第98話 影を追う者
王の謁見の間。
白金の柱が静かに並び、光の揺らぎだけが広間を満たしていた。
レンセリオンは片膝をつき、玉座の前に静かに控える。
(……呼び出しが急だ。何が起きた?)
胸の奥で、ひそやかな警鐘が鳴っていた。
やがて扉が開き、ルクヴェル国王アウレインが静かに歩み出る。
玉座に腰を下ろした王は、一言だけ落とした。
「……読め」
差し出されたのは、王都税関の封蝋。
レンセリオンは一礼して受け取り、書簡を開いた。
差出人:主任監査官 フォルティア・グレン
「王都南区・第三倉庫街付近にて、市民一名が“強い高揚”および“判断力の著しい低下”を示したとの通報あり。酒精臭は確認されず――」
(……酩酊ではない)
「本人は“通常の夕食を取っただけ”と証言。
しかし翌朝、自らの署名に強い混乱を示し、一族が代々保持してきた特定物資の独占取引権が、新規登録商会《ナイトクロウ商会》へ移っていた」
レンセリオンの眉がわずかに動く。
(……ナイトクロウ商会?
南区の商会一覧に、そんな名は見た覚えがない)
胸の奥に、ひやりとしたものが走る。
光でも刃でもない。人の“意志”だけが奪われた痕跡。
報告は続く。
「当夜、食卓に置かれていた空瓶が提出され、残留成分より、周辺諸国に流通記録のない“未知の調合物”の存在が判明した。
周辺諸国に流通記録はなく、正規輸入の記録も存在しない」
(……酒でも毒でもない。
だが、“何かに混ぜる”にはあまりに扱いやすい)
最後の一文が決定打だった。
「本件調合物は、南区第三倉庫街を経由した非正規ルートによる持ち込みの可能性が高い」
レンセリオンは静かに息を吸った。
(……影は、すでに王都に入り込んでいる)
他者の“選択”を奪い、生業ごと人生を折るもの――それが表の流通に紛れ込み始めている。
ゆっくりと顔を上げた瞬間、アウレイン王の視線が鋭く落ちる。
「――これは、表の騎士団に預ける案件ではない」
短く、揺るぎない断言。
「その調合物は、人を殺さず、しかし“自由意志”だけを奪う」
一拍置き、王は厳然と告げる。
「光の名で裁ける事案ではない。
だが――光を背負う者でなければ、踏み込めぬ影もある」
その声音には、王としてだけでなく、父としての覚悟が宿っていた。
「この国で、それを扱えるのは限られる」
そして名が呼ばれる。
「――レンセリオン。お前だ」
命令と、揺るぎない信頼。
「入手経路を洗え。南区を起点に影を追え。
表沙汰にするな。だが……見逃すな」
影を斬る剣ではなく、影を“見極める”ための任務。
レンセリオンは静かに頭を下げた。
「御意」
迷いのない声が広間に落ちる。
(光を掲げる前に、影を知れ――
……それが、王が望む“俺への試練”か)
こうして第四騎士団は、まだ“名も持たぬ影”を追い始めることになる。




