第48話 問いの裏に揺れる風
講義が終わり、質疑の空気が流れた。
沈黙が落ちた、その瞬間――
隣でアルメアが、すっと手を挙げた。
いつも美しく整えられた表情のまま。
その動作は、少しも揺らいで見えなかった。
「ユリウス殿下に、お伺いしたいことがございます」
ユリウスは穏やかに頷いた。
「どうぞ」
アルメアは、ゆっくりと視線を上げた。
その表情は、あくまで王族としての礼を崩していなかった。
「セレリオスでは、
星や月を読む者が国を導くと伺いました」
小さな講義室の空気が、ぴんと張った。
「王族は……
どのようにして、その“夜”と向き合うのでしょう?」
さらに、言葉を重ねた。
「星を読み、月を知ることは……
王の資質と関わるのですか?」
前列に座っていたレンセリオン、エリオン、レヴィアンが、揃ってアルメアへ振り返った。
リリナも、思わず目を見開いた。
(……え?)
その問いは――
あまりにも深く、踏み込みすぎていた。
ユリウスは、静かに目を細めた。
「夜空を読むことが、王をつくるのではありません」
アルメアの完璧な表情が、ほんのわずかに引きつった。
ユリウスは、表情を変えずに続けた。
「夜を恐れず、
民の前に立てる心を持つ者が――
その国を導くのです」
その瞳は、まっすぐにアルメアを捉えていた。
ふたりの視線が、静かに交わる。
アルメアは一瞬、息を呑み――
すぐに、完璧な微笑を取り戻した。
その笑みは相変わらず美しいまま、ほんの少しだけ硬さを帯びていた。
しばらく、誰も言葉を発せなかった。
そのとき。
「……はい。本日の質疑はここまでとしましょう」
沈黙を破ったのは、シリウスの穏やかな声だった。
シリウスは、いつもの涼やかな笑みを浮かべていた。
けれど、その眼差しだけは、ほんの少し鋭く見えた。
「王族の在り方は、それぞれにあります。
それを学ぶために、この学舎はあるのですから――」
短い間を置き、柔らかく言葉を重ねた。
「焦らず、一つひとつ知っていきましょう」
“誰も責めず”
“誰の面目も傷つけず”
それでいて、確かに場を制する声だった。
アルメアは一度だけ瞬きし、
落ち着いた仕草で喉元に手を添えた。
――ほんのわずかな乱れを、隠しているように。
ユリウスが軽く会釈し、
レンセリオンがそっと息を吐いた。
それを見て、
リリナの胸の奥にあった緊張も、ふっと解けていった。
シリウスは一同を見渡し、柔らかく告げた。
「では、次回の講義についてですが――」
シリウスの視線が、ユリウスへ向けられた。
「決めましたか?」
ユリウスは短く頷いた。
一度シリウスを見てから、
再びアルメアへと視線を移す。
「次は……スィルファリオン王国の講義をお願いしようと思います」
リリナは、思わずアルメアを見た。
その瞬間――
整えられていたはずの微笑が、ぴたりと止まる。
リリナは気づいた。
アルメアの指先が、ほんのわずかに震えている。
(アルメア様……?)
シリウスが軽く手を叩いた。
「では、解散です。次の講義は三日後です」
張り詰めていた空気がほどけ、
一同が静かに席を立ち始めた。




