第90話 心が動いた日
騎士団本部――練兵場。
第四騎士団が日々鍛錬を積む広い稽古場で、
レンセリオンはルークと剣を交えていた。
銀の刃が幾度も閃く。
その軌跡は、まるで光そのもののように鋭く、美しい。
「今日の殿下、キレッキレですねぇ。絶好調じゃないですか!」
カイルが口笛を鳴らす。
やがて二人は剣を収め、休息に入った。
レンセリオンは額の汗を拭い、水を口に含む。
夕刻の光が、練兵場を囲む高い塀の上から差し込み、
その一筋がレンセリオンの横顔を淡く照らした。
「……“竜の息吹”が殿下を照らしておられますね。
ルクヴェルの誇りと希望そのもの、って感じです」
カイルの言葉に、レンセリオンは静かに視線を向ける。
「次はお前だ。準備しておけ」
「……ですよねぇ」
カイルの肩が落ち、ルークは思わず吹き出しかけた。
「殿下、そろそろ休まれては。四戦続けておりますよ」
ルークの進言に、レンセリオンがわずかに目を瞬く。
「もう……四戦も?」
「はい」
二人が揃って頷くと、レンセリオンは素直に腰を下ろした。
するとカイルが、にやりと笑いながら近づく。
「セリナ殿から聞きましたよ」
レンセリオンは思わず水をこぼしかけて、軽く咳き込んだ。
「ということは……お会いできたんですね。セレフィアの姫様に」
レンセリオンは短く頷いた。
「噂じゃ、セレフィアの姫は“花のように美しい”とか」
ルークがぽつりと言う。
――花、では足りない。
噴水の光を受けて微笑む少女の姿が、静かに脳裏に浮かぶ。
(外見だけではない。
内側から、光が溢れているような――)
沈黙したレンセリオンに、二人の視線が向けられる。
「……殿下?」
「まさか……惚れました?」
カイルがにやりと笑った。
レンセリオンはわずかに肩を揺らし、それでも目を逸らさずに答えた。
「俺は……成すべきを成さねばならない。だが――
そこに、俺の心が動いたことは……少し、安心した」
その一言に、ルークとカイルの表情がやわらぐ。
「それを聞いて、むしろ安心しましたよ」
「殿下、頑張ってください!」
励まされ、レンセリオンは戸惑いつつも微笑む。
――ほんの少し。
胸の奥で固く絡みついていた鎖が、音もなく緩んだ気がした。
彼はまだ知らない。
あの噴水の光が、
この先の運命をどれほど変えることになるのかを――。




