第62話(後編) 笑顔と作戦のラリー
「では、練習しましょう」
カイルが立ち上がり、少し離れた位置へ歩いていく。
その途中で振り返り、ルークに向かって軽く顎を上げた。
「玉拾い、頼みます!」
リリナは隣に立つルークを見上げる。
――この人も、とても背が高い。
「よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀すると、ルークは柔らかく微笑んだ。
「ラケットの持ち方はこうです」
大きな手がそっと添えられる。
リリナは驚かないよう意識しながら、握り方を学ぶ。
指先には、剣士らしい静かな力が宿っていた。
「この網にボールを当てれば向こうへ飛びます。
当てる位置で飛距離は変わりますが……まずは実践ですね」
「ありがとうございます。やってみます」
リリナがカイルの方へ向き直った瞬間――
カイルはボールを軽く弾き上げ、ゆるやかなカーブを描いて放った。
リリナは慣れない足取りで駆け寄り、
教わった通り、下から掬うようにラケットを振る。
ぽん。
ボールはふわりと弧を描き、カイルの元へ戻っていった。
――できた。
胸の奥がぱっと明るくなり、思わず笑顔が広がる。
「姫様、お上手です!」
遠くからカイルの弾んだ声が返ってきて、
リリナはさらに嬉しくなった。
何度か空振りもしながら、
ふたりは目標の“十回ラリー”を達成する。
カイルは汗だくになりながらも、満面の笑みを浮かべていた。
リリナは申し訳なさそうに視線を落とす。
「ごめんなさい、カイル様……私だけ、あまり汗をかいていなくて……」
「え、いやいや!
俺、すごく楽しんでますから!
悪いと思わないでください!」
その明るさに、ふっと心が軽くなる。
リリナは、同じく汗が滲むルークにも頭を下げた。
「本当にありがとうございます、ルーク様」
「この程度でへばるようでは、第四騎士団は務まりません」
淡々とした言葉。
けれどその奥に、確かな優しさが滲んでいた。
(二人とも、本当に温かい……)
リリナはふと、他のペアへ視線を移す。
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レンセリオンとユリウスのコート。
レンセリオンのフォームは完璧で、無駄が一切ない。
打つたびに光が弧を描き、その姿はまさに“光の王子”だった。
ユリウスは笑顔で、まるで少年のように楽しんでいる。
レンセリオンにサーブを頼み――
放たれた一打に、リリナは思わず息を呑んだ。
――速い……!
ユリウスは必死に返す。
スピードと力で打ち合うその様子は、もはや練習というより試合だった。
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隣では、エリオンとレヴィアン。
二人は穏やかに笑いながら、ラリーを続けている。
エリオンは最小限の動きでボールを返す。
そのしなやかな腕の動きは、水面のように静かだった。
(……エリオン様は、なんでも器用にこなしてしまう)
羨ましさよりも、憧れに近い感情が胸に広がる。
レヴィアンは一球一球を全力で追い、
思い切り叩き返す。
その一途さが彼らしくて、思わず笑みがこぼれた。
⸻
ふと空を見上げると、陽が傾き始めていた。
光盾庭球場に、長く伸びた影が揺れている。
リリナの胸にも、静かな達成感が満ちていく。
――もうすぐ、本番の試合が始まる。
その予感に、
ほんの少しだけ胸が躍った。




