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第3話 黎光、はじまりの日

その日、

リリナの運命は静かに動き始めていた。


「リリナ姫様――お待ちください!」


侍女のマルナが、少し慌てた様子で丘を上ってきた。

その先、春の風を受けながら歩いているのは、淡い金の髪を揺らす少女――

セレフィア王国の姫、リリナだった。


足もとには、小さな子犬〈ルナ〉が軽やかに跳ねるようについてくる。


中庭を抜け、花咲く坂道を登る。

その先に、王国の象徴――黎光の大樹が姿を現した。


その枝に、神獣アウル・ルミナリエが静かに羽を休めていた。

枝葉の隙間からこぼれる光の粒が、風に溶けるように舞う。


リリナは自然と胸元に手を添え、そっと息を整えた。


(今日も……ちゃんと、ここにいる)


それを確かめることが、彼女にとっては何より大切な習慣だった。


追いついたマルナが、息を整えながら敷物を広げる。


「少しお待ちくださいね、姫様。すぐ準備しますから」


「ありがとう。私も――少しだけ、手伝うわ」


リリナが端を押さえると、子犬のルナが興味深そうに近づき、

布の上に前足を乗せた。


「こら、邪魔しないの」


そう言いながらも、声音はやわらかい。

マルナも思わず微笑み、三人と一匹の穏やかな空気が丘に満ちた。


マルナはバスケットを開き、花の香りを含んだ包みを取り出す。


「今日のおやつは、花蜜焼き《ハニーブロッサム》と

花露茶ブロッサム・ティーです」


甘い香りに、リリナの表情がほころぶ。


「ありがとう。……マルナも一緒に」


「姫様……恐れ多いです」


「ここでは、ただのピクニックよ」


そう言って、リリナは自然な仕草で勧めた。

ルナにも小さくちぎって差し出す。


「はい、あなたも」


そのとき、空気を撫でるような羽音がした。


見上げると、アウル・ルミナリエが光の輪を描くように、ゆっくりと旋回している。


「……アウル様が、動いておられますね」


マルナも空を仰ぐが、彼女の瞳にはただ柔らかな光しか映らない。


「うん。なんだか……楽しそう」


少し考えてから、リリナは微笑んだ。


「きっと、ここが気に入っているのね」


「ええ……そうかもしれません」


柔らかな陽光が、二人の横顔を包み込む。


――そのずっと遠くで、一台の馬車がセレフィア城へと近づいていた。


まだ、誰も知らなかった。


その訪れが、


彼女の運命を変えることを。

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