第39話 あなたの見てきた景色が、文化になる*挿絵
リリナは、一度言葉を区切った。
板書板に描いた大樹のそばで、
ゆっくりと息を吸う。
「……ここまでが、セレフィアに伝わる教えです」
そこまでは、教わってきたことを、ひとつずつ言葉にしている感覚だった。
だが――
次にリリナが語った声は、どこか柔らかかった。
「でも……今日は、それだけでは足りないと思いました」
前列のユリウスが驚いたように目を上げ、
レンセリオンも静かに姿勢を正す。
エリオンは微笑んだまま、
静かにリリナを見守っていた。
リリナは続ける。
「シリウス様が……こう仰いました」
『あなたが見てきた自然の在り方は、
この学舎に集う者たちにとって、新たな驚きとなるでしょう』
その言葉を口にした瞬間、
エリオンの声が胸の奥で重なった。
――あのとき、同じ言葉で背中を押してくれた。
リリナの表情が少しやわらぐ。
「私は、セレフィアの森が好きです」
板書板の絵に描いた大樹へ視線を向けながら、
思い出すように語りはじめる。
「朝になると……
森が、光の息をしているんです。
葉が揺れて、露がきらきら光って……」
その声音は、知識では語れない“本当の景色”だった。
「大樹の根元を歩くと、土がやわらかくて……
風に触れたみたいに温かいんです」
小さな講義室のあちこちから、静かな感嘆が漏れる。
「私は、森に“歓迎されている”ような気がして……
それが、とても好きなんです」
レンセリオンが目を伏せ、
ユリウスが小さく息を呑む。
エリオンだけが、優しく頷いた。
(――そう。それが、あなたの物語)
あの日の助言が、いま、リリナの言葉になっていた。
リリナは、そっと胸に手を添える。
「だから……命はただ“生きている”のではなく、
“世界と息を合わせている”のだと、私は思うんです」
「それが、セレフィアの“自然”。
――私が見てきた、光の国の姿です」
そう言って微笑むリリナは、
ただ教えを語る者ではなく――
自分自身の“光”を語る者として、そこに立っていた。
小さな講義室の空気が、ゆるやかに揺れた。
エリオンが静かに息を吸い、
誰にも聞こえないほどの声でつぶやいた。
「……それでいいんです、リリナ姫様」
⸻
『森が、光の息をしている』




