如何いかにも正しいとよく理解しておりました。それに、ああ、母親とはもしかしたならこういうものなのかなと、なんだかちょっぴり嬉しい気さえしていたのでした。

 けれども、僕は何故だか行くのがどうしようもなく良いように思えて仕方がなく、プネーマさんの心配をよそに、すっかりその荷造りを終えてしまったのでした。

 プネーマさんがどうしたものかと眉をハの字にしておりますと、テントの入り口の幕がすしゃりと開き、そこへアマンダさんがやって来て、僕を見るなりなんともすっきり言いました。

「あら、スム。もう準備万端というふうね。よろしい。あなたもいらっしゃい。」

 僕はアマンダさんになんとかお願いするつもりでおりましたので、あんまり意外なアマンダさんの言葉に何やら反応し切れず、どうにもぴたりと止まってしまいました。

「アマンダさん、いけません。あんな危険な場所へいかせるだなんて。せめて一通りの調査が終わってからでなくては。」

 プネーマさんは驚いたように、いつもより少しだけ声を高くしました。

「おっしゃりようは分かりますわ、プネーマさん。私も本当はそれが良いと思いますし、ソヨにはそうしてもらうつもりです。けれどもこの子は連れて行きます。それがコギトの望みですから。」

 僕とプネーマさんは、揃って分からないという顔をしてアマンダさんの言葉を黙って聞いておりました。

「コギトは、ここを立ち去る時に私に言いました。ここにはあまり長くは居られないだろうけど、その短い間でもスムになるべく多くの経験をさせてあげて欲しい。出来ればここでしか出来ないような経験を。どうかよろしく頼む。そう言ったのです。そもそも人との交わりを嫌っていたコギトが、まだほんの子供のスムを連れて旅をするのには、きっと理由があるはずなのです。私はあの人を信じています。あの人も私を信じてくれました。ですから、私はスムを連れて行くのです。そして、皆で無事に帰って来ます。大丈夫。きっと歴史を変える発見をして、大手を振って帰って来ますわ。」

 プネーマさんは黙ったまま暫くアマンダさんの目を見つめると、小さく息をふうっとやりました。

「わかりました。では私はソヨとここで待っております。主人とスムくん、ラボの皆さん、それにご自身も、どうか無事にお戻りください。」

 プネーマさんは深々頭を下げてニコリと笑いました。アマンダさんもそれに答えるように穏やかに微笑んで、僕を黙って外へと連れ出しました。

 外ではすっかり調査隊が編成されている様子で、三十人程のラボのメンバーが正門前であれこれ打ち合わせをしておりました。

 すると、こちらにソヨが駆け寄って来て、僕の荷物を見て察したように言いました。

「スム、あなた行くのね。ああ、どうか気を付けて。絶対みんなで帰ってきてね。」

 ソヨもプネーマさんとおんなじ形の眉毛をして、やっぱり不安そうです。

「大丈夫さ。何にも心配いらないよ。」

 僕がソヨに笑いかけると、隣でアマンダさんが大きな声で話し出しました。

「さあ、皆さん。遂にこの時が来ました。言霊は持ちましたね。この歴史の変わる日に、こうして皆さんと立ち合えることを、私は心から幸福に思います。けれども、とにかくなにより優先すべきは、無事に揃って帰って来る事です。どうか忘れないで下さい。過去を知るために未来を閉ざしてはいけない。未来のために過去を知りに行くのです。必ず全員で帰って、美味しく夕飯をいただきましょう。」

 続いてカダカさんが話します。

「グルゲンの話じゃ一番奥に馬鹿でかい建物がある。目標はそいつだ。途中どんなに物珍しいもんがあっても、気を取られるなよ。まずは奥だ。指揮はわしがとる。よし、門を開けな。仕事の時間だ。」

 カダカさんが声を上げると、発掘斑の数人がずずずと低い音を立てて門の片側を開きました。

 そうして僕たちは、とうとうフィロソフィアの中へと、揃って入って行ったのでした。

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