第52話 夜、四つの影が交わる時
リリナとユリウスは、静かな夜空を見上げ続けていた。
ふと――
ユリウスの視線が、やさしくリリナを捉える。
気づいたリリナが振り向き、ふたりの目が合った。
「……?」
きょとんとした表情に、ユリウスがふわりと微笑む。
「明日、お出掛けしませんか?
講義の務めも終わりましたし……少し気晴らしを」
不意の誘いに、胸が小さく跳ねた。
「……はい。ぜひ」
ユリウスはどこか楽しげに続ける。
「屋台で売られている食べ物が好きなんです。
他国へ赴くと、こっそり食べ歩きをしてしまうんですよ」
思わず、リリナの頬がゆるむ。
「私は……食べたことがありません。
食べ歩き、してみたいです」
「では、約束ですね」
ユリウスが、そっと小指を差し出す。
リリナがためらいながら小指を重ねると、
そのままそっと絡められた。
夜風の中で、静かに温度が混じり合う。
◆
部屋へ戻ろうと、ふたり並んで歩いていたとき。
――カチャ。
廊下の右手、一室の扉が静かに開いた。
現れたのはエリオン。
その後ろから、アルメアが姿を見せる。
リリナの足が止まる。
ユリウスも歩みを緩め、そっと囁いた。
「……これは、見てはいけなかったものかもしれませんね」
「み、見てはいけないって……どういう……」
「この時間に、男女が同じ部屋から出てきたのですから」
「ゆ、ユリウス様……!」
慌てて袖を引く。
ユリウスはくすりと笑い、
掴まれたその手を軽く握り返した――その瞬間。
二人の気配に気づいたエリオンが顔を上げる。
アルメアも続き、四人の視線が交差した。
息を呑むリリナ。
驚いたように目を瞬くエリオン。
――その中で。
アルメアだけが、ふっと微笑んだ。
「あら。手を繋いで……仲睦まじいこと。妬けてしまいますわ」
リリナは慌てて手を離す。
ユリウスは、その余韻を追うように一瞬視線を落とし、
やわらかく言った。
「僕たちは、星を見ていただけですよ」
「星を……?」
アルメアはふたりを見比べる。
そして――
「……お似合いですわ」
ユリウスの口元が、わずかに緩む。
「否定はしません」
「ユ、ユリウス様……!」
袖を引くリリナの声は、小さく震えていた。
「では、僕たちは失礼しますね。
姫様、おやすみなさい」
すれ違いざま、ユリウスはふと立ち止まる。
そして、ほんの少しだけリリナの方へ身を傾けた。
リリナは、先ほどのアルメアの言葉が胸に残っていて、
思わず小さく問いかけてしまう。
「……あの……誤解、されませんか?」
ユリウスの瞳が、やわらかく揺れた。
「誤解……誰がするんです?」
ささやくような声音。
落ち着いているのに、
どこか冗談めいていて――
けれど確かに、リリナだけに向けられた温度がある。
「僕たちは、ただ星を見ただけです。
――偶然は、いつも“必然の形”をして現れるものですよ」
リリナは、一瞬息を止めた。
(それって……運命、って……?)
問い返す間もなく――
ユリウスの足音は、静かに角の向こうへ消えていく。
夜には、まだ少しだけ
星のぬくもりが残っていた。




