第52話 夜、四つの影が交わる時
リリナとユリウスは、静かな夜空を見上げ続けていた。
ふと――
ユリウスの視線が、やさしくリリナを捉えた。
その視線に気づき、リリナが振り向いた。
ふたりの目が合った。
「……?」
きょとんとした表情に、ユリウスがふわりと微笑んだ。
「明日、出かけませんか?
講義の務めも終わりましたし……少し気晴らしを」
不意の誘いに、胸が小さく跳ねた。
「……はい。ぜひ」
ユリウスはどこか楽しげに続ける。
「屋台で売られている食べ物が好きなんです。
他国へ赴くと、こっそり屋台を巡ってしまうんですよ」
思わず、リリナの頬がゆるんだ。
「私は……食べたことがありません。
屋台を巡ってみたいです」
「では、約束ですね」
ユリウスが、そっと小指を差し出す。
リリナがためらいながら小指を重ねると、
そのままそっと絡められた。
夜風の中で、静かに温度が混じり合う。
⸻
部屋へ戻ろうと、ふたり並んで歩いていたとき。
――かちゃ。
廊下の右手、一室の扉が静かに開いた。
現れたのはエリオン。
その後ろから、アルメアが姿を見せる。
リリナの足が止まった。
ユリウスも歩みを緩め、そっと囁いた。
「……これは、見てはいけなかったものかもしれませんね」
「み、見てはいけないって……どういう……」
「この時間に、男女が同じ部屋から出てきたのですから」
「ユリウス様……!」
リリナは慌てて、ユリウスの袖を引いた。
ユリウスはくすりと笑い、
その手を軽く握り返した――その瞬間。
ふたりの気配に気づいたエリオンが顔を上げた。
アルメアも続き、四人の視線が交差した。
リリナは息を呑み、
エリオンは驚いたように目を瞬いた。
――その中で。
アルメアだけが、ふっと微笑んだ。
「あら。手を繋いで……仲睦まじいこと。妬けてしまいますわ」
リリナははっとして手を離した。
ユリウスは、その余韻を追うように一瞬視線を落とし、
やわらかく言った。
「僕たちは、星を見ていただけですよ」
「星を……?」
アルメアはふたりを見比べる。
そして――
「……お似合いですわ」
ユリウスの口元が、わずかに緩んだ。
「否定はしません」
「ユリウス様……!」
リリナの声は、小さく震えていた。
「では、僕たちは失礼しますね。
アルメア姫、おやすみなさい」
すれ違いざま、ユリウスはふと立ち止まる。
そして、ほんの少しだけリリナの方へ身を傾けた。
リリナは、先ほどのアルメアの言葉が胸に残っていて、
思わず小さく問いかけてしまう。
「……あの……誤解されませんか?」
ユリウスの瞳が、やわらかく揺れた。
「誤解……誰がするんです?」
囁くような声音。
落ち着いているのに、
どこか冗談めいていて――
けれど確かに、リリナだけに向けられた温度がある。
「僕たちは、ただ星を見ただけです。
けれど偶然は、ときどき“必然の形”をして現れるものですよ」
リリナは、一瞬息を止めた。
(それって……運命、って……?)
問い返す間もなく――
ユリウスの足音は、静かに角の向こうへ消えていった。
夜には、まだ少しだけ、
星のぬくもりが残っていた。




