第10話:TRUE END――私の推しは世界一!
「……勝者、柴田権六勝家。
敵の本陣を切り崩し、総大将の首を挙げたその働き、まさに天下無双。
文句なしの一番槍である」
越前の地を真っ赤に染めた朝倉征伐は、織田・徳川・浅井連合軍の圧倒的な勝利、
そして、一人の「悪鬼」の覚醒によって幕を閉じた。
清洲城の大広間。
上座に座る織田信長お兄様は、相変わらず不敵な笑みを浮かべていた。
だがその表情には、どこか悔しそうな色も混じっている。
広間の中央には、『金ヶ崎の戦い』を戦い抜いた男たちが並んでいる。
右翼で完璧な戦術を見せた浅井長政様は、悔しさを滲ませつつも実直な目を崩さない。
左翼で相変わらず理解不能な動きを繰り返した徳川家康殿は、
戦場でマントをどこかに落としたのか、少し煤けた顔で髪を掻き揚げている。
そして、羽柴秀吉は、相変わらず愛想笑いを浮かべながら平伏していた。
だが、何よりも異彩を放っていたのは、中央の最前列に跪く私の最推し――柴田勝家様だった。
鎧は敵の矢弾でボロボロになり、直垂は泥と返り血で黒く汚れ、お世辞にも「美しい」とは言えない。相撲大会の時のように、泥まみれの無様な姿だ。
長政様のような気品もない。
家康殿のような華やかさもない。
秀吉のように世を渡る器用さもない。
信長お兄様はゆっくりと立ち上がり、勝家の前に歩み寄ると、
冷ややかな扇の先をその首筋に突きつけた。
「権六。貴様、軍令を無視して単騎特攻を仕掛けたな。万死に値する大たわけだ」
部屋中の空気が張り詰める。もしここでお兄様の機嫌を損ねれば、
どんな武功があろうと首が飛ぶかもしれない。
私は息を呑み、上座の端から祈るように勝家様の横顔を見つめた。
「……だが」
信長お兄様は扇をパッと引き、鼻で笑った。
「泥にまみれ、傷を負いながらも、敵の本陣を力業で叩き潰したその執念。
猪武者にしては、反吐が出るほど見事な戦いぶりであった。……認めざるを得まいな」
お兄様はくるりと私を振り返り、不敵に口角を上げた。
「市。貴様の『推し』とやらは、どうやらただの猪武者ではなかったようだ。
以前、貴様が余に啖呵を切った通り、この男の『やり直し』、確かに見せてもらった」
「……兄上!」
「勝負は貴様の勝ちだ。……長政、家康。異論はあるまいな」
信長お兄様が鋭い眼光を向けると、長政様が静かに一歩前へ出て、深く頭を下げた。
「……異論などございませぬ。柴田殿のあの命懸けの突撃、この長政、感服いたしました。
お市様。謹んでお祝い申し上げます。……柴田殿とお幸せに」
(長政様……! 最後までなんて誠実で格好いいの!
ありがとう、次世ではちゃんとあなたのルートも攻略するからね……!)
続いて、家康殿がバサッと(破れた)羽織を翻し、目元を片手で覆いながら切なげな声をあげた。
「フッ……僕の熱いパッションも、二人の純愛には敵わなかったか。
お市ちゃん、君のハートを射止められなかったのは僕の人生最大のミステイクだけど、
その涙の雫が乾いたのなら、僕は新しい愛を探しに走るだけさ。
また会おう、僕のシンデレラ(キラン)」
(最後までブレないわね、この昭和トレンディ大名……。
でも、場を和ませてくれて(?)本当にありがとう!)
秀吉も「いやはや、してやられましたなァ」と、降参を模して揉み手をしながら頭を下げている。
皆の祝福(と諦め)の空気が広がる中、勝家様は初めて、
信長お兄様の目を、そして私の目を、真っ向から見据えて叫んだ。
「信長様! 某は無様で不器用な猪武者にございます!
長政殿のような美しさも、家康殿のような華やかさも、秀吉のような才覚もありませぬ!
しかし、お市様を想う心、お市様を命懸けで守る忠義だけは、天下の誰にも負けぬと誓います!
お市様を、この柴田権六にくだされーーー!!」
床が震えるほどの、魂の叫びだった。
その瞳には、かつて私から逃げ回っていた頃の劣等感など、微塵も残っていなかった。
信長お兄様はフッと扇子を収めると、椅子に戻り、呆れたように手を振った。
「……ふん、どこまでも不器用な男だ。市、好きにするが良い」
「はい! ありがとうございます、兄上!」
私は溢れ出る涙を堪えきれず、上座から駆け下りて、
泥まみれの勝家様に向かって思いっきり飛びついた。
「おわっ!? お、お市様、人目が……! 某、まだ泥と血で汚れております!」
慌てる勝家様の広い胸に顔を埋めながら、私は叫んだ。
「関係ないわ! 世界で一番、格好いいんだから!」
数百回のゲームオーバーの先で。
私はついに、推しを救い出したのだ。
数ヶ月後。
織田家筆頭家老・柴田勝家と、信長の妹・お市の婚儀が、清洲城にて盛大に執り行われた。
「いやはや、実に見事な婚儀! お二人のお姿、まさに天下の語り草にござりますな!」
秀吉が瓢箪をカラカラと鳴らしながら祝いの言葉を述べ、
その隣で竹中半兵衛が「私の盤面通りです」と、
静かに白黒の一文銭を弄びながら祝いの杯をあげている。
戦国の宴は現代と違い何日も続く。
さすがのお市にも疲れが見えた。
(うう、自分の婚儀とはいえ延々と続く宴きつい……。
なんか前にも同じこと考えてたな)
けれど、あの時とは決定的に違うことがあった。
隣に座る勝家様は、もう私から目を逸らしたりしない。
不器用に眉を下げ、耳を真っ赤にしながらも、
真っ直ぐに私を見つめ、優しく微笑み返してくれるのだ。
勝家様が小さく口の形を動かした。
『お市様、本当に、某でよかったのですか……?』と、まだ少しだけ自信なさげに聞いているのが、
私にははっきりと分かった。
私は満面の笑みを浮かべ、彼の手をそっと握ってみせた。
(何言ってるのよ、権六。良いに決まってるじゃない!)
私は、画面の向こうで夢にまで見たハッピーエンドの、その先を今、生きている。
泥臭くて、真っ直ぐで、誰よりも不器用な私の最推し。
私は世界で一番、あなたのことが大好きなの。
これからどんな歴史の荒波が来ようとも、
この大きな手を、絶対に離さない。
二人で天寿を全うしてみせるんだから!
これはもう、画面の向こうの物語じゃない。
私自身の手で掴み取った、本当の結末だ。
満開の桜が舞う清洲城の空の下。
お市の「推し存続計画」は、
ついに最高の幸福へと辿り着いたのだった。
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