第51話 双影の夜、ふたりの光
その日の夜。
宿舎で待機していた医務官に全員診てもらい、
夕食時にはアルメアも落ち着いた様子だったため、ひと安心して解散となった。
けれど——
胸の奥にはまだ、昼間の講義の余韻が残っている。
ユリウスの語った「双影の星」と「沈黙の真実」。
その言葉が、静かに心を揺らしていた。
リリナは窓を開け、夜空へと身を乗り出す。
そして——思い出していた。
「この季節、北の空に一対の星が昇ります。
“双影の星”と呼ばれる星です」
(北の空って……どちらだろう)
星はたくさん瞬いているのに、
その“ふたつ”だけが見つけられない。
(……テラスがあったはず)
そう思い立ち、リリナは部屋を出てテラスへ向かった。
満天の星の下。
くるり、と回りながら方角を探していると——
ふわり、と肩を包むように、誰かの手が触れた。
「……!」
驚いて振り返る。
その先で、ユリウスがくすりと笑っていた。
「天体観測ですか?」
肩からそっと手を離しながら、やわらかな声で問いかける。
リリナは少し恥ずかしそうに笑った。
「はい……。ユリウス様は、ここで何を……?」
ユリウスも夜空を見上げながら答える。
「日課です。就寝前に、祈りを捧げています」
「そうなんですね……」
ふたりは見つめ合い、小さく笑みを交わす。
そして並んで、柵の向こうの夜空を見上げた。
しん、と澄んだ空気。
星々が、拾われるのを待つように瞬いている。
「……宝石箱みたいです」
ぽつりとこぼしたリリナの言葉。
ユリウスはその横顔を見つめ、
やわらかく、どこかまっすぐな眼差しで言った。
「どの宝石が好きですか?
姫様のために、僕が取ってきましょうか」
思わず吹き出す。
「……じゃあ、選ばなきゃですね」
リリナは夜空を一つひとつ確かめるように見つめた。
その瞳が、ゆっくりと夜に馴染んでいく。
やがて、くすっと笑いながら指を差す。
「あの星……が好きです。
白くて、でも少し青くて……
すごく遠いのに、ちゃんと光ってる」
「……あなたらしい選び方ですね」
ユリウスが静かに頷く。
「ユリウス様が講義で話されていた“双影の星”は、どれですか?」
ユリウスは空を探し、やがて指先で示した。
「——あそこに並ぶ、ふたつの光が見えますか?」
「え? どれ……あっ、あれ?
二つ、寄り添ってる……」
リリナが身を寄せるように見上げる。
肩が、そっと触れ合った。
「……まるで、さくらんぼみたい。
なんだか特別で……素敵な星ですね」
その言葉に、ユリウスの笑みがわずかに揺れた。
夜風が衣をかすめる。
双影の星は、寄り添うように静かに瞬いていた。
——どちらかが沈めば、もう片方も沈む。
——どちらかが昇れば、もう片方も昇る。
リリナが視線を向けると、
ユリウスもゆっくりと目を合わせる。
「ユリウス様が話されていた、“ふたりでひとつの光”。
“離れれば真実は揺らぐ”と伝えた物語……聞いてみたいです」
少しだけ驚いたように見えたが、
すぐにユリウスは穏やかに微笑んだ。
「ええ。
もともとは——ふたりの兄弟が神々に祈って、
“同じ空にいさせてほしい”と願った……古い神話が元らしいです」
「兄弟……なんですね」
リリナは双影の星へと視線を戻す。
「……一緒にいられて、よかったですね」
その言葉に——
ユリウスの瞳が、一瞬だけ揺れた。
けれどすぐに、淡い笑みで覆い隠す。
「ほんとうに……そうでしょうか」
静かに続ける。
「どちらかがいなくなれば、もう片方も沈む。
それは“絆”かもしれませんが……
“呪い”にも見えます」
リリナは言葉を失い、静かな星空を見上げた。
星は、何も答えない。
ただ、そこに在り続ける。
「……でも、私は思うんです」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「星としては素敵でも……人としては——
どちらかが一人になっても、
もう片方が“沈まずに残る”ことができたらいいなって」
ユリウスは、静かに目を伏せる。
そして——
「……あなたは、優しい方ですね」




