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第91話 大地の王子

翌朝。

宿舎の白い石壁にやわらかな光が反射し、空気は冷たく澄んでいた。


レンセリオンは、昨日と同じ場所――宿舎前に静かに立っている。

今日は、テルメナとスィルファリオンの代表を迎える日だ。


そして、最初に姿を現したのは――


深い茶の外套を纏った、大柄の青年だった。


その佇まいには、朝の冷気さえやわらぐような温度がある。


馬車から降り立った彼は、明るい琥珀色の瞳を持ち、

鎧でも礼服でもない、地味ながら質の良い“作業着風の礼装”を身にまとっていた。


テルメナ第一王子――

レヴィアン・アード・テルメナ。


レンセリオンは、思わず目を細める。


(……“働く者の王子”という噂は、本当らしい)


テルメナは、世界の影の支柱。

大地と労働の秩序を司り、七国の中でも最も“実直”で、“手を動かすこと”を尊ぶ国だ。


ルクヴェルとは交易関係も深い。

鋼材、武器、防具、宝飾具、工具――

優れたテルメナ職人の品々が、毎年ルクヴェルへと届く。


そしてルクヴェルは、食料、医薬品、光晶油、聖堂建材を返す。


互いを支え合う、古く強固な繋がり。


(第12代王グランディオ陛下は、自ら鍛冶場に立つという。

理念は美しいが……制度防御が甘い、と父上は評していたな)


思考を巡らせた、その時。


レヴィアンがこちらに気づき、柔らかな笑みを浮かべて一礼した。


「初めまして。テルメナ王国第一王子、レヴィアン・アード・テルメナです。

この度の学び舎への招待、心より感謝いたします」


よく響く声。朗らかで、どこか“土の温度”を帯びている。


レンセリオンも歩み寄り、礼を返した。


「ルクヴェル王国第一王子、レンセリオン・レオ・ルクヴェルです。

遠路、よくぞお越しくださいました。

あなたの国の品々には、我が国も日々助けられております」


レヴィアンは照れたように後頭部をかき、笑った。


「いや、我々が作る物など、ただの“仕事の結果”ですよ。

ルクヴェルの光晶油や医薬品も、我が国では多くの命を救っています。

感謝するのは、むしろこちらの方です」


その言葉は、王族というより――

まるで鍛冶場で働く青年のように、まっすぐで誠実だった。


レンセリオンの視線が、自然と彼の手元へ落ちる。


――厚く、硬い手。


ただの王族のものではない。

“働く者の手”。


テルメナが守り続けてきた誠実、そのものの形。


(……理念だけではない。

この男は、本当に“働く者の王子”だ)


レヴィアンは視線に気づいたのか、手を軽く開き、照れくさそうに笑った。


「鍛冶の真似事ばかりしていたら、こんな手になりまして。

お見苦しかったら、申し訳ありません」


「いいえ。むしろ、尊敬に値します」


レンセリオンは、きっぱりと言い切った。


レヴィアンは一瞬驚き、そしてすぐに顔をほころばせる。


「……ありがとうございます。

光の国の王子にそう言っていただけるとは」


一礼する姿は、余計な飾りがなく、ただ真っ直ぐだった。


(……テルメナの“誠実の教え”が、そのまま形になったような人物だな)


レンセリオンは軽く会釈し、宿舎の玄関まで歩みを添える。


扉の前で足を止め、静かに告げた。


「部屋の準備は整っております。

何かございましたら、遠慮なくお申しつけください」


「ありがとう、レンセリオン殿。今日はゆっくり休ませてもらうよ」


レヴィアンは穏やかに微笑み、宿舎の中へと入っていった。


その背を見送りながら、レンセリオンは確信めいたものを抱く。


――この男は、いずれ世界を支える柱となる。


誠実は、大地のように静かに強い。

その歩みには、誰かを支えるための温度が宿っていた。


玄関の扉が閉まった後もなお、

レンセリオンの胸には、テルメナの“温かな土の気配”が、かすかに残り続けていた。

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